第10話・特戦の狂犬

 

「さて、ありがとう––––えっと、第1特務小隊だったかな?」


 城崎がソファーに腰掛ける。


「はい、我々3人が所属する広報用配信専門のチームです」


「わかった……では改めてこんにちは。私は特殊作戦群長の城崎きのさき。階級は陸将補だ、まぁそんなに力まなくても食ったりしないよ」


 応接室は、独特な空気に包まれていた。

 透たちの正面には、あの特殊作戦群の隊員たちがいるのだ。

 城崎は座っているが、他の8名は後ろで立っている。


 どこにも隙なんてものは無く、全員目つきが違う。

 透の直感が働く––––彼らは、“実際に人を殺した経験がある”のだと。


 彼らは今日まで、日本の平和社会の裏で真っ黒な任務を行って来たのだ。


「…………っ」


 唯一左端に立つ小柄な女性特戦隊員が、銃をスリングで掛けながら透を見ていた。

 茶髪が伸びた童顔の女の子で、とても特殊部隊とは思えない。


「知っての通り、我々は表立ってダンジョン攻略に参加できていない。理由はお話できないが、まぁ……“隣国”が絡んでるということで察して欲しい」


 城崎は飄々と話すが、透たちにとっては寝耳に水だった。

 日本最強の戦力がダンジョンに来れていない理由が、実質明らかになったのだから。


「わかりました、あまり深くは聞きません。しかし……今回自分に会いたいと思った理由を聞いても?」


「フム、まぁ端的に言えば––––君の戦いぶりは中々に面白いと思った。だから我々も学ぼうと思ったんだよ、ダンジョン攻略の最前線に立つ人間の戦いをね」


「それで……わざわざ」


「知らないと思うが、国内の一部では君らを“攻略組”と呼ぶ者がいるほどだ。特殊作戦と言うのは正解が無いからね、戦場のリアルを知った君たちの動きは興味深い」


「攻略組。どこかの有名なライトノベルみたいっすね……」


「あながち間違ってないだろう? 現に新海3尉はここのボスを倒して、日本という国にとてつもない恩恵をもたらした。他国の動きは知っているか?」


「いえ、最近国際ニュースは見れてなかったので……」


「そうだな……、日本に石油が湧いたことで一番困ったのが中国だろう。迫る台湾有事において、日本を潰す重大な策が消えたんだからね。そのせいか最近、尖閣諸島沖の中国海警船が倍に増えている」


 城崎の説明は続いた。


 日本国内に突然資源が湧いたのだから、中国が領有を主張する尖閣諸島も例外ではないだろうという理論が広まっている。

 それにより、海底探査船まで領海侵犯を行っていると。


 これは北に行ってもそうで、北方領土においてもロシアが改めて地質調査をし始めたと。


 つまり––––


「このダンジョンの攻略次第で、日本の安全保障環境は大きく変わる。そこで、君にお願いがある」


 姿勢を正した城崎が、強面を真面目に固めて口開いた。


「近く––––我々特戦もダンジョン攻略に参加するだろう。そこで、君たちによる戦技指導をお願いしたい」


「「「ッ!!?」」」


 あり得ない申し出だった。

 特殊作戦群が、一介の小隊に教えを乞うなんて想像もしていなかった。


 四条と坂本も、さすがに当惑していた。

 冷や汗を流しながら……なんとか透は答える。


「じ、自分のできる範囲でならお手伝いしたいです。もし抵抗が無ければですが––––」


 透が言っている最中、大きなため息が部屋に響いた。

 音の源は、先ほどから透を睨んでいた女性特戦員––––


「あり得ない、わたしたち特戦がこんな防衛大を出たての3尉に指導を受ける? ハハっ、冗談にしたって面白くないわ」


 八重歯を覗かせた彼女は、不敵な笑みを見せる。


「おい久里浜士長、群長の前だぞ」


 隣の隊員が諌めるが、久里浜と呼ばれた女の子は前に出た。


「こんな弱そうなヤツから教育なんて受けたくないわ、指導なんて不要––––自分で戦技はいくらでも磨ける」


 ここに来ても、透の直感は作用した。

 彼女は本当に強いのだろう……、上下関係すら超越した態度がそれを物語っている。


 他の隊員たちから、


「また始まったぞ」

「今日はどこまで攻めるんだろうな」

「せめて群長の前では大人しくできんのか……」


 など、嘆きの声が漏れている。

 だが、そんなのは可愛いもので––––


「隊長が弱いだと? チビが調子に乗ってんじゃねーよ。黙ってたら好き放題言うじゃん」


 立ち上がった坂本が、久里浜と睨み合う。

 敬語が消えており、完全にキレていた。


「だったら証明できんの? あんなボスくらい、わたしだって倒せるわよ」


「良いぜ表出ろ、フィジカルで圧倒してやんよ」


 今にも取っ組み合いが始まろうとする空間で、静かに見守っていた城崎陸将補がソファーにもたれる。


「なんだ、俺の案が気に入らんのか? 久里浜」


「えぇ気に入りません、すっごく気に入りません。身内だろうと自分より弱いヤツには教わりたくないです」


「そうかそうか、じゃあ提案なんだが––––」


 城崎群長は頬を吊り上げた。


「実際に手合わせしてみたら良い、久里浜が文句言えないくらいに負ければ納得できるだろう?」


「あり得ないことですが、そうですね」


「じゃあ決まりだ––––すまんが新海3尉、ウチの狂犬に付き合ってもらえんかね? 四条2曹だったかな? 悪いけど訓練施設の使用予約を入れてもらえるかな?」


 当然この場から逃げることなど出来ず、透は久里浜とサシで試合を行うことが決まった。


 試合形式は『強化サバイバルゲーム』、実銃を用いた訓練だ。

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