The ALLpunk: シェイク・リブレイン

五芒星

シェイク・リブレイン

1. 混沌の世界より

「……で、博士。これからどうしろと?」


 呆れた声と共に、白衣姿の男、ジェイク・リブレインは上空を見上げた。保護圏内、中心部から離れたいわゆる〝暗影街〟。無計画で無許可なまま進む増築によって形作られた建造物が影を落とすここは、あらゆる犯罪と隣り合わせになる、半ば無法地帯である。が、そこの住人も今日ばかりは屋内に籠り、ジッとしているだろう。

 プロペラ音は空を舐め上げ、サーチライトが地面を照らし続けている。この状況で積極的に姿を晒し、企業勢力に目をつけられることなど誰も望みはしまい。


「ははは、季節外れの鬼ごっこだな」

「鬼ごっこに季節はありませんけどね」


 的外れなことを言った長身の女性は、博士ことディスタント・クリーディ。太ももに届くほど

長く、クセのない髪の持ち主だ。


「まあ、なんとかなるだろう。ジェイク、キミがいる」


 ディスタントはその長い髪をなびかせ、簡単にそう言った。


「お言葉ですけど、あなたの助手は万能じゃありませんよ」

「ふむ、だが、キミがいなければワタシは三食を複合栄養バーで過ごす羽目になるし、ゴミをリ

サイクルすることもできないんだがね」


 ジェイクの脳裏に浮かぶのはいつもの仕事。ごみを捨て、食事を作り、部屋を掃除し……


「……今思うとぜんっぜん助手のやることじゃないなコレ」

「心の中で感謝しているとも、行動に示す気はないが」

「はいはい。わざわざいらんことまで言うのが博士ですよね」


 二人は視線を交わし合うと、表情は変えずに拳と拳を軽くぶつけ合わせた。もう何度繰り返したかわからない掛け合い。幼い頃から行動を共にする二人にとっては慣れたものだ。


「おや、実働部隊が降りたな」


 サーチライトを地上へ向けていた回転翼機が動きを止めた。が、捜索が終わったわけではない。代わりに降り立つのは数人の人影。呪術系軍事企業であるアルハナイの誇る地上実働部隊が解き放たれたのだ。


「アルハイの猟犬ですか」

「ああ、ここからが本番だというわけだ」


 ディスタントが口角を上げ、ジェイクはため息をついた。


「まさかとは思いますが……実働部隊とやり合うためにアルハナイの駐屯地を荒らしまわったとでも?」

「そのまさかだが……伝えていなかったか」

「朝っぱらから何も言わずに僕を引っ張ってきたのは博士ですよ」

「それは失礼──」


 と、そのとき、ぞわりと二人の背筋に冷たいものが走る。見えないなにかに背中をなぞられたか、どこか分からない場所からジッと見つめられているようにも思えるその感覚は、呪術による生体探知特有のものだ。


「〝結ばれ〟ましたね」

「ああ、どうやらそうらしい」


 呪術による生体探知は熱光学迷彩などを貫通する一方で、他技術による探知に比べると術者本人のコンディションが結果を左右する点で劣っている。だが、呪術由来の探知の真価は、発見行為そのものにあるのではない。

 呪術は、物体や生命体との縁を利用することが大得意だ。ゆえに、呪術的探知にかかったものは、自動的に術者との〝縁〟を結ばされる。アルハナイの場合は術者をコンピューターに代替させているため、一人のサーチに引っかかった者は、部隊員全員に位置を共有されることになるだろう。


