第19話 負け犬の遠吠え
フラムが放った燃え盛る無数の火の塊の数は365個、兄の視界は全て無数の火の塊で覆われる。そしてその火の塊が兄に到達するまでの時間はわずか0,3秒、フラムが魔法を発射して兄に魔法が直撃する時間は1秒もかからない。これは秒速340mの銃弾と比べると遅い速度だが、普通の人間が避けられるスピードではない。しかし、ここは魔法が存在する世界、前世の物差しで測ることはナンセンス、特級騎士に合格した兄の動体視力とスピードは読者の想像を遥かにしのぐ。兄はフラムが魔法の言葉を述べた瞬間に、どのような魔法が発動するか読み取り地面を蹴ってフラム目掛けて上空にジャンプする。この間僅か0,5秒、銃弾なら避けることは不可能だったかもしれないが、銃弾より遅い魔法なら避けるのは可能である。フラムが放った
ここで重要なことは2つある。1つはフラムが魔法を発射するのにかかった時間と兄が魔法を避ける時間が同じであること。魔法を発動するには詠唱を省略した魔法名称を唱える必要がある。この魔法名称を唱えることで相手側はどのような魔法が発動するか理解できる。魔法名称を唱えて魔法が発動するのに0,5秒、20m離れた相手に届くのが0,3秒、すなわち0,8秒以内に動けば避けることは可能であると計算上では成り立つ。2つ目はフラムのおごりだ。兄を見下していたフラムは正直に真正面に魔法を放つ、一方兄は怒りで感情をコントロールできなくなったフラムが単調な攻撃をするとわかっていたので、瞬時に上空へジャンプした。もしもフラムが兄の動きに注視しながら魔法を発動していれば、途中で魔法の軌道を変えて上空に放つこともできた。兄がフラムの攻撃を避けることができたのは兄の洞察力と言うよりもフラムの怠慢な態度からの失態であり、決して魔法が剣に劣っているわけではない。それどころか、魔法の方が優秀だと言わざる得ないのである。
フラムの魔法が魔法障壁にぶつかり爆発したことで、闘技台の一部が破壊されて土煙が舞って視界不良になる。魔法障壁で守られているとは言えども、フラムの放った魔法が目の前まで迫ってきた恐怖により観客席の一部の生徒達は腰を抜かして、涙する者・その場で失禁する者・意識を失う者が発生し悲鳴や鳴き声が充満する。そんな中、勝利を誤信していたフラムは、兄が魔法を避けたことに気付くのが0,5秒遅れてしまう。特級同士の戦いで0,5秒の遅れは死を意味する。兄が上空へ避けた瞬間に新たな魔法を発動するか、絶対安全距離を保っていれば、戦いは続いていただろう。また、兄がただ上空に避けただけならば戦いは続いていただろう。兄は上空に避けたのではなく、フラムとの絶対安全距離を15mに縮めていた。兄は宙を蹴るような動きで加速して、フラムの背後を取り距離を0にする。
2人の決着に3秒もかからなかった。土煙で覆われた闘技台が晴れる前にイーリスの勝敗の合図が轟いた。
「勝者、メッサー・レーヴァンツァーン」
イーリスの勝敗の合図と共にフラムの怒りの声が響き渡る。
「イーリス、俺は負けてないぞ。すぐに試合を続行をしろ」
土煙が消えた後、闘技台にはイーリスに詰め寄るフラムの姿が見えた。
「私が止めなければあなたの首は斬り落とされていました。そのことはあなたが一番理解しているでしょう」
土煙が舞った中でも視界良好な人物が2名いた。それはローゼとイーリスである。これは光属性と光もどき属性がデバフ・バフ効果を無効にする力を宿しているからである。ゲームでは言えば、視界を悪くする魔法などかけられても効果は無効になる。この能力はゲームよりもリアルの世界のが有効的だと私は感じた。
「やかましい!俺は直ぐに対処する予定だったのだ。それをお前が勝手に止めたのだろ」
図星を言われたフラムは、火を注がれた油のように怒りが炎上する。
「私の判定に不服なのでしょうか」
「当たり前だ」
この模擬戦はフラムにとっては絶対に負けられない戦いである。それは魔法士の名誉を守るというよりもローゼにカッコよいところを見せたいというエゴしかない。
「私があなたを副部長に推薦したのは、あなたの魔法に対する真摯な姿勢と冷静で感情に振り回されない倫理的思考でした。しかし、ローゼ嬢に固執している今のあなたは別人です。私の判定に納得がいかないのでしたら、第1魔法研究部から出て行ってください」
ゲームではローゼとの出会いがフラムをさらに成長させる起爆剤になるのだが、リアルの世界ではローゼが原因で堕落していく。その姿はまるでゲームでの兄が辿ったルートのように……。
「堕落令嬢の兄だけあってイーリスに賄賂でも渡したのか!俺は絶対に負けを認めないぞ。俺を侮辱したことを絶対に後悔させてやる」
フラムは負け犬の遠吠えをして闘技台から降りていく。その憎悪に満ちたいかれた顔はイケメン四天王とよばれた面影は無くなっていた。
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