盲目令嬢は奴隷を買う

スパイ人形

第1話 盲目令嬢と奴隷たち

「おう、いつも通りだな」


 大柄な男と小柄な女、もとい少女が薄暗い倉庫のような空間にいた。その空間には大きな檻があり、中には枷を嵌められた人間が、老若男女問わず閉じ込められていた。


「どんな感じ?」

「どうも各国で奴隷に関する動きが怪しくなってきてるみたいでな。これが最後かもしれん」

「そうなんだ……順調みたいね。それじゃあいつも通り今日も全員。これで足りる?」


 じゃらり、と大柄な男の両手でようやく足りるほどに膨れた袋を、少女の後ろに控えていた老人が差し出した。

 大柄な男は特段嬉しそうでもなく、かといって興味が無い様子でもなく、感慨深い面持ちでその袋を受け取った。


「最初はなんだこのガキと思ったが、最終的には個人契約も結んで一番の太い客みたいになってたな。それじゃ、いつも通り配達サービスまでやっとくぜ。俺の最後の悪行の締めくくりだ」


 目を閉じたままの少女は、くすくすと上品に笑い、大柄な男へ両手を差し出した。


「本当にお疲れさま。ごめんなさいなんてもう何度言ったかも分からないけれど……次の行く宛はあるの?」


 大柄な男は、受け取った袋をしまい込み、差し出された小さな両手を、大きな両手で包み込むように握り返す。

 

「ま、商人って所は存外性にあってるみたいだから、どっかで商売してるんじゃないかね」

「そう。私の悪行ももうそろそろ終わりが見えてきたころだから、また会えたらその時はみんなでご飯でも行きましょうか」

「くくっ、そうだな。俺が親父であんたが娘かな」

「ま、失礼な」


 そう言ってお互いもう一度だけ笑うと、手を離して少女は建物を後にする。空いた少女の手を、今度はお付きの老爺が一度握る。それに少女は頷いて返すと、老爺は少女を抱き抱えた。老爺は、仕事に戻った大柄な男の姿を一瞥し、踵を返して建物の出口へと向かった。


 地下から出ると世界は既に夜も更け、人通りもほとんど無いような入り組んだ路地裏。そんなところから出てきた少女たちを、見咎めるものは居なかった。

 

「セバスもいつもありがとうね」

「何を仰います。私はこの勤めに誇りを持っておりますと以前もお伝えしましたでしょう。貴女様にお仕えできることが、何よりの喜びなのです」

「そう言ってくれるととても嬉しいけれど、貴方も次を考えないといけませんよ」

「その時になれば考えますとも。それに、貴女様の仰る『次』が訪れるのも、私どもにとってはまだ少し先のお話でございます。今はこの老体の楽しみを満喫させて下さいませ」

「そう、そうだったね。いけないいけない」


 端から見れば孫を可愛がる老人のように見えるだろう。少女はセバスと呼ぶ老爺の方に頭を預ける。

 老爺は「ほほ」と愉快そうに笑いながら、夜の闇へと消えていった。


***********************************


「またたくさんの人がここへ来ます」


 古びてはいるものの豪奢な屋敷、その二階にある大広間に集められた十数人の使用人の前で、少女は真剣な顔で発表した。使用人たちも、さして驚く様子もなくそれぞれが真剣な面持ちで次の言葉を待っている。


「いつもの商人の彼がもうそろそろやってくると思うので、名前の確認が終わり次第皆さんにお任せしようと思いますが、今手一杯のところはありませんか?」


 一拍置き、使用人同士が確認を取り合う。そして代表して一人が答える。


「全員問題ありません」

「そう、ありがとう皆。では、終わった方からこちらに案内するので、セバスチャンの指示に従ってね、っと……もう来たみたい」


 屋敷のベルが高らかに鳴り、来訪者の存在を告げる。少女は両目を瞑っていながらも、まるで見えているかのようにすいすいと屋敷の中を移動する。扉を開け、階段を下り、至極当然のように玄関へとたどり着いた。少し重たそうな音を立てる両開きの扉をセバスチャンが開くと、つい先刻少女が倉庫で話していた大柄な男が待っていた。


