第26話 食いしん坊ちゃん
「こんなにも美味しいのに誰も手に取ってくれませんね」
ローゼはプリンをスプーンですくって食べながら寂しそうに答える。
「一口でも食べてくれたら虜になるはずよ。こうなったら私が出向くしかないわね」
そもそも、ここはお祭りの場所ではなく、新入生たちの今後の未来が決まる大切な場所。嫌われ者の2人が立ち上げた部活など興味がないのは当然のことで、呼び込みをしたくらいでは誰も近寄らない。それならば、積極的に出向くしかないのである。
「私も手伝います」
「いえ、ローゼはここに残った方が良いわ」
私はローゼを残してプリンを配って勧誘活動を始める。
「美味しいプリン、美味しいプリン、甘くてとろける美味しいプリンはいかがでしょうか?一度食べたら止まらない美味しいプリンを食べてみませんか」
私は前世の記憶にある古紙回収車のようなアナウンスをしながら会場内を回る。新入生たちはチラッと私の方を見るが、怪訝そうな顔つきをするだけで、全くプリンを受け取ることはなかった。プリンを配り始めて1時間も経過したが誰もプリンに手を伸ばす者はいなかった。
「はぁー。どうして誰もプリンを食べてくれないの……」
一度でも食べてくれれば絶対にプリンの虜にする自信があった。でも、食べてもらえないと何も始まらない。
「あ!そうだわ。あの子なら食べてくれるかも」
私はゲームに登場するあのキャラのことを思い出す。しかし、あのキャラの名前、素性など全く知らない。知っているのはピンク色のショートボブの髪型とぬいぐるみのような3頭身の体系だ。リアルのこの世界ではどのような姿になっているのか不明だが、あのキャラなら絶対に食べてくれるはずだ。ずばりあのキャラとは、モブキャラの食いしん坊ちゃんである。ゲームの本編とは全く関係ないキャラであり、私やローゼが食堂などで仲間たちと談笑している時に、画面の角で山のようにつまれた料理を美味しそうに食べている。おそらくゲームの制作スタッフがネタで作ったキャラだと思われる。名前や素性など一切表記されず、公式のホームページにも説明はない。だが、その愛くるしい容姿と食べっぷりの良さで、ネットでは食いしん坊ちゃんと呼ばれていた。私の記憶では食いしん坊ちゃんは私と同じスカーフの色を付けていたので同学年であることは間違いないだろう。私は希望の光を見出して俄然やる気が出てきた時、会場内に悲鳴が轟いた。
「キャー――――」
私はこの悲鳴の声に聞き覚えがある。間違いないローゼの悲鳴である。心臓音がバクバクを鳴り響き、呼吸ができなくなるほどの焦りと不安が押し寄せる。こんな場所でローゼが襲われることはないと判断した自分の読みの甘さに後悔した。フラムがローゼに固執して、私に敵意を向けていたことは知っていた。それなのに私はローゼを1人にしてしまったのである。私は血相を変えてローゼの元に駆け出した。
「もう、食べないで下さい」
「嫌なの~。もっと、もっと食べるの~」
私がローゼの元に駆け付けると、ピンク色のショートボブの背の低い女の子が、ほっぺにプリンのカスを付けながら泣いていた。その姿はまさに食いしん坊ちゃんであった。
※ 食いしん坊ちゃん メロウ・ショコラーデ 15歳 フォルモーント王立学院1年生 140㎝ ピンク色のショートボブ ピンク色の大きな瞳の丸顔の可愛い女の子 小さな口だが無限に食べることが出来る底なし大食い女の子。
「食いしん坊ちゃん!」
私は思わずゲームの愛称で呼んでしまう。
「あ!リーリエさん。もしかして、お知り合いなのでしょうか」
私に気付いたローゼは、顔をこわばらせながら走ってきた。
「……いえ、違うわ。ところで、どうしたのローゼ」
私は慌てて否定する。
「リーリエさん、聞いてください。誰もプリンを手に取ってくれないので、諦めていたところに急に女の子が私に声をかけてきたのです。私は初めてプリンに興味を示してもらえて嬉しかったのですが、お1人1つの予定でお渡しするプリンを、あの子が全部食べてしまったのです」
提供用に用意した50個のプリンのうち、私が5個プリンを持って行ったので残りは45個になる。しかし、今テーブルの上にはプリンが1つもない。すなわち45個も食いしん坊ちゃんが食べたことになる。恐るべし食いしん坊ちゃん、ローゼが絶叫するのも当然である。しかし、これはチャンスでもあった。
「1人で45個も食べられるなんて想定外だわ。でも、それほどまでにプリンを気に入ったのなら勧誘するチャンスかもしれないわ」
「……ピンチをチャンスに変えるのですね。さすが、リーリエさん」
ローゼは安心して可愛い笑みを浮かべた。
「足りないの~足りないの~もっと食べたいの~」
食いしん坊ちゃんは床に寝転がりながら子供のように手足をバタバタさせている。
「もっとプリンが食べたいのかしら」
私は食いしん坊ちゃんに近寄って、持っていたプリンを差し出しながら声をかける。
『パクッ』
食いしん坊ちゃんは、まるでエサを待っていた鯉のように大きく口を開けて、パクリと私の手ごとプリンを食べる。
「キャー」
私は悲鳴を上げながら大きく手を振って食いしん坊ちゃんを振り落とそうとするが、食いしん坊ちゃんは咥えた手を離さない。それどころか大きなピンクの瞳をハート形にして、私をじっと見つめている。おそらく、もっとプリンをよこせと言いたいのであろう。
「わかったわ。すべてのプリンをあげるから手を放してよ」
「わ~い。わ~い」
食いしん坊ちゃんは私の手から離れて満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
「プリンをあげるまえにお名前を教えてくれるかしら」
「メロウだよ。早くプリンをちょうだいなの」
私は持っている全てのプリンをメロウに渡すが、一瞬で全て食べてしまう。
「もっと、食べたいの~」
メロウは涙目で私に訴える。
「メロウちゃん、料理研究部に入部したら、プリンだけじゃなく、たくさん美味しい食べ物を食べることができるわよ」
「本当なの」
メロウは目を輝かせて聞いてきた。
「もちろんよ。料理研究部は美味しい料理を作って食べる部活よ。食材は全て私が用意するからお金の心配もないわ」
「私、料理研究部に入るの」
私は5人目の部員を確保して思わずガッツポーズをする。しかし、その時……。
「メロウ、兼部は認めないにゃ~。私と一緒に魔法具制作部へ入るにゃ~」
メロウの入部を阻止する者が声を荒げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます