第23話 サインの行方

 教室棟別館は3階建てで、本来は実習用の教室と一部の部活の部室として利用されていた。しかし、シュバインが入学し強引に生徒会長に就任して、教室棟別館を全て生徒会の所有物として全面改装した。1階は大きな吹き抜けのステージになっておりパーティーなどが開催される。ゲームでもたびたび登場する場所であり、シュバイン主催の怪しげなパーティーが夜な夜な開催されている。私を主人公に選んだ時は、無理やり怪しげなパーティーに参加させられた仲間を助ける為に、この建物に侵入して仲間を救い出すことがあった。ローゼを主人公に選んだ時は、しつこくパーティーに誘うシュバインとトラブルになり、大きな事件に発展する。私は入学早々、この怪しげな建物に入らなければならない事態に運命のいたずらを感じていた。

 生徒会室はステージ中央にあるらせん階段を登った2階にあり、3階はシュバインの私物部屋になっており金銀財宝を散りばめた装飾品で埋め尽くされているだけでなく、ハーレム部屋と言われる後宮が存在する。後宮には生徒、教師、外部の人間など10名以上存在すると言われているが、ゲームは18禁ではなかったので深堀されることはなく、あくまで噂の域を超えることはなかった。

 正面の扉を開くと煌びやかなシャンデリアが出迎えてくれて、奥には特大のシュバインの肖像画が掛けられている。その姿がシュバインであることに気付くのは、ゲームをプレイしたことがある私だけであろう。それはなぜかというと、肖像画の人物は細身の端正な顔立ちのイケメン男子だからである。シュバインと似ている要素は髪の色くらいであとは全くの別人なので、シュバインだと気付く方が難しい。

 


 「2階が生徒会室になるはずだ。先を急ごう」



 ここは学院の敷地内であり教室棟別館なので、警備員や出迎えてくれる者など誰も居ない。しかし、セキュリティーが甘いというわけでもない。この場所は学院の施設の中でも最高峰の魔法具によって監視システムが構築されており、私たちが入って来た情報はすぐにシュバインの元に届いている。その証拠に私たちが2階にあがると1人の男性が生徒会室の前で立っていた。

 


 「貴様らここへ何しにきた」



 私達を待っていたのは、半裸の副生徒会長ナルキッソスである。



 ※ナルキッソス・イエスマン 17歳 フォルモーント王立学院3年生 身長185㎝ 体重100㎏ スキンヘッドの強面 シュバインとは正反対でボディビルダーのような筋骨隆々の肉体 常に上半身裸のナルシスト。



 「新しい部活の申請に来た。生徒会室へ入らせてもらうおう」

 「シュバイン様は非常にお忙しい方だ。今日の生徒会の仕事は全てキャンセルしたからとっとと帰れ」



 ナルキッソスは、威嚇するように筋肉を見せつけながら兄を睨みつける。



 「今日は新入生もしくは在校生が部活を発足できる特別な日だ。そんな日に生徒会の業務を休むとはあり得ないことだ」


 

 今日は1年に1度だけクラブを発足できる特別な日、そんな日に生徒会の業務を休むことはありえない。これは確実に私に対する嫌がらせと言えるだろう。



 「一番に優先されるべき存在はシュバイン様だ。他のヤツラのことなどどうでも良い。さぁ!帰れ帰れ」



 ナルキッソスは手を振って帰るように促す。ゲームでもナルキッソスはシュバインの命令を受けてこのような嫌がらせをするキャラだったので、ゲーム通りに動くナルキッソスを見て、私は思わず笑いそうになり口を塞ぐ。もしもナルキッソスの性格がゲームと同じならば、私はナルキッソスの対処方法を知っている。



 「やかましい偽筋肉がぁー。たいした筋トレもせずに、筋肉増強剤で作られたハリボテの筋肉など何も怖くないわ。さっさと生徒会室に入れるのよ。このすっとこどっこいがぁー」



 私は思い付くだけのゲームのセリフを並べてナルキッソスを恫喝する。すると、ナルキッソスは大きな体を小さくしてブルブルと震え出す。



 「す……すみません。どうぞ中へお入りください」



 ナルキッソスは強面で体もごついが性格は気弱で臆病なのである。そして、筋肉増強剤で作られたハリボテの筋肉のことを言われると泣き出してしまう脆弱キャラであった。私になじられ、偽筋肉だとばらされたことで委縮して、すぐに生徒会室に通してくれた。



 「……」

 「……」

 「……」



 無事に生徒会室へ入ることができたのだが、私が急変して怒鳴りつけたので兄たちはドン引きしてしまった。



 「シュバイン様、助けてください」



 生徒会室の扉を開けるや否や、ナルキッソスは部屋の中へ飛び込んでシュバインに助けを求める。



 「ナルキッソス、どうしたブヒ」

 「あの女が、僕のことを偽筋肉だとバカにするのですぅ。とても悔しい~ですぅ」



 ナルキッソスはまるで子供のような喋り方になり涙目で助けを求めている。



 「ブヒ――――!俺の可愛いナルキッソスをイジメたブヒ!」



 ゆりかごのような椅子に座っていたシュバインは、椅子をゆらゆらと揺らしながら静かに降りて立ち上がり顔を真っ赤にして激高した。



 「ちょっと待て、俺たちは部活発足許可証にサインをもらいに来ただけだ。それを邪魔したのはナルキッソスの方だろ。リーリエは何も悪くはない」



 兄は私をかばうように声を張り上げて応戦する。



 「言い訳は聞かないブヒ。ナルキッソスをイジメたから絶対にサインは押さないブヒ」



 シュバインは豚のような鼻から大きな鼻息を出しながら、兄の意見を退ける。



 「お前は初めからサインを押すつもりなどなかっただろ。生徒会長たるもの自身の好き嫌いで物事を判断するのは間違っている。頼むからサインをしてくれ」



 兄は右膝を付いて頭を下げてお願いする。



 「ブヒブヒ、ブヒブヒ。第1剣術探求部の部長メッサーが俺に頭を下げるとは気持ちが良いブヒ。お前達の態度次第ではサインをしても良いブヒ」



 弱い者ほど下手に出た相手に対して横暴になるのどこの世界でも同じである。



 「私からもお願いします」



 ローゼも右膝を付いて頭を下げた。そして、私とメーヴェも同じように右膝を付いて頭を下げてお願いする。



 「ブヒブヒ、ブヒブヒ。ブヒブヒ、ブヒブヒ。とても良い光景ブヒ。最初からそういう態度を取っていれば快くサインをしたブヒ」



 シュバインは醜い笑みを浮かべながら満足そうに喜んでいる。



 「シュバイン、サインをしてくれるのだな」



 兄は希望を見出したような明るい目をして喜んだ。



 「ダメブヒ――――!」



 シュバインは両手でバツ印を作って、最高のゲスい笑みを浮かべて否定する。卑しく醜いシュバインの好物は相手が絶望する顔を見ることである。私たちに希望を与えてから、絶望に突き落とすのはゲームと同じ手法であった。


 


 

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