第15話 逆転の一手
「ロッシュにこんな事して……あんた、絶対にただじゃ済まさないからね!」
怒りを露わにするエリーゼは、すぐさま四体の水の蛇を呼び出して臨戦体勢に入る。
「ルーク」
「うん?」
ルークも続けて戦う姿勢に入ろうとしたが、ロッシュに呼ばれて後ろを振り返る。
「これを使って」
そう言ってロッシュは、持っていた刀を投げる。それを見てルークは目を見開きつつもしっかりキャッチし、ロッシュに一瞥する。
「大丈夫だよ。壊れてもいいから、それでアイツをやっつけちゃって」
「……うん、分かった」
ルークはその想いをしかと受け止め、刀の切っ先を男に向ける。
「容赦はしない。ここで必ず倒す」
「……」
さっきまで取り乱していた男は、随分と落ち着いた様子でルーク達の事を見る。
「……はぁ〜」
そして深い深いため息を吐いた。
「仕方ないなぁ」
「なに? 諦めたの? 言っとくけどやられた分の借りは返すからね」
降参したと捉えたエリーゼは、決して許しはしないと男を睨む。
「いや、さぁ。僕が君たちを殺したいのってぇ、死体が欲しいからなんだよぉ」
「死体を……?」
なんの真似か、男は自分の目的を語り始めた。
「そう、厳密には死体に残留する魔力だねぇ。ちょっと大規模な魔術を使いたいんだけどぉ、僕の持ってる魔力だけじゃ足りなくてさぁ」
だから新鮮な死体が欲しかったんだよぉ。と、男はケラケラと笑いながら言った。
「な、なんて外道な事を……!」
「なんとでも言いなよぉ、もう君たちから死体を頂戴する事も出来なさそうだしぃ」
「つまり、降参すると?」
隙を見て逃げられるかも知れないと、ルークは決して油断せず男の真意を問うた。
「こうさぁん? なんでさぁ?」
「あんた、さっきから何が言いたいの? まさか逃げる気?」
「逃げる訳ないじゃぁん、だってもう」
───僕の
……その言葉を皮切りに、異変は起こった。
「なっ!?」
「ちょっ、なによこれ!?」
突然、ルーク達の体が地面へと沈んでいったのだ。まるで底なし沼へハマったかのように、ズルズルと、下へ下へ沈んでいく。
「【貪る大地】……僕の奥の手なんだぁ」
それを見た男は、勝ち誇った笑みで語る。
「一度でも沈んでしまえば、大地は死ぬまで君達を地の底へと引き摺り込む。死体が残らないから、あまり使いたくなかったんだよねぇ」
その言葉の言う通り、もうルーク達は下半身まで地中に浸かっているのにまだまだ沈み続けていた。
「で、出れないッ!」
ルークは体を押し出して脱出を図るが、地面に手を当てた途端に大地へと呑み込まれてしまう。
「ッ、だったら呑まれる前にあんたを倒す!」
それならばと、エリーゼは呼び出した四体の水の蛇を一斉に男へと襲い掛からせる。
「うおっとぉ! 危ない危ない」
しかし男は縮地を使って後ろへ退き続ける。やがて水の蛇の攻撃が届かない距離まで男は離れてしまった。
「くぅ!」
(どうする……どうするッ……!)
沈む時は沼のような感触だが、地中へ浸かった途端に元の不動な大地としての姿を取り戻し、身動き一つも取れない。圧倒的な力で地面を砕いて脱出するという手段も、自分達には無い。
……詰み。そんな言葉が脳裏によぎった。
「───神よ、どうかその力をお貸し下さい」
「え?」
その時、ルークの後ろからそんな言葉が聞こえた。
「どうか、この歪められた世界をお見えになって下さい」
振り返ってみれば、その声はカエラの物だった。
彼女は目を瞑って両手を握り、神への祈りを口にする。
……彼女の持つ加護の力、それは加護や魔術などの影響を受けた空間を元に戻す事。
「そしてどうか、どうか、世界を在るべき姿に正して下さい」
すなわち、フィールド効果の無力化である。
「なっ!?」
一瞬、眩い光が空間内に満たされる。
「なんだ、何が起こって……!!?」
強烈な光はすぐに収まり、男はすぐ目を開けて驚愕する。
そこには、普通に地面の上に立っているルーク達が居た。
「ク、クソがぁ!!!」
「させるかッ!」(【アクセル・コンボ───)
そんな光景を見た男は、悪態を突きながら後ろを振り向く。逃げる気だと気付いたルークは、すぐに行動へと移った。
(───トリプル・アクション】!!)
一歩踏み込む。あらかじめ魔力強化を施していた事もあり、それだけで彼我の差は殆ど埋まった。
「チィッ!」
しかし追ってくる事も男は分かっており、縮地を使うまでの時間稼ぎとしてルークに向かって震縛を放つ。
(何度も同じ手は……食わないッ!)