「おう、さっきぶりだな」

「そうね。それじゃあ……ご飯でも食べていく?」

「やれやれ、もうみんなでご飯、ってやつには遅い時間だぜ? それにまだ仕事中だから、こりゃノーカンだ」

「ふふふ、そうよね。セバス」

「こちらに」

「皆を中に入れてあげてちょうだい。大まかな流れはいつも通りに。トラブルが発生したら、貴方の判断に任せるね」

「承知しました」

「そんじゃ、俺はこれで帰るぜ。この国に居続けるかも分かんねえが、また会えたらな」


 玄関で話す少女と大柄な男。二人の別れ際に、その脇をセバスチャンが通りすぎる。その時、セバスチャンは大柄な男の肩を一度優しくポンと叩いた。

 大柄な男は一瞬呆気に取られ、思わずといった様子で苦笑を浮かべる。


 気を取り直した男は少女に改めて別れを告げ去っていった。


「さて、私も行かないと」


 セバスチャンが皆を案内する前にと、少女は一階の中広間へと急ぐ。広間の奥、壇上に設置してある演台の裏に置いてある椅子に腰掛ける。

 誰もいない広間はシンと静まり返り、自分自身の孤独を一層際立たせる。この時間が少女は好きでもあり嫌いでもあった。


 やがて扉の開く音、そして二、三十人もの人の聞き慣れない足音を、少女の耳が捉えた。少女はすっと立ち上がり、目は閉じたまま壇上から辺りを見渡すような動きをした。

 無数の足音もやがて息を潜めると、扉が閉められた。その閉扉音を確認した少女は、続けて聞きなれた足音が壇上へと向かい、やがて止まったことを理解した。


「ご主人様、皆様お連れいたしました」

「ありがとうセバスチャン、問題は無かった?」

「数人逃げ出そうとした者たちもおりましたが、全員この場に居ります」

「そう……怪我は?」

「彼らも私も、新しい傷は一つもございません」

「良かった」


 含みのあるセバスチャンの物言いを深堀りするわけでもなく、少女はもう一度全体を見渡すように顔を動かし、1度手を叩く。

 ビクリと身を震わせる子供、無気力な瞳を向ける女性、腕を組んで鋭い目線を向ける男性等、反応は様々だ。


 目線を一身に向けられてなお、緊張する素振りは一切なく、幼い少女は言葉を発する。


 

「はい、皆様ご注目ください。私が皆様の人生をお金で買った悪者です。これから皆様にはここで生活してもらいますが、この屋敷を去らずにいてくださる限りは衣食住の保証もいたします」


 幼子らしい声でありながら広間全体に良く響く声。その場の人間が固唾を飲んで見守る。

 そんな中、一人の少年が静寂を破った。

 

「……あの」

「あっおいバカッ」

 

 おそるおそる、といった声音で一人の少年が口を開いた。すぐ隣にいた兄と思しき少年が、慌てながら弟を押さえつける。


「構いませんよ。叱責も体罰も与えたりしません。それと、これからここで働くのですから、私で解決できる疑問であればお答えします。他の皆様も何かあれば、彼の後にお願いいたします」


 幼い兄弟は勿論のこと、その兄弟とは関係ないという空気を出す他の人間たちにも伝わるように少女は発言する。

 弟を押さえつける兄の力も弱まり、多数の視線を向けられて萎縮気味の少年は、それでも疑問を口にした。


「えと、あなたが新しいご主人様、ですか?」

「はい、仰る通りです。……ああそうだ、まだ名乗っておりませんでしたね」


 少女は思い出したかのように両手を合わせると、壇上の演台から離れ、全身が見えるようにと前に歩み出てきた。そして優雅にお辞儀をして顔をあげた。


「ノワールと申します。この国で奴隷と呼称される立場の皆様の新しいご主人様です。私の呼び方は皆様の呼びやすいようにどうぞ。ちなみに、そこのいるセバスチャンはご主人様と呼んでいますが、人によっては母と呼ぶ者やばあ様と呼ぶ者もいますよ、ふふふ」


 あまりに幼い見た目からは想像もできない程にノワールの所作は完璧で洗練されており、そこには子供特有の拙さも初々しさも、緊張も無かった。

 ノワールにとって、それは何百、何千、何万と繰り返してきた至極当たり前動作であることは一目瞭然だった。

 

「あとは……あっそうそう。皆様ご覧の通り、私は目が見えておりません。見えないので目を開けていません。ですので、どうか私の目となり助けとなってください。……それでは、お互いにお互いを利用する関係を築けて行けたらと思いますので、これからよろしくお願い致しますね」


 ノワールの美貌、纏う空気、そして優美で華麗な所作に思わず見とれてしまっていた来訪者たちは、主に頭を下げられていたこと、主のさらりと話した身の上話に驚き、困惑した。


 そして、そんな空気を感じ取りつつも無視して、他に質問が上がらないことを確認したノワールは、にこりと微笑みこれからの流れの説明を始めるのだった。

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