尋問



「ぐへっ!」

 面の集団に拘束されたさとしは、その場で座らされる。

 目隠しをされ、後ろ手に両手を縛られ、逃げ出そうにも身動きがまったくとれない。


「おいおいなんだってんだよお前ら!こんな好青年をとっ捕まえて、今から尋問でも始めようってのか?」

 自由に動く口で吠えると、リーダーらしき男の低い声が返ってきた。


「話が早くて助かる。今から尋問を始める。君がこちらに対して敵意がないというのであれば、正直に答えたまえ。我々が害意なしと判断すれば、今この場で危害は加えないと約束しよう」


 場所を変えて危害を加えると宣言しているような男の発言に、失神しそうになる高橋怜の感情とまとめて焼き殺すかと物騒な考えをちらつかせるイスティフの感情が入り乱れる。


「まず一つ目の質問だ、君はなぜここにいる?」

 初歩的な、簡単な質問に怜は正直に答える。


「皇都を目指してたんだよ。その途中だ」

「ほう。では次だ。なぜ皇都に?」

「職探しだ。冒険者を引退してよ、皇国で安定した職に就こうと思って連合国から国境を超えてきた」


「なるほど、職の当てでもあったのか?」

「なかったさ。けど一度皇国軍に入隊できるか試してみようと思ってよ」


「……皇国軍には皇国に籍のあるものしか入隊を許されていない。君は連合国から国境を超えてきたと口にしたが、連合国の人間ではないのか?」


 次にきた質問に、怜は答えに詰まりそうになった。ここからは正直な答えではない。怜のこれからを決める、重要な山場だ。


「俺は元は皇国の人間だ。七つの頃に師匠に連れられ旅に出た。二十歳にもなれば一度皇国に帰るぞって言われてたんだけどよ、戦争で師匠も死んで、こうして一人で帰ってきた」


 喋りながらも次の質問に備え、ボンボルから聞いた情報を整理する。自分が今人生の岐路に立っている、その事実は怜の思考を活発に動かした。


「……そうか。では聞く。君は皇国のどこで生まれた?そして——君の名はなんだ?」

 当然の質問だ。そしてこれが、これからの怜の人生となる。


「ワーズ村のベルナール・バラスコだ!」

 胸を張って答える。今この瞬間、怜はボンボルに成り代わった。


「えっ……」


 驚いたような女の声が聞こえる。怜の背後をとった女だろう。その意味を測りかねるも、動揺を悟らせまいと胸を張り続けた。


「皇国軍に入隊希望だ!戦火を乗り越え、凱旋を果たした!」


 強気に宣言する。怜の予想が正しければ、こいつらの正体は分かっている。自身の弱気を吹き飛ばし、喝をいれるように、声を張り上げた。


「……そうか、なら次の質問だが——」


 質問は続いた。村のこと、皇国で覚えていること、これまでの生い立ち。怜は異様なほど働く思考で、ボンボルから聞いた答えを、すらすら口にし続けた。


(木偶の坊、お前の頼み、ぜってぇ果たしてやるかよ——)


「……そうか。質問ももう多くはない、あと少しだけ付き合ってくれ」


 最初より態度を軟化させた男が、圧を抑えた口調で問いかけてきた。


「君はここでなにをしていた?」

「見ての通り、戦ってたんだよ。大型の魔物が七体も出たんでな、ちょっと頑張っちまった」

「よく退けたな。一体一体が強力な魔物だ。並の使い手では逃げ出すので精一杯だろう」

「十三年も修行に戦いに明け暮れてきたんだ。こんなもん余裕よ!」


 ボンボルなら、強気にそう言うだろう。

「ふっ……そうか」


 男は少しだけ笑った。


「だが皇国領内でこのような魔物がいきなり湧いてでたとは信じられん。——なにか、見なかったか?」


 抽象的な質問だ。いきなり魔物が遅いかかってきたと答えを濁しても構わない。だがなぜか、二つ目の山場、怜はそう感じた。


「見たぞ。性別も分からねぇローブ姿のやつだ。怪しく思って声をかけようとしたんだがよ、そしたらそいつ、急に魔物を召喚して逃げやがった」


 面の集団がひどく反応したのが分かった。


「……そうか。それで、そいつはどこに逃げた?」

「……分からねぇ。急に虚空に向かって姿が消えていった。特別な魔法でも使ってんじゃねぇのか?なにより魔物の世話で手一杯だったからよ」

「……そうか」


 冷静を装っているのであろうが、落胆しているのが声色からも分かった。しばらくの沈黙が流れ、思い空気が立ち込め始めたあたりで、男が口を開いた。


「悪かった。どうやら君は濡れ衣のようだ。今すぐ拘束を解かせてもらう」


 男の声に、他三人が動き出したのが分かった。拘束されていた縄が解かれ、目隠しを外されたところで、目の前の人物を睨む。

 仮面をしていてその顔は分からない。だがおそらく最初に怜の背後に立った女だろう。女は立ち上がるとその場で一歩下がり、面を外した。


(へぇ……思ったより若けぇな)


 女は少女と女性の境、怜が森で出会ったリアと同年代くらいだろうか。明るい亜麻色の髪に、淡い翠眼を携えた令嬢のような気品のある女だ。


 女に続き、他の面々も面を外す。

 黒髪の女に金髪の男、どちらも若い。最初の女と同年代くらいであろうか。

 最後に、リーダーらしき男が面を外す。日焼けをした浅黒い肌に、燃えるような赤髪は短く切り揃えられている。顔つきから精悍さが伝わってくる男は、初老くらいの年齢だろうか。

(若い頃はさぞおモテになったのでしょうねー)

 心のなかで嫌味を飛ばす。捕えられた恨みはまだ残っている。


「失礼した。勘違いとはいえ、無垢の民を捕らえた非礼を許してほしい」

 膝をついて謝罪する男に続き、他の三人も同様の姿勢で頭を下げる。


「……いやまぁいいけど。それがあんたらの仕事なんだろ?」

「うむ……やはり話が早くて助かる。我々は皇国軍の皇聖隊に所属している者たちだ」

「皇聖隊……」

 ボンボルから聞いていた。皇国軍の中でも秀でた才を発揮した者たちで構成されるというエリート部隊。赤髪の男を除き、その若さに驚かされる。


「付近の警備にあたっていてね、巨大な火柱が見えたから駆けつけたところ、君を発見したというわけだ」

 戦闘中は必死であったが、確かにあの規模の魔法を乱発すれば遠目からでもはっきりと分かるだろう。


「ひどい戦闘だったようだが、君が無事で本当に良かった」

「……最後におっかねぇ奴らに捕えられたけどよ」

「ははっ!すまない。ほら、こうして部下も謝ってることだ、許してやってくれ」

 男は豪快に笑い、悪びれた様子もなく謝罪する。


(こいつ、いつかの木偶の坊に似てるな)


「私は皇聖隊の一部隊、剣聖隊に所属するヴァーノン・エル・クローデルだ。——まぁ世間では、剣聖ヴァーノンと呼ばれている」

「け、剣聖……」


 とんだ大物との遭遇に、言葉を失う。この世界へ戻ってきて、噂は聞いていた。現在皇国の最高戦力に数えられる六人の皇聖。そのうちの一人、炎の剣聖の異名をとる男が、目の前の人物だという。


「そう固くならなくていい。非礼をしたのはこっちなのだ。——お前たちもほら、自己紹介だ」

 ヴァーノンの言葉にいち早く反応したのは、金髪の青年だった。


「同じく剣聖隊所属、ヴィクトル・トリスタンです。非礼を詫びさせてください」

 しっかりと怜の目を見て名を告げた青年は、深く首を垂れて謝罪を表す。


(うわ……むっちゃイケメンだな。うん、許さん)


杖聖隊じょうせいたい所属のパメラ・クレール。さっきはごめんね」

 黒髪の女は、二人とは別の部隊に所属しているらしい。馴れ馴れしい口調に、怜はイラっとする。


 最後に、怜の背後をとった女が頭を下げる。

「同じく杖聖隊所属、リリア・フラヴィーニと申します。先ほどは、行きすぎた無礼を失礼しました」


 そんな行きすぎてたか?と思うも、このリリアという女は本当に申し訳なさそうに謝罪を口にした。生真面目な女なのだろう。


「ほら、みんな謝ってる!どうだ?」

 図々しくも念を押してくる剣聖。許せと言わんばかりであるが、悪気のなさそうな笑顔に、全身の力が抜けた。


「はぁ……もういいよ。べつに悪いことされたわけじゃねぇ」

「おーうそうか!人の過ちを許せるのは立派なことだ!いい男じゃねぇかよ、ベル!」


 どうやらベルという愛称をつけられたらしい。簡単に許してしまったことを、少しだけ後悔した。


「しかしベルも災難だったな。せっかく皇国に戻ってきてくれたというのに、こんなことに巻き込まれて。おそらくベルが見たという人物は、我々が探している人物だ。遭遇したのが我々ならよかったものの……」

「け、剣聖様……?」

 ペラペラと喋るヴァーノンを、ヴィクトルと名乗った男が止める。


「ん?……はっ!そうだな、危うく我々の任務を喋ってしまうとこだった」

 皇国の民と認められたとはいえ、怜はまだ民間人である。そんな怜に任務の詳細を喋りそうになるとは、思っていた剣聖像とは違った。


「とにかくだ!今この近辺は危険が多くてな、一人歩きはおすすめしない。——まぁ、君ほどの力があれば心配はないと思うがな」

 ヴァーノンは、付近に転がる魔物の死体を見ながら呟いた。


「あぁ、見た通り心配はいらねぇ。少なくとも皇国領内なら問題なく対処できる自信がある。だからもう行ってもいいか?俺も行かなきゃならねぇとこがあるからよ」

「……ワーズ村か?」

 剣聖の問いに、怜は頷く。すると、皇聖隊の面々は、暗い表情で顔を伏せた。


「ん?どうかしたのか?」

 問いかけるも、俯いたまま誰も話そうとはしない。なにかを躊躇している様子だ。


「あの!……私が説明します」

 リリアと名乗った女が、意を決したように声をあげた。暗い表情はそのままで、言い辛い事があるようだ。


「……というより、謝罪をさせてください。我々皇国軍は、守ることができませんでした」

「……言っている意味が分からない」

「……はい、当然のことだと思います。ですので、ワーズ村まで、私も一緒に同行させてください。話はそこでさせていただきます」

 嫌な報告があるだろうことは十分に伝わった。リリアの態度からは、後悔と懺悔が感じられた。


「……いや、我々一同で同行させてもらおう。見た方が早いこともある。君の証言から、任務を練り直す必要性も出てきた事だしな」

 剣聖の提案に、残った二人も頷く。それぞれその表情は暗いままだ。


「……じゃあ頼む。俺をワーズ村まで連れて行ってくれ。そこでちゃんと話も聞くさ」


 了承した怜は、剣聖たちに連れられ村へと向かった。道中、各々から向けられる憐憫の視線が、非常に居心地が悪かった。

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