それを何度も受けているルークには分かっていた。震縛は、対象が地面に立っている時だけ使えるのだと。故に……ルークは二手目を攻撃ではなく、跳躍する事に使った。
「なっ……!」
空高く飛び上がったルークに、頭上から刀を振り下ろしてくるルークに、男が取れる手は無い。
「はぁッ!!!」
三手目、急加速により生まれた神速の一撃は、袈裟斬りに男へ撃ち込まれた。
「……ふぅー」
白目をむいて倒れる男を最後まで見届けると、ルークは深く深く息を吐いた。
(この剣が両刃じゃなくて良かった)
ルークは自身の持つ剣……刀を見て思う。その持ち方は本来の姿と逆さになっており、ちょうど振る時に相手が斬れないようになっていた。
ルークがやった事は、いわゆる峰打ちという物である。悪人と言えど真っ二つにするのは気が引けるという物で、ルークはあらかじめ持ち方を変えていたのだ。
「ルーク!!」
「あ、エリーぐふぅ!?」
エリーゼに呼ばれたルークが振り向いた直後、彼女はルークの胸に目掛けて飛び込んだ。
「うがぁっ!」
ルークはそのまま勢いよく尻餅をついて悲鳴をあげる。それでもエリーゼの事を抱きしめ続けられたのは、流石と言えよう。
「ルーク……ルーク……!」
「うげげげぇ!?」
だがその後にエリーゼが凄まじいパワーで抱きしめられ、思わずギブしたくなった。
「エリーゼ、ちょ、ちょっとたんま」
「……ぅぐ、ひぅっ」
「エ、エリーゼ?」
彼女の掠れた声を聞いて、ルークは痛みも忘れて耳を澄ました。
「怖かった。怖かったよぉ……!」
「……」
押し込めていた感情を爆発させ、泣きじゃくる彼女の姿を見てルークは静かに頭を撫でる。
(何を終わった気でいるんだ。俺は)
まだ終わってなどいない。魔術師を名乗る男は騎士団の前に連れて来させなければならないし、怪我だって……
「そうだ、ロッシュ!」
そこでルークは、この中で一番怪我が酷いロッシュの事を思い出す。
ルークはエリーゼを抱きしめた状態のまま、ロッシュの方を見やる。
「あ、ルーク様」
見てみれば、ロッシュはカエラに膝枕された状態でスウスウと眠っていた。
「気を失ってますが、すぐ大事に至るほどではありません。ですが、なるべく早く治療をしに行きましょう」
「うん、そうだね。ところでカエラの方は大丈夫?」
「はい、ロッシュ様のお陰で無傷です!」
「そ、そっか」
心の方は大丈夫かと思ったが、見た感じケロッとしているので本当になんともないのだろう。
ちなみに彼女もエリーゼと同様、戦闘経験は皆無だ。ある意味、この中で一番図太いのは彼女かも知れない。
「なんにせよ、まずは此処から脱出しなきゃ」
課題はまだあった。男の手によりこの地は迷宮と化している。その迷宮の外に出ない限り、他の人間とは会えない。
「……あれ?」
だったのだが、ルークは周りを見て気付く。
すっかり日が暮れて辺りは暗くなっているが、そこは確かにルーク達がバロウズ商会本店から帰る道中に歩いていた道だった。
「微かだけど人の気配もあるし、もしかして戻った?」
「ああ!」
どうして戻って来れたのか、ルークが考えているとカエラが突然大声を出す。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ、よくよく考えてみれば、私の加護の力なら魔術師の術中から抜け出す事も出来たのではと」
「……ああ」
カエラの持つ加護の力は、フィールド効果の無力化。結界の内部を迷宮化させる魔術も、しっかり加護の力の範囲内にあった。
「うぅぅぅ! 本当、本当に申し訳ございません! 私がもっとしっかりしていればこんな事には!」
「ま、まあ、そんなに落ち込まないで。ほら、最終的にはなんとかなったんだし」
先ほどまでケロッとしていた時とは打って変わって激しく落ち込むカエラに、ルークはなんとか励まそうとする。
「……」
穏やかな雰囲気が流れ始めたその瞬間、うつ伏せに倒れていた男は突然、片手を上げて勢いよく大地に叩きつけた。
「なっ……!」
まだ意識があったのかと驚くルークを置いて事態は進む。
地面から伝わる大きな揺れ。それが意味するのはつまり、あの迷宮が再び構築されようとしていたのだ。
「そうはさせません!」
しかしその直後、カエラが加護を使って即座に迷宮化を解除させる。
一瞬の眩い光が消えた後、世界は揺れが起きる前と何も変わらずにいた。
……ただ一つ、男が消えた事を除いて。
「に、逃げられました……」
迷宮化による結界内の移動、それを使って逃走する事が男の狙いだったのだ。
それが達成された今、迷宮が出来上がらなくても男の方に問題は無かった。
「どどど、どうしましょう!?」
魔術師を捕えるせっかくのチャンスを逃したカエラは、アワアワと取り乱してしまう。
「……いや、今は魔術師よりも、ロッシュの治療の方が先だ」
「ッ、そ、そうですね!」
しかしルークの言葉を聞いてカエラはハッとし、大きく頷いて賛同する。
それからルークがロッシュの肩を担いで持ち運び、エリーゼの事はカエラに任せて歩みを進めた。
(……あの時)
男が迷宮化を行い、カエラが加護を発動する直前、ルークはとある光景を見ていた。
(誰か、居たような)
何処からともなく何者かが現れ、男に接触する、そんな光景を。
「……」
辺りは暗く、そしてあまりに一瞬すぎて、それがどんな人物だったのかは見当も付かない。
(俺の考え過ぎ、かな?)
やがて、考えても仕方ない事だと思ったルークは、自身の見間違いだと判断する事にした。
……日は沈み、宵闇の時間が訪れる。
辺りに不気味な雰囲気は流れるものの、ひとまずルーク達の戦いはこれにて終止符を打たれるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます