第13話 イベント失敗

 「ほら!ローゼ、こんなにも肌がスベスベよ」

 「本当です。リーリエ様が言われたとおりです」



 初めは遠慮をしていたローゼも私が強引に風呂場へ連れて行き、香りのよいシャンプーや肌がスベスベになるボディーソープなどを説明していると、次第に興味を示してくれて、最終的には一緒にお風呂へ入ってくれた。



 「もう、何度も言わせないで。私のことはリーリエと呼び捨てにしても良いのよ」

 「公爵家の令嬢様を呼び捨てなんてできません。せめてリーリエさんと呼ばせてください」


 「そんなの気にしなくても良いのよ。世間では堕落令嬢と呼ばれている嫌われ者ですからね」



 私は自虐ネタでローゼから笑いを取ろうとしたが、ローゼは笑うどころか目くじらを立てて機嫌が悪そうな表情になったので、私はドすべりをしたと思い顔が凍り付く。



 「リーリエさんは堕落令嬢なんかではありません。世間の方はリーリエさんのことをわかっていないのです。平民の私にこんなにもやさしくして下さる方が堕落令嬢だなんて私が認めません。それに、私はリーリエさんが大好きです」



 ローゼの怒りの表情は次第に崩れていき、可愛い顔をくしゃくしゃにして大きな黄金の瞳から水晶のような美しい涙が零れ落ちてきた。



 「ローゼ……ありがとう」



 ローゼの優しい言葉に私も思わず涙が零れ落ちそうになる。



 「リーリエ様、新しい下着と制服をご用意致しました。入学式が始まるまで後25分くらいですので早々に着替えてください」

 「わかったわ」



 ローゼには絶対に入学式へ参加してもらわないといけない。それはゲームでは、イーリスに制服を用意してもらったローゼは少し遅れて入学式に参加する。フォルモーント王立学園の入学式は自由参加の為、決められた席など用意されていないので、空いている席へ座ることになる。遅れたローゼが辺りを見渡して空いている席に座ると、狙いを定めたかのように男子生徒が隣の席に座る。この男子生徒こそフォルモーント王国の第4王子マルス・シュテルネンナハトであり、ローゼのハーレムパーティーの1人である。


 ※マルス・シュテルネンナハト 15歳 男性 身長170㎝ あさぎ色のウルフカット 切れ長でシャープな一重の銀色の瞳 スーッとした高い鼻、薄めの唇、シャープなフェイスラインの塩顔イケメン 偽名 リューゲ・アハトフンダート。


 

 マルスは偽名であるリューゲ・アハトフンダートと名乗り、金色の長髪のカツラに黒縁の眼鏡をかけて変装して、王子であることを隠して入学していた。マルスは女の子大好き軽薄男子なので、綺麗な女生徒を見つけては声をかけてナンパをしていた。ローゼもマルスの標的になり声をかけられる。マルスのねちこいナンパにたいしてローゼは天使のような笑みを浮かべて心優しく会話に応じ、マルスが身に着けている装飾品や顔つきが国王に似ていることから王家の人間であることを見抜いたことにより、マルスはローゼに恋をする。私はローゼをこのイベントに必ず送り届けなければいけないのである。



 「リーリエさん、本当にありがとうございます。かならず制服代はお支払いいたします」

 「いいのよ。どうせ私にはサイズが合わなくて着られないからね」


 「たしかにこの制服と下着は私にぴったりです。でも、こんなことを言うのもおこがましいのですが、どうして私のサイズにぴったりなのでしょうか?」



 ローゼには悪気はなく、すこし違和感を感じたので正直に自分の気持ちを伝えた。ローゼの身長は153㎝で細身だが胸は大きく男性受けする体系だ。それに比べて私は身長170㎝と長身で胸はまな板のように平らで、男性受けしない体系である。私の制服や下着がローゼと同じサイズになるのはあきらかにおかしいのである。


 

 「それは……採寸をちょっと間違ったのよ。アハハハハハ……」



 公爵家の令嬢の採寸を間違うなど絶対にありえないが私は笑ってごまかすしかない。



 「そ……なのですね。でも、下着は……」



 ローゼは不思議そうな顔をして納得するが、下着のサイズが合うのは納得がいかないようである。



 「ローゼ様、リーリエ様は仕立て屋に見栄を張って小柄で小さめの制服を採寸なしで注文したのです。もちろん、下着も同様です。すぐに奥様にバレてこっ酷く怒られていました」



