第4話 見習いシスター、カエラ
ルークが王立学園に入学して早一週間が過ぎた。入学式当日を除けば特に問題も起きておらず、平穏な日々を過ごせていた。
「神への祈りかぁ、俺は簡単な事しかやってないな」
そう言ってルークが会話するのは、セレナの昔馴染みであるカエラ。明るく元気な少女である。
彼女は見習いのシスターをしており、ふと気になったルークは日課の祈りで何をしているのか尋ねた。すると返ってきた内容が中々に本格的だった為、少し驚いてしまった。
「う、うん、僕もそこまで大変な事は」
ルークの言葉に同意したのは、彼の住む寮で相部屋となったロッシュである。
ロッシュとは始め壁があるように感じられたが、ルークが真摯に接し続けた事で、今では友人とはっきり呼べる程度には仲良くなっていた。
「こういうのは祈る事が大事なんです! どんなに簡易的でも、しっかり信仰を示せば神には必ず届く物です!」
「そうなの? アタシが地元で通ってた教会じゃ、神への祈りはしっかりやれって言われたわ」
教わった作法も一々面倒な物で……と、エリーゼは苦々しい表情を浮かべて話した。
「あはは……まあその辺りの考え方は教会でも色々ありますから。ですが確かな信仰心さえ持っていれば問題ないと、私は信じています! ですよねセレナ様!」
「ふふ、そうですね。信じる心というのは時に凄まじい力を発揮します。それは神への信仰も同じ事だと、私は思っています」
そう語るセレナの言葉には、何処となく実感が籠っている気がした。
「……もしかしてさ、セレナもシスターなの?」
以前から気になっていた事をルークは思い切って聞く。
「はい? 私が、ですか?」
それが思いもよらない質問だったのか、セレナは首を傾げてキョトンとしていた。
「あー確かに、セレナってシスターっぽいわよね。見た目も言動も、それに性格も」
「う、うん! 僕もそう思う」
他の二人もシスターっぽいと思っていたらしく、エリーゼもロッシュも同意していた。
「そうなんです! セレナ様はシスターに相応しいお方、シスターの中のシスター……いえもはや聖女です!」
そんな三人の言葉を聞き、カエラは身を乗り出して高らかに答えた。
「そ、そんな、大袈裟ですよ。それに私、シスターではありませんし」
満場一致で賞賛されたセレナは、恥ずかしそうに頬を赤らめながら否定する。
「あらそうなの? 向いてると思ったんだけど」
「分かりますかエリーゼ様!? 私も以前からそう思い、何度もシスターの道をお誘いしてるのですが……」
「ごめんなさい、そう思ってくれるのは嬉しいんですけど、私にそのつもりは無いんです」
「うぅぅぅ」
捨てられた子犬のような目でセレナを見つめるカエラ。それにセレナは心底申し訳そうにしながらも、決して首を縦に振る事は無かった。
「何か理由でもあるのかい?」
「大層な理由はありません。ただ私の信じる道に、シスターという肩書きは必要ないだけです」
「……?」
返された答えは要領を得ず、どういう事だろうかとルークは首をひねった。
「えっと、セレナさんはなんの神を信仰しているんですか?」
続けてロッシュがセレナに質問を投げかける。
「そういえば私、セレナ様にどんな神を信仰してるのか結局教えられてませんね」
「確かに気になるわね。まあ私とルークはそんな宗教に詳しくないから、聞いても分からないと思うけど」
続けて他三人もその質問に興味を示し、セレナが答えるのを待った。
「信仰する神ですか。……厳密には少し違いますけど」
セレナは何かを言おうとして、いきなりグッと口を噤む。
「……ふふ、今は秘密です」
そして暫く黙り込んだと思えば、そんな事を言い出した。
(ひ、秘密?)
