エニグマ・クロニクル 〜星間の謎を追う者たち〜

湊 町(みなと まち)

第1話 旅立ち

宇宙船「エニグマ号」の観察窓からは、無数の星々が輝く漆黒の宇宙が広がっていた。銀河の中心部から離れたこの場所では、星の光さえも希薄で、どこか冷たく孤独な印象を与える。その中で、エニグマ号は静かにその存在感を放ち、まるで宇宙の闇を切り裂くようにして浮かび上がっていた。


船内の研究室では、ゼノ・オスカーが一人、最新のデータが映し出されたスクリーンに目を凝らしていた。彼の周囲には、精密な機器が並び、微かな電子音が空間に響いている。スクリーンには、銀河の果てに存在する「オメガ領域」の解析結果が表示されていた。未知のエネルギーが測定され、その強大さは計り知れない。


ゼノの顔には、深い皺が刻まれ、その目には鋭い光が宿っていた。彼の視線はスクリーンに固定され、その内容に集中していた。


「オメガ領域か…」


ゼノは低くつぶやいた。彼の声には、科学者としての好奇心と、未知なる領域への恐怖が入り混じっていた。過去に多くの探査船がこの領域に向かったが、すべてが消息を絶っていた。何が彼らを飲み込んだのか、ゼノはその謎を解明するためにこの任務を引き受けた。


ドアが静かに開き、第一士官のケイド・ローガンが入ってきた。彼の背後には、エニグマ号の高性能ドアが無音で閉じる。ケイドは短く整えられた髪と鋭い眼差しを持ち、その姿からは過去に経験した数々の戦闘の痕跡がうかがえた。彼はかつて宇宙海賊として数々の銀河系を渡り歩いてきたが、今ではゼノの信頼する右腕として船の安全を守っている。


「準備は整ったか?」ケイドが尋ねた。


「ほぼ完了した。エニグマ号は航行システムの最終調整中だが、問題はない。」ゼノはスクリーンから目を離さずに答えた。


「オメガ領域か。まるで死地に向かうようなものだな。」ケイドは冷笑を浮かべたが、その目は真剣だった。


「そうかもしれない。しかし、科学者として、私はこの未知のエリアの謎を解明しなければならない。これは私たちの使命だ。」ゼノはケイドの方に顔を向け、静かに続けた。「だが、私たちは一筋縄ではいかない相手に挑むことになるだろう。」


ケイドは頷き、その厳しい表情にわずかな緊張が見えた。「クルーは全員、覚悟している。誰もが自分の役割を理解しているし、俺たちはどんな状況にも対応できる。」


ゼノは、ケイドの言葉に励まされるように、深く頷いた。「ありがとう、ケイド。君と共にこの船を率いることを誇りに思う。」


ケイドは敬礼をし、背筋を伸ばして退出した。彼の足音が消えた後も、ゼノはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。彼の心には、科学者としての使命感と、未知の恐怖が交錯していた。


エニグマ号のブリッジでは、他のクルーたちがそれぞれのポジションについていた。サイバネティックエンジニアのリラ・ナイトシェイドは、端末に向かい、サイバネティックシステムのチェックを終えていた。彼女の手は素早く動き、数多くのコードを確認している。彼女の冷静な表情からは、彼女の能力と経験がにじみ出ていた。


メディカルベイでは、医療主任のエリサ・トールがクルーの健康状態をモニターしていた。彼女の周囲には、最新の医療機器が整然と配置され、彼女はそのすべてを熟知している。彼女の落ち着いた物腰と優しい瞳が、クルーたちに安心感を与えていた。


航行士のヴァーゴ・キンタロスは、航行システムを最終確認し、エニグマ号の軌道を調整していた。彼は数多くの未知の星々を渡り歩いてきた経験豊富な航行士であり、その計算は緻密で正確だった。彼は静かに、しかし確信を持って出発の準備を進めていた。


「エニグマ号、出航準備完了。目的地、オメガ領域。」ヴァーゴの冷静な声がブリッジに響き渡る。


ゼノは深呼吸をし、クルー全員に向けて一言だけ告げた。


「出発しよう。」


次の瞬間、エニグマ号は音もなく宇宙の闇に滑り出し、未知の領域へと向けてその航海を開始した。これが、銀河全体の運命を変える壮大な冒険の幕開けだった。

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