 メローネは私が見栄を張って注文したことをバラしてしまう(実際はローゼの為に用意したのだが、母には見栄を張って注文したと嘘を付いた)。それを聞いたローゼは体を丸くし顔を両手で覆いながら愛くるしい笑みを浮かべる。



 「メローネ!余計なことは言わないで」



 私は顔をリンゴのように真っ赤にしてメローネを叱るが内心はホッとした。恥ずかしいのは事実であるが、体のサイズを知っていたことへの追及がされずに済んだことは幸いであった。



 「リーリエさんは背が高くてとてもお綺麗です。もっと自分に自信を持ってください」



 ローゼは私の目をジッと見て励ましてくれる。



 「嬉しいわ。ローゼ」



 ローゼに綺麗だと言われて素直に私はうれしかった。



 「リーリエ様、そろそろ入学式に向かわれた方が良いと思います」



 入学式が始まるまで後15分だ。しかし、ゲームでは15分程遅れて入学式に参加したので、まだ30分あると考えて良いだろう。



 「メローネ、まだ大丈夫よ。それよりもローゼにミルクレープとココアを出してあげて」



 綺麗と言われた私はすこぶる機嫌が良い。まだ少し時間もあるので、私が前世の記憶で作ったミルクレープとココアをローゼに食べてもらうことにした。


 

 「昨日、徹夜でお作りになっていたあの食べ物のことですね」

 「そうよ。小麦粉で作った薄い生地を重ねたとっても美味しい食べ物なの」



 今日はゲームの主人公である可愛いローゼを見守る大事な日、昨日の夜は緊張してなかなか寝付けなかったので、ケーキ作りをして緊張をほぐしていたのである。まさか、ローゼと一緒にミルクレープを食べることになるとは夢にも思わなかった。



 「こんな高級な食べ物を頂くことはできません」



 貧しい平民出身のローゼは、純銀で作られた輝かしい食器に乗せられたミルクレープとココアを見て自分には分不相応だと感じた。



 「私はローゼに食べて欲しいのよ」

 「でも……」



 ローゼは躊躇するが私は強引に食べさせることにした。



 「私はこの学院を卒業したらカフェを開く予定なの。これは試作品でカフェに出す予定だからローゼに味見をして欲しいのよ」

 「公爵令嬢のリーリエさんがカフェを開くのですか?」


 「そうよ。それが私の夢なのよ。だから食べて」



 私の必死の説得に推し任されたローゼはミルクレープを食べてくれた。



 「生地が柔らかくて甘くておいしいです。生地の中に入っている白いペースト状の食べ物は何なのでしょうか」

 「生クリームよ」


 「生クリームとはどういうモノなのでしょうか」



 この世界のデザートと言えばフルーツである。ケーキなどのスイーツは存在しないので生クリームも存在しなかった。



 「牛乳から作られる甘いペースト状の食べ物ね」

 「これは牛乳から作ることができるのですね。いつか妹たちにも食べさせてあげたいです」


 

 ローゼは寂し気な表情をする。ゲームの設定ではローゼは3姉妹の長女であり、2人の妹と母を残して学院に入学した。



 「今度一緒に作ってみる」

 「でも、これはリーリエさんが考案した食べ物ですよね。私に作り方を教えても問題ないのでしょうか」


 「いいのよ。一緒に作りましょ」



 前世の記憶の知識なので一人占めするつもりなど毛頭ない。


 

 「ありがとうございます」



 ローゼはとても嬉しそうに微笑んだ。



 「リーリエ様、お時間の方が……」

 「メローネ、ちょっと今大事な話をしているので、後にしてちょうだい」



 私はメローネの話をきちんと聞かずにシャットアウトする。



 「いつ、一緒に作ろうかしら?材料は私が用意するから、ローゼは何も用意しなくても結構よ」



 こうして私はデザート作りのことでローゼと1時間ほど話すことになる。そして……。



 「リーリエ様、リーリエ様」

 

 

 しつこくメローネが私を呼んでいる。



 「メローネ、何かしら?」

 「いつ、入学式に行かれるつもりなのでしょうか」


 「……」



 こうして私とローゼは入学式を欠席することになってしまった。

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