毘薙㐂

はるより

本文

 いつからだ、と問われると答えるのが難しい。

 買ったばかりの布団の中で、毘薙㐂はすっかり寝入ってしまった喜七の頬を指の背で撫でながら考える。

 ふっくらとした頬は健康的な色に染まっており、彼女が愛されて育ってきたことが見て取れた。


 縁などあるはずがないと思っていた。

 だが焦がれていた相手は今こうして隣に居る。

 しかも、己の妻として。

 その事実だけで、毘薙㐂はこの数百年の虚しさを忘れられると思った。


 昔は一日に何人もの信奉者が社に参拝しにきていた。

 夏の日照りが厳しい日も、雪の深い凍えるような日も、毘薙㐂の加護を求める声が毎日のように聞こえていた。

 それが百年が経ち、二百年が経ち……次第に古びた社に足を運ぶ者は減っていった。


 元々神主のような者は置いていなかったから、社の管理をしていたのは村の信奉者だった。

 どういう役割分担をしていたのかは毘薙㐂には分からないが、熱心な信奉者の数が減るにつれて社の手入れをされる頻度も落ちた。

 次第に人の手が入らなくなった建物は傷んでゆく。屋根の瓦は何枚も落ち、梁は朽ちて所々折れていた。

 村人の中からは、倒壊の危険があるから取り壊してしまおうという話も出ていたくらいだ。


 毘薙㐂が自分で手入れしようかと考えたこともある。

 人々の関心が薄れた今でも、時折社に願いや想いをを吐露しに来る者が居たからだ。

 しかし、結局のところはやめた。


 最早『毘薙㐂』という神は人々にとって、「十年毎に贄を欲する恐ろしい神」という認識だろうと思ったからだ。

 毘薙㐂は一度たりとも、人々に贄を求めた事はない。贄どころか、何の見返りすらも。

 それでも村人が花姫を寄越してくるものだから、毘薙㐂自身の意思など彼らにとってはどうでも良いものなのだと知った。


 自分には、土地神としてこの地を守ることしか存在意義がない。

 だがそれすらも、このまま続ける必要があるのか分からない。

 ならばいっその事このまま『毘薙㐂』という存在が人々の心から消えるのを待ち、贄として我が子を奪われる恐怖に怯える者が居なくなる方が皆にとって幸せなのかも知れないと考えた。


 そうして忘れられてゆくものだと思っていたある夏の日、社に幼い姉妹が訪れる。

 聞き慣れぬ甲高い笑い声が耳に届いたから、毘薙㐂は久しく来ていなかった境内を見に行くことにした。

 気付かれないよう、社の屋根の上から姉妹を見る。

 妹の方はまだ、五歳か六歳くらいだろうか。

 女の子供には珍しく地面で列を成す蟻を見て嬉しそうに話したり、持ってきたらしい竹蜻蛉を飛ばして遊んでいる。


 危ないから早く帰れ、と神力で伝えようとした矢先に、姉妹は社の裏手にある小さな小屋の中に入っていった。

 この小屋は、元々祭事に使う道具を仕舞う倉庫として使われていたものだ。

 それがいつの間にやら風穴が開き、雨風が吹き込むようになってから放棄されたらしい。

 中に収められていた道具は村の方に運ばれて行ったのでその後の処遇はわからないが、少なくとも小屋の中はがらんどうだった。


 崩落するような状態ではないから、中に入っても平気だとは思うが……やはり幼子二人の姿が見えなくなるというのは、何処となく心配である。

 毘薙㐂は社の屋根から降り、小屋の入り口から死角になる位置で中の様子を探る。

 人よりも優れた聴力を持っているので壁一枚隔てたところで、子供たちの会話を聞き取ることなど造作もなかった。


 姉妹はどうやらこのボロ小屋を酷く気に入ったらしい。つくづく変わった女子だ、と思った。

 彼女たちは帰り際に社の鐘を鳴らし、あの小屋を『秘密基地』として使わせて欲しいと頼んできた。

 別に毘薙㐂にとって重要な場所でも何でもなかったので好きにさせてやるつもりだったが、二人が帰った後に改めて小屋の様子を確認すると思っていたよりも穴や傷みが目立つことに気づいた。


