第4話 長身の青年


(まだかしら? お湯を張った浴槽に浸した時間はいつだった? あのとき、私はどうして時計を確認しなかったんでしょう……!)


 案理が待ちきれずにバスルームの扉を勢いよく開けると、裸体の青年がぼうっと突っ立っていた。


「!?」

 

 平均よりも少し背の高い彼は、真っ直ぐ彼女の見つめるばかりで恥じる様子もない。


「ご……ごめんなさい! 部屋を間違えました!!」


「…………いえ。ここは貴女のお部屋で間違いないです」


 動揺のままにおかしなことを口走り、慌てて退出しようとする案理の背に向かって、彼は呼びかけた。


「!」


 案理は踏み出した足をぴたっと止め、身体をくるっと回転させた。


「その声……! あなた、もしかして…………!?」


 動転していて気付くのが遅れてしまったが、彼の声は『人魚すくい』の屋台で聞いたのと同じものだった。


「はい。お目にかかれて光栄です。先ほどは僕をすくっていただき、ありがとうございました」


 青年は深く頭を下げたままの姿勢を保っている。


(ということは、私のすべきことはこれですべて終わった……と思っていいのかしら? いえ、今はそれより……)


 案理は彼の後頭部を見つめて考えた。


「…………自分でも何を言っているのかと思うけれど、あなたはあのヨーヨーの中に閉じ込められていた……の?」


「『閉じ込められていた』というのとはちょっと違うんじゃないかと思いますが、事実としてはそうなるんじゃないですかね。僕があのヨーヨーの中でされていたのは確かですから」


「保護……?」


 案理の意思とは関係なく、下へ下へと視線が下がった先に待ち構えていたのは――――男性の急所だった。


「と、とりあえず! 前を隠して頂戴……! 人体の急所の中でも、特に保護する必要のある部位のはずでしょう……!?」


 彼女は脱衣所に積んであったタオルを掴み、ばっと広げて彼に押し付けた。


「構いませんけど、貴女が僕の身体をじろじろ見なければいいだけじゃないですか?」


 青年はいましがた受け取ったタオルで文字通り前を隠しただけで、それを巻こうという発想はなさそうだった。


「そうなのだけれどね!? どうしても目が行ってしまうというか、なんというか……!」


「…………ああ。確かに仕方ないかもしれませんね。貴女と僕では身長差がある。背の低い貴女が少し目線を下げただけで、視界に股間が入るのもわかります」


「私、そこまで小さいほうではないはずなのだけど」


 一般人とは思えないほど小顔で長身なミコトと並ぶとやや見劣りしてしまうとはいえ、案理も平均を上回る高身長だった。


「そうなんですか? 僕からしたらほとんどの人が小さいので、あまり気にすることないんじゃないかと思いますけど」


「まあ……でも、そうよね……。アナタみたいなのっぽさんにチビだと思われるのは…………。癪だけど、仕方ないのね。きっと……」


「…………丁度いい身長差じゃないですか?」


 フォローが届いていない様子の案理に、青年は根気強く声を掛け続ける。

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