ギ夢
返歌
ギ夢
コレハユメノハナシデアル。
例えば、もしも、もしかして、もしかしたら、そういえば、昔々、あるところのハナシである。
夢を見たのだ。黄色い夢を。それは理想に満ちた夢だっただろう。
だろうとイフのは、ワタシはそのユメの出来事を、大方、忘れてしまったからだろう。
又、だろうと云うのは、ある時、このヨウに、思い出す日が来たるからである。
さて、リソウとは、また、オオきなユメである。ソレはタトエば、夏の入道雲のように、アルいは、富士の山の様に、全くベツの、夢に見るケシキである。
それはヒジョウに黄色かったのだ。非情にも、眩しかったのだ。とてもユメのようには思えず、ケレド夢のようだと思ってしまうほどだった。手にフれたカンカクはナく、カホリも、オトもナかった。ソレはとてもセイジャクで、ソコに無いと思うほどだった。デハ、どのようにミたのかという話だろうが、けれどワタシはシっているのだ。
とても黄色い、理想に満ちた夢と云うのを。
その日の朝から遡ろう。
私は毎朝、珈琲を飲む。嗜むというよりも、習慣として飲むのだ。毎日、同じ銘柄を同じ容器で、同じ分量を計量し飲んでいる。そこから、私の一日は始まるのだ。
湯が沸騰するまでに顔を洗い、髭を剃る。その時ばかりは、男に生まれたことを半ば悔やむが、周期を以て気を害すのは、さらに度し難い事であろうと毎日想う。
そうしていると、容器一杯分の湯が沸騰する。角砂糖を三つ摘まみ、それをスプーンで混ぜながら、私は書斎へと歩みを進める。その日は休日だったので、いくつか、映画を観る事にした。映画を二本見終えると、ついに昼時である。時に応じて空腹とし、昼食を考えた。私は料理に凝っているいるが、外食も多い。そしてその日は外食だった。観ていた作品の影響だろうか、ライ麦のサンドイッチを食べたいと思った。この時間であるなら、近所で、食パンに深い個人経営の喫茶店が開いているだろうから、昼はそこへ向かった。
その日が、曇り空に覆われたフィルムノイズのような世界であるということに、そのときはじめて気が付いた。灰色の空と、真っ黒なアスファルト。その中間色であるビルディングの隙間を縫って、車道が一通の小道へと入り、本屋を通り過ぎたあたりで、焼けた小麦の香りと、ハチミツや、黒糖の混じった風が肌に触れる。
民放の聞こえる席で、焼きたてのライ麦が薫るサンドイッチを頂き、打楽器のような音を鳴らすコーラで腹を冷やした。
昼食を済まし店から出ると、薄灰色の空の肌寒さに充てられたので、逃げる様に本屋へと入った。平積みにされた新刊の内から、およそ四時間程度で読み終えそうな厚さの本を買う。肌はいくらか、寒さに慣れた。
帰路を辿ると、道端で若者が楽器を演奏していた。静かなアコースティックギターだ。一音を丁寧に弾く、少し変わった演奏だった。立ち止まりはせずとも、緩めた歩みで耳を傾けた。若者の嗄れた声が震わせる唄は、私を叱咤しているようだった。
若者の唄に背中を押され、私は帰宅した。
それからおよそ四時間、買ったばかりの本を読んでいた。夕暮れが近づき、またいっそう外が涼しくなっているのを、室温から理解する。夕暮れは遠い。
夢を見た。それは黄色い夢だった。眩しかった、眩かった。薄い涙目を黄色が覆った。
気づけば夢に落ちていたのだ。
まばゆさに涙が滲む。けれど私は、夢から目が離せなかった。
そうしていると、黄色の背後に、薄灰色の、裂け目がある事に気が付いた。あれは雲だ。
雲間から、黄色い光が差していたのだ。
黄色というのは、光の色だ。
黄色い夢を見た。光の粒子が、私の視界全体に降り注ぎ、まるで視覚が溶け出すような感覚に包まれた。眩しさに目を閉じても、その光はなおも瞼の裏に焼き付いている。
そして、視界の隅に、灰色の影が忍び寄るのを感じた。光に照らされてなお、その影は鮮明で、どこか無機質な、冷たい灰色だった。それは、現実が夢に侵食してくる瞬間だったのだろう。
私が手を伸ばすと、光はまるで砂のように指の間からこぼれ落ちていった。触れることができない光。そこにあるはずなのに、何一つ掴めない。私は無力だと知った。
目が覚めると、黄色い光は、冷たい現実の中でただの記憶となって霞んでゆく。けれど、その記憶は確かに私の内側に残り続け、日常の灰色の中で、ふとした瞬間に蘇るだろう。
黄色い光は、私にとって何を意味していたのだろうか。それは理想だったのか、それともただの夢だったのか。
私はまた珈琲を淹れる。日常が繰り返される中で、あの黄色い光が、私の中で静かに揺らめいている。
ギ夢 返歌 @Henkaaaaaaa
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