鳥籠に生きる不死鳥
星部かふぇ
第1話 縁町四番街
この場所に来るのは久しぶりだった。
深夜零時を過ぎようとしているのに、人の流れが絶えない歓楽街。入り口には大きな門があり、それから放たれる赤紫色の明かりに目が眩む。遠くから見てもわかるような強い光で直視しようものならしばらくは目が痛い。頭上、つまりは門の上の中央には白色の縁取りで
その奥には色とりどりな明かりを灯す店が多く立ち並んでいる。門で目が眩むかと思ったら、その奥の店でまた目が眩む。夜の暗がりに慣れてしまった目でここに来てしまうと、どうしても痛い目を見る。赤や黄色の居酒屋ならまだいい、しかしキャバクラや風俗の桃色や紫色はどうしても苦手意識を持つ。店そのものではない、明かりの話だ。
ジブンはしばらく立ち止まっていた。人に何度も押され、邪魔だと言われながら、ずっと門の、いや、歓楽街の前に立っていた。
「嬢ちゃん。こんなところにいたら邪魔だよ。それにここに来るべきじゃない」
四十代前半のように見えるスーツの男の人が話しかけてきた。これだけ邪魔な場所にいて、かつ見た目が女性よりの中性の若い人間ともなれば、話しかけてくる理由もよくわかる。
「おじさん、ここって何のお店があるの?」
来たことがあるといっても昔の話で、入れ替わりの激しい場所だったことくらいしか覚えていない。せっかく話しかけてくれたのなら、ちょっとくらい情報を貰えるかなと思った。
「そりゃあ、ここは歓楽街だからなぁ。若い女の子と遊んだり、お酒を飲むお店しかねぇよ。それもただの歓楽街じゃねぇさ。エンドシティっつってな、他の歓楽街を出禁にされたクソ野郎とか、薬をヤッてたりとか、普通のお店じゃ満足できねぇ奴が来る無法地帯だ」
「エンドシティ?」
聞いたことがなかった。少なくとも昔はそんな名前で呼ばれていなかったし、そこまで治安が悪いという話も無かった。だからこそ意外だったのだ。
「ああ、エンドシティ。てっきり危ない場所に興味のある若者かと思ったら、まさかそんなことも知らないなんて。嬢ちゃん、さっさと離れた方が良い」
「エンドシティって何さ」
「……。そのままだ。人間として終わってる奴らが来る歓楽街だからエンドシティ。洒落た名前だが実際は怖いぞ」
「おじさんも?」
おどけてみた。これでおじさんがジブンをホテルに誘拐するなんてことをしたら、おじさんもクソ野郎だ。その時はどんな手段を使ってでも逃げてやる。そう身構えてもいた。
「俺は違う。俺は……、いや、知らない方が良い」
「裏路地に関わりのある人だよね。おじさん」
「……あっはっは。最初からそれが目的だったか。こりゃ一本取られた」
乾いた笑いが耳にへばりつく。笑う気の無い表情で笑われても不気味なだけだから不快だ。目も死んで、声も死んでいる萎れたおじさんを見ていると、不快さと同時に憐れみも生まれる。
それより、このおじさんが裏路地に関わりのある人物だということがわかった。裏路地を知っている人が一人でもいる方が絶対に良いと思っていたから好都合だった。
ジブンがここに訪れた一番の目的。それは裏路地にあった。
縁町四番街の裏路地。そんな響きを聞くと違法なことでも簡単にできちゃう危険地帯を思い浮かべるかもしれない。しかしその実態は違う。ここの裏路地は……。
「嬢ちゃんも魔法使いか何かか?」
比較的小さな声で、耳元で囁いてきた。それに対しジブンも小声で返す。
「正確に言うと魔法使いではないよ。ジブンは魔法技師だから」
縁町四番街の裏路地は現代日本に存在する僅かな魔法使いたちの居場所だった。魔法使いだけでなく、ジブンのような魔法技師や人ならざる者なんかも集まる場所でもある。魔法を使って生計を立てている人もよくここを住処にするし、ここで販売したりする。魔法を使う人たちなら誰だって知っている、魔法使いのための路地だった。
「魔法技師か……また珍しい職だな」
「せっかくだし、おじさん。裏路地案内してよ。久しぶりで何も覚えてないから」
「……はぁ、仕方ねぇな」
そう言っておじさんとジブンは縁町四番街に足を踏み入れる。こうやって話しているうちに眠らない夜の光にも慣れて、中に入っても目が痛くならなかった。
呼び込みの声がそこら中で響いて、人々の話声でかき消される。それの繰り返し。ジブンたちは無言で人混みを進む。はぐれないように、ただおじさんを追い続けた。
見たことのある店があった。ピンク色の明かりと白色の明かりで看板が照らされていて、その看板にはピンク色のカクテルと共に「full sweet」とお洒落なフォントで書かれている。たしかここはキャバクラだったか。
するとおじさんが立ち止まった。そしてこっちを振り返る。
「ここを真っ直ぐ進めば障害なく裏路地に行ける」
どうやらフルスウィートと古びた雑居ビルの間を抜ければ裏路地に行けるようだ。
「障害?」
「用の無い奴が入ってこないように、何かしらの魔法をかけているんだって聞いたぞ」
全く覚えが無かった。昔は酔っぱらった一般人が迷い込んで怪物に喰われる、みたいな事件もよくあって面白かったのだ。しかし、そんな障害なんてものができてしまったら怪物たちは腹を満たせないだろう。
だが、ジブンは怪物が飢え死のうと関係ない。
「へぇ」
そんな態度を取っていると、何かが気に障ったのかこちらをギロリと睨んでくる。
「……はぁ。一応言っとくが、一般人の間では「裏路地は犯罪を通り越したヤバイことをする場所」として認識されてるから、基本的には入ってこねぇ」
「まさに禁忌だね」
またもギロリと睨まれる。ジブン何かしたかなぁ?
ジブンが裏路地に進もうとすると、おじさんはついて来ない。そのことが気になり振り返る。そして声をかける。
「来ないの?」
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