「動こう、着いて来い」


 扉を開け、二人は廃墟同然の建物へと身を滑り込ませた。



 内側は埃にまみれていたものの、動力供給はまだ生きているらしい。チカチカと光る晶灯がそれを示していた。


「随分と古い型だな」


 ディスタントは、天井から温かみのない光を放つ晶汽灯へ次々と目を写しながら言った。


「十数年くらいですかね、まだ生きているとは驚きです」

「この調子だと整備もないだろう。いやぁ、長持ち長持ち」


 二階へ続く階段には明かりが無かった。だが、敵は暗闇など気にしない。今時何処にサーモグラフィーカメラ非搭載の企業部隊がいるというのだろうか。


「そういえば、キミは怖がりだったね」

「……別に平気ですが」

「怖がり兼強がりってところか」


 ディスタントは余裕綽々、ジェイクは余裕を装って、階段を昇り切った二人は目を細めた。


「いますね」

「先回りか、指令系統に頼り切った企業部隊のクセに小賢しい手を使うじゃないか」


 廊下の奥、窓にほど近い小部屋から、全身黒い装備を身にまとった人物が現れた。顔を覆うヘッドセットは紫色の光を漏らしながら二人を威圧的に見つめている。


「アルハナイの諸君、あー、どうせ複数いるはずだ。飼いならされた猟犬が一人で行動をするわけがない」


 ディスタントの言葉に、アルハナイの部隊員はなにも答えようとしなかった。代わりに一歩、強化コンクリート製の床を踏み出す。


「猟犬は飼われれば牙が抜ける。オマエたちもそうだろう? ワタシを殺し、帰ってご主人様に頭を撫でてもらいたい、というわけか」


 その挑発が果たして効いたのかどうか。それは定かではないが、結果として敵は一気に距離を詰めてきた。

 その手が握るのは黒刀、搭載された呪術浸透機構によって、つけられた傷はそう簡単に治癒しない代物。そんなものと相対したとき、人は距離を取ろうとする。事実、ジェイクはその場で一歩下がった。が、その動作は中途で止まる。止められる。身体に巻き付いたコードがそれ以上の後退を許してくれないのだ。そのコードの根元を辿れば──


「『ブレインジャッカー』」


 ──ディスタントの長髪の中となる。

 彼女の髪の中から飛び出した二本目のコードは、アルハナイの部隊員の刃より先に、その頭部に張り付いた。


『ジャッキング』


 告げる機械音声は終わりの証、部隊員の感情にとっての死である。


「残念だが……ここまでだ」

「ア〝……あぁ〟!?」


 手から刀が落ちた。部隊員は声を上げ、頭を押さえてうずくまる。声からしてどうやら若者だったらしい。

 若者の頭の中では今なにが起こっているのだろうか。人生の最悪をもう一度、中身無く味わっているのか。あらゆる欲望をあらゆる喪失感へと変えられているのか。どっちにせよロクなことにはならない。


「そして……そこのオマエたちもだ」


 ディスタントの声と共に、髪から立ち上がったコードが踊った。ジェイクを通り越し、その背後、忍び寄ろうとしていたアルハナイの部隊員に張り付く。


『ジャッキング』

「……あ」


 全身黒づくめの部隊員が声を漏らした。


「──ワタシは危険だ。だからジェイクを狙う。いやぁ、堅実だね。堅実すぎてあくびが出そうだ。あくびも出るし、むかっ腹も立つ」


 コードは踊る。敵に張り付き、流し込み、捻じ曲げ、すべての醜悪を顕現させる。

 〝ブレインジャッカー〟 それは、尊厳の破壊者の名である。操作者の脳から伸びたコードは、その先に存在する接触接続端子を対象に触れさせることで脳への干渉を可能とする。ディスタント・クリーディが開発し、独占している人道無視の超兵器だ。


 死屍累々。その言葉が相応しい光景。倒れているのはすべてアルハナイの実働部隊。それらを踏みつけ、光を浴びるのはディスタント。神々しくもあり、おぞましくもあるその光景にジェイクは思わず息を呑んだ。

 ジェイクが彼女と出会ったのは幼少期。幼い頃から彼女の隣で、彼女の逸脱性を浴びてきた。そのはずだった。だが、未だにこの光景には慣れることはできない。


「よし、ジェイク、ドロップ品を漁るとしよう」


 軽くて手を払い、ディスタントはしゃがみ込んだ。アルハナイの身体を漁り、めぼしい装備の類を吟味する。


「……ええ、どれがお目当てで?」

「生体探知の際に使用されたであろう、術者代替コンピューターが欲しい。スタンドアロンならどれかが持っているはずだ」

「それを手に入れるために?」

「そうだとも。案外とんとん拍子に進んだな」


 ジェイクは呆れたように手を動かした。ディスタントからは、控えめにするという視点が欠如している。欲しいものがあれば手に入れるのに手段は選ばない。


「相も変わらず綱渡りですね」


 ディスタントは戦闘が得意なわけではないし、企業一つを丸ごと相手取れるわけでもない。今回上手くいったのは、ブレインジャッカーの初見殺し性能が高かったことと、二人の所属がバレていなかったからだ。


「言っただろう? 〝キミがいる〟と」

「僕、なんにもしてませんけどね」

「……? キミがいるだけでワタシはなんだってできるってだけだが」


 その言葉に、ジェイクはなんと答えればいいか分からなかった。茶化したいが、いつものような軽口は出てきてくれない。


「……ああ、もう」


 その言葉を嬉しいと思う自分自身が、ジェイクは嫌いだった。

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