「そんなあ!? 私、セレナ様がどんな神を信仰されてるのか気になって夜も眠れません!」
まさかの答えにルークは戸惑い、カエラも駄々っ子のように答えて欲しいと強請り始めた。
「……まあ、あんな凄い治癒の加護を使えるんだし、信心深い事は確かなんでしょうね」
「あ! それに関してお話したい事があります!」
しかしカエラは、エリーゼの言葉を聞くや否や駄々をこねるのをやめ、唐突にそんな事を言い出した。
「セレナ様があれほど高位の加護を得るまでには、沢山の苦労がありました! それを皆さんにお話して、この感動を分かち合いたいんです!!」
「な、なるほど……」
今まで以上の熱意を感じて、ルークは思わず気圧される。
「……あ、あの、そろそろ授業が」
そのまま何をせずとも語り始めそうなカエラを止めるように、ロッシュは恐る恐る皆にそう言った。
「それもそうね。じゃあその話はお昼ご飯を食べてる時に聞きましょう」
「はい、楽しみにして下さい!」
少しした後に学園の鐘が鳴り響き、ひとまずは談笑を終えて授業に集中していくのだった。
▼▼▼
見習いシスターのカエラ。今では熱心に神を信仰している彼女だが、昔はそうじゃない。
親が熱心な信者で、あなたも信仰しなさいと半ば無理やりな形で幼き頃にシスターの道を進む事となった。
神への信仰心はある。しかし、それは人並み程度の物で宗教家になりたい程では無い。その考えは見習いシスターとなってひと月、半年、そして一年経っても、変わる事は無かった。
「……はぁ」
箒を使って教会の清掃をする彼女は、静かにため息を溢す。
(こんな生活、いつまで続けたらいいんだろ)
彼女も最初は頑張ろうとしたが、どうにも身が入らない。そもそも宗教家というのは、信心深い人々が就くものだ。そしてその信仰心を原動力にして活動する。
一も二にもまずは神を強く信仰する事。それが出来ていない彼女に張り切って宗教活動をしろなんて無理な話だった。
「はぁ〜」
「君、少しいいかい?」
「うぇ!?」
再びため息を吐いた直後に話しかけられた彼女は、驚きのあまり変な声を出してしまう。
「は、はい! なんでしょう!」
「洗礼を行いたいんだけど、此処の司祭様はいるかな?」
慌てて取り繕うカエラだが、どうやら向こうは気にしてないらしく話を進めた。
「えっと、司祭様は少し用事で出掛けておりまして……あ、ですが洗礼を受けるだけなら自由に行っても構いません!」
洗礼とは、信仰する神に加護を授かる為の祈りの儀式である。昔は洗礼を受けるまでに厳しい取り決めもあったが、今はかなり自由になっていて誰でも洗礼を受ける事が出来る。
「ああいや、実は此処の司祭様とは知り合いでね、娘が洗礼を受ける時は是非ご一緒させてくれと言われてたんだ」
「娘? ……ぁ」
カエラは視線を下に向ける。ちょうど自分と同じ歳ごろの少女が、話している男性の後ろで控えていた。
(うわぁ……! すっごく可愛い子)
公にはしないが、カエラも自分の容姿には自信があった。しかし目の前に居る少女は、そんな自信の有る無いというレベルでは無い。
誰が見ても美しい。嫉妬で貶そうとする者が哀れに思えてくるほど、誰にも否定する事の出来ない美が彼女にはあった。
「はじめましてシスターさん、セレナ・ユークリッドです」
「……あ、は、はじめまして! カエラと言います!」
放心していたカエラは、セレナに話しかけられた事に遅れて気付き、慌てて返事をする。
「ふむ……司祭がいつ頃帰ってくるか分かるかい?」
「は、はい、恐らくあと十分ほどで帰ってくるかと」
「なるほど、じゃあそれまで待たせて貰おうかな。セレナもそれでいいかい?」
「はい、私もそれで大丈夫です」
「あっ、と、それならお茶をお出しします!」
カエラは掃除の手を止めて、彼らをもてなそうとワタワタ動き始める。
「あー待ってくれ、お茶は出さなくてもいいんだ」
「え? で、ですが」
しかしセレナの父はそれに待ったを掛け、彼女を引き止める。
「それよりも娘と一緒に遊んで欲しいんだ」
「え? えっと、セレナ様とですか?」
「娘は同年代の子と関わりが少なくてね、良ければ仲良くして欲しいんだ。セレナはどうかな?」
「はい、私もカエラさんとお話してみたいです」
「という事だ。頼んでくれるかい?」
「わ、分かりました」
そんな訳で、セレナと談笑する事となったカエラ。ただ彼女も彼女で見習いシスターとして修行ばかりやって来た為、同年代の子どもと遊んだ経験がほとんど無い。
「……ぅ」
結果、カエラは話を切り出せないままモジモジしてしまっていた。
「カエラさんはどうしてシスターになったのですか?」
「へ!?」
しかしセレナの方は緊張した様子がないらしく、彼女の方から話題を出されてカエラは焦った。
「あ、ごめんなさい。もしかして聞かれたくありませんでしたか?」
「い、いえいえ! そんな事ないですよ!?」
嫌だったかと勘違いし、ちょっぴり悲しげな表情を浮かべるセレナを見てカエラは慌てて首を振った。
「えっと、シスターになった理由ですけど……成り行きですね」
「成り行き、ですか?」
「はい」
カエラは自身がシスターになるまでの経緯を説明する。親が熱心な信者である事、親からの強い勧めでシスターの道を進んだ事、そして自分は親ほど信心深くは無い事、それら全てを話した。
「敬虔じゃないシスターなんて、おかしいですよね」
「……」
「……あ、すみません! こんな暗い話しちゃって」(こんなの初対面の人と話す事じゃないでしょ私!)
ひと通り話し終えた後、これじゃあまるで愚痴ではないかとカエラは自分を戒めた。
「セレナ、どうやら司祭様が帰ってきたようだから洗礼を受けに行こう」
「あ、はい、分かりましたお父様」
なんとか話題を変えなきゃと思案する彼女だったが、どうやら時間切れのようだった。
(うぅぅ、私のバカァ)
「カエラさん」
軽い自己嫌悪に陥っているカエラに、セレナは去り際に言葉を残す。
「信心深くない人が宗教家としてやっていける訳が無い。それは違うと思います」
「……え?」
「迷える民を救いたいという心、それが一番大事な事だと私は思っています」
それは、この世界の宗教において斬新な考えだった。
信じる者は救われる。それを加護という形で実現されてるこの世界では、信仰そのものに意味があり、故にそれ以上の意味を求められにくい。
迷える民を救う事こそ重要。この世界に生まれて十年にも満たないカエラに、今すぐその事に気付けというのも酷な話だった。
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