 暇を持て余していることだし修理の一つや二つくらいしてやるか、と毘薙㐂は山の木から木材を切り出し、屋根や壁に空いた穴を塞いでいく。

 自分の住処の修理があり、大工仕事には慣れていたので作業自体はあっという間に終わらせることができた。

 中に入り、外から光が差し込んでいないことを確認する。

 隙間風も入っていないようだし、これなら冬でも少しは暖かく過ごせるだろう。


 そう考えたところで、あの姉妹が冬場までこの場所を訪れることを期待している自分に気づく。

 毘薙㐂は己の考えを笑った。今日だって子供が探検中の気まぐれでここを訪れただけだ。

 きっとすぐに飽きるだろうし、そもそももう二度と来ない可能性だってある。

 そう思い至った毘薙㐂は、足元に広げていた工具をさっさと片付けて引き上げる事にした。


 だがその予想と裏腹に、幼い姉妹は翌日も『秘密基地』を訪れた。

 昨日とは違い、小さな両手にいっぱいの荷物を抱えていた。

 中身はおもちゃや可愛らしい柄の空き缶、木で作られたままごと道具などだった。

 どうやら、本格的にここを遊び場にするつもりらしい。

 毘薙㐂は何となく姉妹のことが気に掛かり、昨日と同じように壁の向こうに座り込んで二人の声を聞いていた。


「お姉ちゃん、見て」

「なぁに?」

「ここ、昨日は穴があいてたの。けどきれいになってる」


 そんな会話があった。

 毘薙㐂は子供にも関わらずなかなか細かいところを見ているな、などと思いながらその先を聞く。


「だれだろう?お社にいく人……井口のおじさんとか?」

「ヒナキさまだ!」


 不意に名前を出された毘薙㐂は、柄にもなくどきりとする。

 別に悪事を糾弾されたわけではないのだから、動揺する必要はないのだが……己の行動を見透かされたのは初めてだった。

 日々の土地神としての務めですら、数百年続けてきても誰にも見留められる事はなかった。


「ヒナキさま?神さまの?」

「うん!昨日、ここを貸してくださいってお願いしたでしょ?きっと、『いいよ』って言ってくれてるんだよ」


 数秒の間の静寂。

 姿が見えなくとも、姉のきょとんとした顔が目に浮かぶようだ。


「そっか、じゃあお礼を言わないとね」

「うん!ヒナキさま、ありがとう!」

「ヒナキさま、ありがとうございます」


 幼い子供たちの無邪気なやり取りだ。

 その中にきっと、信仰心などという大それたものはない。

 それでも、今まで信奉者たちが述べたどんな謝辞より、この幼子たちの言葉が温かい物のように感じる。

 毘薙㐂は熱くなった顔を両手で覆い、聞こえないよう小さな声で「どういたしまして」と返した。


 それから数年の月日が経った。

 あっという間に大きくなった姉妹は幼子から少女へと変貌し、きれいな着物で着飾るようになる。

 やはりというべきか姉の方は次第に『秘密基地』を訪れる頻度も減ってゆき、やがては姿を現すこともなくなった。

 だが妹の方、一千花は彼女が齢十六になっても顔を出すことをやめなかった。

 畑仕事や他に用事もあるから流石に毎日ではなかったが、二、三日に一度社を訪れては『秘密基地』の中でのひと時を過ごしていた。


 一千花は一人で『秘密基地』に来るようになってから、その日あったことや悩んでいることを毘薙㐂相手に話すようになった。

 もちろん、一千花からすれば独白のようなものだったのだろう。話し相手がいないから、架空の存在をその代わりとしているに過ぎない。

 けれど壁越しではあるが、毘薙㐂はその言葉を聞いていた。


 毘薙㐂は会話する相手を持たない。

 人前に姿を現そうと思えば現す事だって出来る。

 しかし自身が神になる前、暗闇しか知らない人間だった頃、重ねて聞かされた『神として在れ』という言葉が呪いとなっていた。

 人にこの姿を晒して、『神らしくない』『期待外れだ』と思われることをどうしても恐れてしまう。


 そんな折に現れた一千花の言葉は、毘薙㐂にとってこの上ない救いであった。

 神に対する懇願や懺悔ではなく、ただ何の変哲もない日常の言葉。

 近所で見かけた猫がどうとか、昨日作った料理がどうだったとか、聞いても翌日には忘れてしまうような内容の話だ。

 しかしそれが毘薙㐂にとっての彩りであり、日々を過ごす糧になっていった。

 そして彼女の存在が現れてから、ほんの少しではあるが毘薙㐂は自身の存在が強固な物になっている事にも気付いていた。


 ある日、一千花がいつものように彼女の日常を語っていた。

 その日の話題は、自分が長い間していた勘違いについてだった。

 一千花は少し天然なところがあり、純粋な気質も相まってとんでもない誤解をしている事がある。


 毘薙㐂は笑いを堪えながらその話を聞く。

 しかしある時、不意に放たれた衝撃の一言で耐え切れずに笑い声を上げてしまった事があった。

 慌てて両手で口元を覆うが、出てしまった声が返ってくる事はない。

 一千花の話が止まる。

 声を聞きつけられてしまったのかもしれない。

 毘薙㐂は冷や汗を流して彼女の反応を探った。


「……誰か居るの?」


 一千花が小屋の外に向かって、そう声をかけた。

 どきどきと心臓が早鐘を打つ。

 自分の存在を悟られてはいけないという焦りと、自分の事に気付いて貰えるのではないかという相反する期待がないまぜになって毘薙㐂の頭を満たしていた。


「気のせいかな……」


 やがて息を潜めていると、一千花はまた何事もなかったかのように先ほどの話の続きを始める。

 少しずつ毘薙㐂の身体の熱も引いてゆき、ようやく落ち着きを取り戻した。

 しかし、その後には少しの寂しさも残る。


 もう一千花も十六だ。

 あと数年もすれば、嫁入りなり婿取りなりして家庭を持つだろう。

 そうすればきっと、この『秘密基地』を訪れる事もなくなるはずだ。

 彼女が社を後にする度、もう二度とここへ来ないのではないか、という不安で涙が出そうになる。

 この頃になると、毘薙㐂は彼女に対して明確な慕情を抱いていることを自覚していた。

 それは人の身であった頃にすら抱いたことのない欲だった。


 無防備に社を訪れる一千花を見て、「いっそこのまま拐かしてしまえたら」と考えた事が何度もある。

 しかし日頃から聞いている彼女の話の中で、彼女が家族から愛され、自身も家族を愛している事を知っていたから思いとどまる事が出来た。

 例え無理やり一千花を連れて行ったとしても自分は彼女に何も与えられず、彼女からは家族を奪うだけだ。

 そして人の身である一千花は瞬く間に寿命を迎え、自分はまた一人になってしまうだろう。

 そんな事は分かりきっているから、毘薙㐂はこの日々が終わりを迎えるまで、彼女との間に厚い壁を一枚隔てて生きる事にしたのだ。


 彼女が楽しそうに語るたび、その目にこの姿を映してもらえたらと思った。

 彼女が悲しそうに涙を流すたび、今すぐ抱きしめてやれたらと思った。

 そんな日々を繰り返し、いつしか一千花が十九になった年の冬を迎えていた。


 毘薙㐂は村で花姫の選出がどのように行われているかを知らない。

 前に逃してやった少女から籤引きだとは聞いた事があったが、それ以上に詳しい事は分からなかった。

 だから毘薙㐂はこの年の花姫に一千花が選ばれた事を知る由もなく、社の中で倒れ伏す少女の身体を抱えて上げてその顔を見た時、心の臓が止まるかと思った。


 ずっと夢見ていた距離で一千花に触れているのに、その身体は雪のように冷え切っている。

 いつも愛しい言葉を紡いでくれる唇も、まるで宝石のような赤と琥珀の瞳も固く閉ざされており、彼女がこのまま死んでしまうのではないかと思った。

 毘薙㐂は必死に平常心を保とうとしながら、可能な限り速く雪の降る山道を駆ける。


 住処に戻り、すぐに囲炉裏で火を焚いて部屋を温めた。

 一千花を布団に寝かせ、中に湯たんぽを入れてやる。

 しばらくの間毘薙㐂は気を休められなかったが、少しずつ彼女の顔が血色を取り戻すのを見てようやく安堵のため息を吐いた。


 そして改めて状況を認識し、とんでもない寂寥感に襲われる。

 一千花が花姫に選ばれたという事は、彼女は村を去らねばならないという事だ。

 当然これまでのような『秘密基地』での時間は失われ、毘薙㐂は彼女の姿を見る事もできなくなる。


 そして不憫なのは彼女自身もだ。

 家族との縁を切り、これからは外の世界で生きてゆかねばならなくなる。

 一千花は村から出た事がなく、家族からも少々過保護気味に育てられたようだったから、きっと気苦労も多いだろう。

 せめて出て行った先で不自由させないようにしてやらなければ、と毘薙㐂は用意していた封筒を戸棚から取り出して机の上に置いた。


 それから少し経つと、一千花が身じろぎするようになった。もしかすると近いうちに目を覚ますかもしれない。

 体は温まったとはいえ、茶の一杯でもあった方が落ち着けるだろうと考え、毘薙㐂は台所で湯を沸かす事にした。


 その間も終始、一千花のこれからの事を考えていた。

 明日か明後日かは分からないが、次に吹雪の止んだ日に町まで送ってゆこう。

 それまでの間は少しでも彼女の不安を和らげるために、陽気で優しい神としてそばに居ようと、そう決めた。


 それなのに一千花はとんでもない事を言い出した。町へ降りず、毘薙㐂の元に輿入れすると言うのだ。

 ……本音を言ってしまえば、一も二もなく受け入れてしまいたかった。

 しかし、こんな事は何度も何度も毘薙㐂自身の中で葛藤して結論づけた事だ。

 人である一千花と共に生きるという事は、最終的には毘薙㐂が彼女を失う絶望感を味わう事になる。

 その時、毘薙㐂は神としての自分を保っていられる自信がなかった。


 しかしどういう訳か、一千花は自身が人の生を捨ててでも毘薙㐂と共に生きると言う。

 どうして彼女がそこまでして『土地神』に身を捧げる事ができるのか、毘薙㐂は理解できなかった。

 だが、彼女の言葉を喜んでしまう自分も確かに存在していた。


 とはいえここで、はいそうですか、と言って一千花を神格に引き上げるわけにはいかない。

 彼女は先ほど死にかけたばかりだ。本能的に生命の救いを求めて、結論を急いてしまっているだけかもしれない。

 言葉では簡単に聞こえるが、この決断は人としての死を意味する。

 神になれば毘薙㐂と同じ立場になる訳だから、これから永くこの地に留まり、変わり映えのない毎日を過ごすことになる。

 それは人としての幸せとは程遠いもののはずだ。

 だからこの日は彼女を休ませ、もう一日よく考えさせる事にした。


 次の日、一千花が出した結論は昨晩と変わらないものだった。

 思っていたよりずっと彼女の決意は固く、毘薙㐂が心配していたような事態では無さそうだ。

 それを確認した毘薙㐂は彼女の意思を受け入れ、血を交えて婚姻の儀を執り行う。

 これにより一千花という少女は、喜七という一柱の神へと身を転じた。


 それがつい、昨晩の話である。

 当然、こんな日が来るものとは思っていなかったから毘薙㐂自身の戸惑いは大きい。

 しかしそれ以上に、自分を一人にしないと言ってくれた彼女の暖かさが嬉しくて仕方なかった。


 もう壁を隔てずともよい。

 言葉を交わし、存在を認めてもらえる。

 触れて、抱きしめて、愛したって構わない。

 永い永い時を共に生きても別れに怯える必要はない。


 こんなに都合のいい話があるだろうか。

 やはり全てが夢で、目が覚めるとこの暖かな妻は消えてしまっているのではないか、などと神らしからぬ考えに囚われてしまう。

 不意に一人不安になって、起こさぬようそっと喜七の事を抱き寄せた。

 彼女の呼吸音が間近で聞こえ、それに合わせて僅かに肩が上下しているのも感じられる。


 喜七は知る由もないだろうが、毘薙㐂には彼女の与えてくれる全てが涙が出そうな程に愛おしく感じられるのだ。

 しかしこのような気持ちをそのままぶつけてしまえば、彼女を怯えさせてしまうだろう。

 だからあくまで『ここ数日に出会ったばかりの、ちょっと妻を可愛がりすぎる夫』に留められるよう努めていたつもりだった。


 しかし思ったよりも理性というのは脆いもので、先ほどは喜七が見せた姉への強い信頼に対し、どす黒い嫉妬心を抱いてしまった。

 それを悟られたくなくて、毘薙㐂は自身を落ち着かせるために彼女を置いて居間へと向かった。

 その後、そんな自分を追ってきた喜七の心細げな表情に酷く心が痛んだものだ。


 人間が強欲なものであるという事は知っている。

 毘薙㐂は神として長い時を過ごしてきたが、一千花に強い思いを抱き始めてからは明らかに人としての気質を掘り起こされる事が多くなった。

 きっと彼女が側にいる以上、自分が元来の『毘薙㐂』に戻る事はできない。

 喜七が自分以外に向ける愛情を目の当たりにするたびにこの醜い感情が湧き上がるのだとしたら、果たして自分は彼女の慕う土地神であり続けるられるのだろうか。

 もしも彼女が奪われる事態などになれば、自分は祟り神へと堕ちてしまうのではないだろうか。

 ……いや、仮にそうであっても構わない。

 喜七をそばに置けるのならば、彼女と自分を引き裂く者共を消し去れるのならば、呪いでも悪き力でも喜んで喰らってやろうと思える。


 だがきっと、優しい喜七は伴侶が祟り神に転じるなどという事は望まないだろうというのも理解していた。

 無論、そのような事態にならないのが一番ではあるが。


「お前が惑わすのが悪いのだぞ?喜七」


 ほとんど囁くような小声で、安らかに眠る喜七に話しかける。

 何か良い夢でも見ているのだろうか、喜七は口元に緩く笑みを浮かべていた。

 毘薙㐂はそれに毒気を抜かれ、同じように頬を緩める。


 彼女との生活は明日も明後日も、その先もずっと続くだろう。

 それこそ、喜七が一千花として生きた期間よりもうんと長い年月になるはずだ。

 その中で、毘薙㐂はいずれ自分が彼女にとって誰よりも安らげる存在になれたならと思う。


『後悔は、せんな?』

『すると思います。でも毘薙㐂様と一緒に乗り越えたいです。』


 彼女とのやりとりを思い出す。

 純粋な言葉だ、まるで彼女の存在そのもののような。

 その上で、喜七自身が毘薙㐂を選んでくれたのだ。悠久とも呼べる年月を共に過ごす相手として。

 喜七がいずれ神としての生を憂いた時、たとえ一度立ち止まっても、共にその先へ歩いて行きたい。

 彼女の期待に応えたい。

 心から、そう思っている。


 毘薙㐂は喜七の額にそっと口付けて、掛け布団を顎のあたりまで引き上げた。


「おやすみ、喜七」


 彼女の提案を受けて、一つの大きな布団にしたのは正解だったかもしれない。

 毘薙㐂はこの柔らかな温もりの隣で微睡む幸せを、今後手放す事はできそうになかった。

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毘薙㐂 はるより @haruyori

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