第8話 すくいの時、来れり
『…………さっきはごめんなさい。名前も知らない、優しい方』
待ち望んだ声が聴こえるまでに、そう時間はかからなかった。
(聴こえた!)
先ほどは穏やかならぬ内容に気を取られていて気付かなかったが、落ち着いていて優しそうな声は、男性のもののようだった。
(でも、彼……? は、何に対して謝っているのかしら…………。謝るようなことなんて、何もなかったと思うのだけれど)
しかし、その声は先ほどのように助けを求めてはおらず、反省の色さえ窺えた。
『“ここです”なんて言うだけじゃ、僕がどこにいるかなんてわかりませんでしたよね……。それなのに、助けてなんて無茶言って……。反省しているんです。本当にごめんなさい』
(……偶然でしょうけど、会話が成立している。彼にも私の声が聴こえているみたい)
『聴こえていますよ。貴女の声……。とても美しいものだから、聴いているだけで恋に落ちてしまいそうです』
案理が不思議に思っていると、返ってきたのはミコト顔負けの口説き文句だった。
(まあ。なんてお口が上手なの。だけど、私をからかっている余裕があるのかしら? 助けはもう必要なくなってしまった?)
その声がイヤフォンやヘッドフォンをしているときのように耳元で聴こえるせいで、彼女には彼の言葉が余計に擽ったかった。
『いえ。助けてほしいです。ふざけたことを言って、すみませんでした。どうか僕をすくって……。でも、してもらうばかりじゃ申し訳ないので、せめてすくいやすいところまで移動しますね。少し待っててください』
(わかったわ。移動が済んだら、また話し掛けて頂戴な)
『はい……!』
会話に熱中していた案理は、水流に逆らい、彼女をめがけて一直線に突き進むモノに気付かなかった。
『…………近くまで来ました。僕はここです。跳ねたりしたら、もっとわかりやすいでしょうか?』
しかし、雑然と浮かび、ぶつかったり離れたりしているヨーヨーの中でひとつだけ、持ち主に足る人物以外からの接触を拒否するように浮かんでいるものがあった。
(……いえ。その必要はないみたい。なんとなくだけど、それらしいものは見つかったわ。でも、万が一ということもあるでしょうし、見た目の特徴を教えてくれる?)
『もちろんです! ええと。屋根は赤く塗られていて、三角の……。北欧風の家が目印です。壁面が白いので、結構目立つんじゃないかと思うんですけど、見つかりましたか?』
(ええ。今、私の真正面に来ているヨーヨーで間違いないようね。それじゃ、行くわよ)
説明を受け、確信を持った案理はこよりを構え、そして――――。
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