第22話 ストーカー
次の日、目を覚ますとローゼが部屋の掃除をしていた。
「おはようございます。リーリエさん」
可愛いローゼの笑顔で朝から癒される。
「おはようございます。リーリエ様。朝食の準備はできていますので顔を洗ってからお食べください」
「おはよう!ローゼ、メローネ。すぐに顔を洗って朝食をとるわ」
まだ少し寝たりない私は足元をふらつかせながら洗面所に行って顔を洗う。
「リーリエ様、今日のご予定ですが、料理研究部を発足するために生徒会室へ赴き、部活発足許可証にサインをもらってきてください。サインをもらえれば部活として認められて部員勧誘活動をすることが許されます。しかしこれは、あくまで仮決定になりますので、今日の部員勧誘会にて5名の部員を揃えることができなければ部活として認められません。多くのことを学ぶためにこの学院では兼部が認められています。しかし、兼部とは二兎を追う者は一兎をも得ずの諺が示すように簡単なことではありませんので、わざわざ堕落令嬢として汚名が轟いているリーリエ様の部活に入部する物好きは皆無に近いでしょう。現在のところ部員はリーリエ様とローゼ様、そしてメッサー様が兼部されるそうなので合計3名になります。死に物狂いで勧誘活動をしなければ部活として成立させることはむずかしいでしょう。もしも、部活が設立できなければ覚悟を決めなければいけません」
「残り2名ってことね。それくらいないら余裕よ」
私は余裕の笑みを浮かべる。なぜならば部員を集める秘策があるからだ。2名どころか20名以上集まるのではないかと目論んでいた。
「リーリエ様、そのような余裕の笑みを浮かべている場合ではありません。おそらく1番困難なことは部活発足許可証にサインをもらうことです。生徒会長はあの卑しき第3王子です。簡単にサインをするとは思えません」
メローネの言う通りである。ゲームでのシュバインのキャラから考えると簡単にはサインはしないだろう。どんな嫌がらせをするのか想像もできない。それを危惧しているので兄が同行すると言って聞かなかった。しかし、だからこそサインをもらいに行くのは私1人で行きたかった。兄やローゼをトラブルに巻き込みたくない。相手は第3王子のシュバインだ。関わると最悪破滅ルートに辿る可能性もあるからだ。
「そうね……」
私は浮かない顔をして返事をする。2人をトラブルに巻き込むくらいなら、いっそ料理研究部など作らない方が良いのではないかと考えた。しかし、堕落令嬢と名を轟かせた私が入れる部活はないだろう。
「リーリエさん、不安なのですね」
私の浮かない顔を見て、ローゼが心配そうに声をかける。
「シュバインは卑劣な男で有名なのよ。ローゼやお兄様に迷惑をかけたくないの」
「私も噂は聞いております。でも、そんな卑しき男の為にリーリエさんが夢を諦めるのは違うと思います」
ローゼの正義を貫く真直ぐな瞳を見ると自然と勇気が湧いてくる。ゲームの知識を使ってシュバインからサインをもらう方法はある。しかし、それは兄とローゼを危険にさらすどころか失敗すれば破滅のルートが待っている綱渡りルートと言えるだろう。私は綱渡りルートを選択すべきなのか最後まで迷っていた。
「ありがとう、ローゼ。やれるだけのことはやってみるわ」
私は覚悟を決める。もし、2人に大きな危害が及ぶことになれば、私が全責任を担って私自身が破滅するルートを選択すると……。
「おはよう、リーリエそれにローゼ嬢」
待ち合わせ場所の教室棟別館に辿り着くと兄が挨拶をする。しかし、その時私はただならぬ気配を感じた。
「おはようございます、メッサー様」
ローゼが笑顔で挨拶をするが、私は気配が気になって周りを見渡していた。
「リーリエ、どうかしたのか」
「お兄様……」
私は周りに聞こえないように兄の耳元に近寄りコソコソ話をする。
「お兄様、なにかただならぬ気配と視線を感じます。もしかするとフラムが物陰に隠れている可能性があります」
今の段階で私たちに危害を加える相手はフラムと考えるのが妥当であろう。
「心配するなリーリエ。俺も最大限の警戒をしているが、悪意のある気配は全く感じない。しかし、お前達が来てから気配の気質が変わったようだ。念のために確認しておくか」
兄もただならぬ気配に感じていた。兄は上を向いて近くに植えてある大きな木に向かって叫び出す。
「そこにいるのは誰だ?いったい木の上で何をしているのだ」
兄が声をあげると木が大きく揺れ出して、スルスルと木の幹から女性が滑り落ちてきた。
「ちょっとセミの採集をしていました……」
顔を真っ赤にして木から滑り落ちてきたのはメーヴェである。
「ほほう……。メーヴェ嬢はセミに興味があるのだな。しかし、残念ながら9月になったのでセミはいないだろう。来年がんばるが良い」
この世界では9月から新学期が始まる。四季は前世と同じで春夏秋冬なので、セミが鳴く季節は終わってしまった。しかし、そこは問題ではない。そもそも、メーヴェはセミを取るために木へ登っていたのではないだろう。
「はい、そうします。ところでメッサー様、今から生徒会室に向かわれるのですか」
実は昨日、メーヴェは兄に保健室へ連れて行ってもらった時に生徒会室へ行くことを聞いていた。その為兄の動向が気になったメーヴェはストーカーのように付いてきたのである。
「そのつもりだ。部活を発足するには生徒会長のサインが必要になる。あのシュバインが簡単にサインをするとは思えないから俺も同行することにした」
「実は……私も料理研究部には少し興味が湧いてきたのです。良かったら一緒に行ってもよろしいでしょうか」
メーヴェの瞳は恋をするハート型になっている。少しでも兄と一緒に居たいという気持ちが手に取るように理解できた。
「君も料理研究部に興味があるのか!それは誠に嬉しいことだ。でも、相手は女好きのシュバインだ、君を危険な目にあわせるわけにはいかない」
「私のことを心配してくれているのですね」
メーヴェはにやけた顔を兄に見せないように俯いた。
「君まで危険を冒すことはないのだ」
兄は俯いたメーヴェを励ますように軽く背中を叩く。するとメーヴェはあまりの嬉しさに、目を爛爛と輝かせて興奮の絶頂に陥る。
「ううう……」
メーヴェは歓喜の悲鳴が少し零れてしまう。
「大丈夫かメーヴェ嬢、まだ病気が治っていないようだな」
兄はメーヴェの歓喜の悲鳴を気分が悪い嗚咽だと勘違いして、優しく背中をさする。
「うひぃうひぃ」
メーヴェは再び歓喜の悲鳴が漏れ出る。
「メーヴェさん、体調がそぐわないようでしたら、私が保健室に案内いたしましょう」
純真なローゼは心配した表情でメーヴェに声をかける。
「もう、大丈夫です!」
メーヴェは兄との甘い雰囲気をぶち壊したローゼに対して大声を張りあげて答える。
「お兄様、メーヴェは元気になったようなので先を急ぎましょ」
私はくだらないことで時間を潰したくないので兄を催促する。
「そうだな。すぐに許可をもらって勧誘活動をする必要がある。メーヴェ嬢、すまないが先を急ぐので、体調がそぐわないのならゆっくりと休むと良い」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、私も料理研究部の仮入部員として付いていきます」
メーヴェは兄の隣に並んで一緒に行くと言い張る。私はこれ以上無駄な時間をかけたくない。
「お兄様、メーヴェも一緒に連れて行きましょう」
「そうだな」
兄も納得をして4人で生徒会室へ向かうことになった。
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