奇妙な祭(読み切り)
縁肇
第1話 奇妙な祭
その村には年に一度、奇妙な祭りが行われる。
独夜祭(どくやさい)と呼ばれるその祭りは、「独り身を慰めるための祭り」や「独身最後を清める儀式」として知られていた。
今年の独夜祭には、外部からの特別な参加者がいた。木礼明日香(きれい あすか)と松島拓也(まつしま たくや)と共に村を訪れた。明日香は25歳で一般会社の受付嬢。沢山の男性社員が告白も玉砕するも彼女を射止めたのは拓也。30歳で会社の御曹司であり、裕福で魅力的な男性だったが、その裏には女遊びが絶えないという悪評があった。明日香は拓也の不倫を知り、激しい怒りと絶望に打ちひしがれていた。彼女は彼を殺したいほど憎んでいたが、同時に彼に対する愛情も捨てきれず、心の中で深い葛藤を抱えていた。
明日香は、拓也と共にこの祭りに参加することで、彼に復讐を果たすことを決意した。独夜祭の裏には、知られていないもう一つの側面があった。それは、手に塗られる毒と共に、参加者同士がその毒を交換し、最後に自らの口に手を含むことで命を決するという、古代から続く儀式だった。
「こんな場所に来たがるなんて珍しいね」
拓也は明日香に微笑みかけたが、その目には無邪気さが残っていた。彼はただの田舎旅行だと思い、明日香の誘いを深く疑うことはなかった。彼女は作り笑いを浮かべた。
「昔から一度見てみたかったの。特別な祭りだって聞いたから」
祭りの夜、村は不気味な雰囲気に包まれた。昼間の静かな田舎風景が一変し、青白い提灯が村中に飾られた。村人たちはみな、黒い衣装をまとい、無言で提灯の明かりを灯しながら村の中心にある古びた神社へと向かっていた。明日香と拓也も、その列に加わった。
神社の境内には巨大な焚き火が焚かれ、その炎は青白く夜空を焦がしていた。焚き火の炎が大きく揺れるたびに、明日香の心も揺れ動いた。怒りが激しく燃え上がる瞬間には、炎が勢いよく燃え、彼女の心を突き動かした。しかし、炎が静かに揺らぐ時、彼女の心も冷え込み、憎しみの底に残る愛情が再び彼女を惑わせた。
村の長老が現れ、祝詞を上げ始めた。その古びた言葉は、拓也にはほとんど理解できなかったが、その響きには不安を煽る不気味さがあった。明日香は、心の中で計画を再確認しながら、拓也を見つめた。彼女の手には、村人たちが皆塗っている毒が塗られていた。その毒は、彼女の復讐の手段だった。
踊りが始まると、村人たちは一糸乱れぬ動きで、複雑な踊りを始めた。明日香もその流れに従い、慎重に手順を追った。その踊りの中には、互いの手を握り合う場面があり、そこで塗られた毒が自然と他人の手に付着するようになっていた。
明日香は、隣にいた拓也の手を握った。その瞬間、二人が共有してきた思い出が一気に彼女の心に押し寄せた。初めて会った日、二人で笑い合った日々、未来を語り合った夜の数々。彼女は確かに彼を愛していた。その愛情は、彼がどれほど裏切っても消えることはなかった。だが、今、その愛情と復讐心が彼女の中で激しくぶつかり合い、彼女を追い詰めていた。
焚き火の炎が大きく燃え上がるたびに、明日香の決意は再び固まった。彼を殺すことが、彼女の復讐であり、心の平穏を取り戻す唯一の手段だと信じていた。しかし、炎が小さく揺らぐ時、彼女の心には再び愛の記憶が蘇り、彼を手放すことへの恐怖が押し寄せた。
(これで終わりにするしかないの)
自分にそう言い聞かせると、明日香は再び復讐心を燃え上がらせた。彼女は拓也の手をしっかりと握り、踊りの最後の場面に差し掛かると、心臓が激しく鼓動するのを感じた。
その時、拓也が突然咳き込み、苦しそうな表情を浮かべた。明日香はその様子を見て、彼が毒に侵され始めていることに気づいた。彼の顔が次第に青ざめ、視線がぼんやりとしてきたが、彼はまだ何が起こっているのか理解できていないようだった。
(これで…終わりにするんだ)
明日香は自分に言い聞かせ、冷静さを保とうとしたが、彼女の手は震え始めていた。彼女はその震えを押し殺しながら、手を口元に運んだ。しかし、手が触れる瞬間、拓也が明日香の手を強く握り、動きを止めた。
「明日香、どうして…こんなことを…」
拓也は苦しそうに問いかけた。彼の声には混乱と恐怖が混じっていたが、その言葉は明日香の心に深く刺さり、彼女を再び迷わせた。
彼女は目を閉じ、心の中で自分に問いかけた。
(本当にこれでいいの? 私は本当に、彼を殺すことで満足するの?)
愛と憎しみが再び彼女の中でぶつかり合い、決断を迫られた明日香は涙を流しながら、手を震わせた。彼女の心には、もう一つの選択肢が浮かび上がっていた。
明日香は隠し持っていた解毒剤を彼に飲まそうとする。その瞬間、彼女は体が冷たくなると同時に力なく倒れてしまった。毒が彼女の血液に回り始めていたのだ。彼女は拓也の顔を最後に見つめ、静かに呟いた。
「ごめんなさい…でも、愛している」
その言葉と共に、明日香は力を失うも、拓也の手を握りまた、彼女の隣で静かに息絶えた。
独夜祭の夜が終わると、村は再び静寂に包まれた。祭りの後には何事もなかったかのように、村人たちは日常に戻り、神社の境内には二人の姿は消えていた。焚き火の跡には青白い煙が漂うだけで、そこには何も残らなかった。
そして来年、独夜祭は再び行われるだろう。村の古い言い伝えが続く限り、この奇妙で悲しい祭りは終わることなく、繰り返される運命にあるのだ。
奇妙な祭(読み切り) 縁肇 @keinn2016
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