ブラック環境で働き過ぎて過労死待ったなしの冥界の王が有給取って日本に遊びに来たら体だけでなく心まで整った件

@Re_

第1話 ハデス様の休日①

ーここは冥界の底の底、亡者の河を降ったその先にある死と畏怖を冠する王ハデスが座す異形の塔。そこには冥界のあらゆる業務が舞い込み、その主人たるハデスは父クロノスが倒れて以来、日々多忙を極め冥府誕生から驚愕の連勤記録を更新し続けていた。

 大海の如き書類を片付けては決済し、仕事を増やしては捌き、異邦の神の侵入を防ぐべく結界を張り巡らせ…人間であれば過労死ライン数万回オーバー確定のワーカーホリックも裸足で逃げ出す仕事量をこなす日常が続き、そんな主人の姿を見るに見かねた部下のヘカテーはハデスの妻、ペルセポネの元へ内密に相談に来ていた。


ヘカテー:ハデス様には私から再三休暇を勧めているのですが、いつも「神は過労死しないから大丈夫」の一点張りでして…

ペルセポネ:あの人の言いそうなことねぇ…

 

ペルセポネがため息を吐く。


彼女はハデスの妻ではあるが、母デメテルとの約束により一年の半分を天界で過ごしており、冥界の近況には少し疎いところがある。


ヘカテー:ハデス様はよく私達に有給を取るようにおっしゃるのですが…正直上司が休みを取らない状態では部下も休暇を取りづらく、今冥府全体が有給を取れない環境になってしまっています。つきましては、ペルセポネ様よりハデス様に休暇を促して頂けないかと思いまして…

ペルセポネ:ヘカテー、あなたの思いはよく分かったわ。この件は私に任せて頂戴!


そう言うと彼女はその足で冥府の管理庁舎へ赴き、おもむろにハデスの執務室のドアを開いた。


ハデス:おぉ愛しの妻よ、ノックもなくドアが開いたので驚いたが君ならば構うものか。今日はどうした?

ペルセポネ:あぁ愛しのあなた、ただでさえ深い眉間のシワは渓谷のように深く、目のクマは井戸の底のように黒黒となってしまって…ノックの件は無作法でごめんなさい。あなたに火急の用があって来たの。


そう告げてペルセポネはハデスに冥界の現状を伝え、彼に休暇を取るように勧めた。


しかしそれで説得できれば苦労はしない。何より彼の最大の懸念は自分が休んでいる最中の業務についてだった。自分が休暇を取っている間、あの殺神的な仕事量を誰がこなすというのか。

いかに肉体的に不死の神とはいえ、心まで不死という訳ではない。そんな多大なストレスを部下に押し付けることはできないとペルセポネに伝える。


ペルセポネ:あなたならそう言うと思ったわ。安心して、あなたが休んでいる間、あなたの仕事は私が代わるわ!

ハデス:⁈

ヘカテー:ちょ、ペルセポネ様⁈


ハデスの仕事を代わる、それすなわち紐なしバンジーに同じ。そもそもヘカテーがペルセポネに相談に行ったのも自分が業務を引き受けることが不可能だからというのが半分の理由であり、実際に現場で働くヘカテーがそう判断するくらいには無謀な行為である。


ハデス:いや、そんなことはさせられない!

ペルセポネ:あなたのその優しさは嬉しいわ。でも舐めないで!私も冥王の妻よ、夫の責務の肩代わりくらい成し遂げてみせるわ!


ペルセポネは意気揚々と応える。

彼女とハデスは子供と大人ほど歳離れた夫婦であるが、彼女の瞳からは確固たる決意と冥王の妻たる矜持が現れていた。愛しの妻の決意を前にしては、流石の冥王も膝をつき首を縦に振るしかなった。


こうして創世以来、史上初となるハデスの休暇がここに決定した。

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