第12話 聖女ルートへ


 「ちょっと待ってぇ~」



 私は2人の間に食い入るように割り込んだ。唐突に出てきた私を見て、ローゼとフラムは目を見開き口を開けて唖然としていた。



 「……お前は、レーヴァンツァーン公爵家の堕落令嬢。何しに来たのだ」



 フラムはまるで汚物を見るような蔑んだ目をして大声を上げる。一方ローゼは頭の上に?マークを掲げているかのように状況を理解できずに困惑している。



 「ちょっとお邪魔しただけよ。ローゼ、一緒に来てちょうだい」



 私はローゼの手を握りバージンロードから花嫁を連れ去る映画のように手を引いて中庭から逃げようとした。



 「お前、ローゼ嬢に何をするつもりだ!」



 フラムは端正な顔を般若のような顔にして怒号を上げる。



 「お黙りなさい。あなたこそローゼにしたことを胸に手を当てて考えるのよ」



 ゲームのシナリオと言えども、ローゼに嫌がらせをしたフラムに対して少しムカついていたので、反射的にこの言葉が出てしまう。私の言葉が胸に尽き刺さったフラムは拳を握りしめながら目を泳がせて立ち尽くす。一方ローゼはまだ状況が理解できずに、呆然としたまま引きずられるように私に連れ去られる。


 

 「あ!お手を放してください。私は土まみれなので汚れてしまいます」



 ローゼはこんな時でも他人のことを心配するとても優しい女の子だ。



 「何言ってるのよ!こんなのたいしたことないわ」



 土まみれにされたローゼと比べたら手が汚れるくらいなんてことはない。それに、あのまま、制服を受け取っていたら破滅ルートに入るところだった。私はローゼを聖女ルートに修正することが出来て思わず笑みが浮かべる。



 「リーリエ様は噂で聞いた印象とは少し違うのですね。あ!ごめんなさい」



 私の悪名はローゼの元にも轟いていたようだ。土まみれの手を気にせず掴み、強引に連れ去る私の姿を見たローゼは、本音がポロリと零れ落ちたのである。ローゼは直ぐに失礼なことを言ったと思い謝る。



 「全然気にしていないから大丈夫よ」



 堕落令嬢と揶揄されるのは身から出た錆である。だから、私は何も気にしていない。


 フラムから制服を受け取ることを防いだ私だが、これでイベントを乗り切ったとは言えない。あのイベントにはまだ続きがある。フラムの申し出を断ったローゼは、体を洗う為にフォルモーント王立学院を抜け出そうと試みる。ローゼはフォルモーント王立学院を抜け出すために寮の裏手に向かうが、その途中で5大貴族の1人であり正義の令嬢と呼ばれるイーリス・ブルーメンブラッドと出会うことになる。土まみれ姿のローゼを見たイーリスは飛びつくように声をかけて、半ば強引に魔法で服を綺麗にして、シャワーを使わせて制服までも用意してくれるのである。

 私の役目はローゼをイーリスの元に連れて行くまでと考えていた。しかし、ここで1つ問題がある。それは、ゲームでのイーリスは、私とローゼが出会うことを良しとせず全力で私を遠ざけていた。正義の意識が高いイーリスは、女性なのに女性を虜にする怪しげな私からローゼを守っていたのである。

 私は一抹の不安を抱きながらも寮に向かって走る。すると、ゲームのシナリオ通りに1人の女性が行く手を阻むように立っていた。まさしくあの女性こそイーリス・ブルーメンブラッドである。



 ※ イーリス・ブルーメンブラッド 17歳 3年生 身長170㎝ 腰まで伸びた長い金髪 二重の大きな銀色の瞳 鼻筋が高く 少し大きめの口 ほりの深い顔立ち フォルモーント王立学院の美女四天王の1人。



 しかしイーリスは、私の顔をちらっと見ると、サッと道を譲り私達に声をかけることはなかった。私は立ち止まるわけにもいかないので、イーリスの元を去り寮に駆け込んだ。ここで、イーリスに声をかけてもらえなかったのは誤算だった。それはローゼとイーリスの出会いは制服をゲットするだけではないからである。

 イーリスは第1魔法研究部の部長であり光魔法もどきを使う準聖女だ。水属性を持つ者が、属性進化をすることで得ることができる光属性もどきは、光魔法の劣化版であるがレアな属性である。そもそも光魔法がチート魔法なので、比べること自体がナンセンスである。光属性もどきを持つイーリスは魔法の探求者としても有能で、光魔法についても詳しいのである。この時にイーリスは、ローゼを第1魔法研究部へ部長の権限で入部させることになる。ローゼが聖女として成長するためにはイーリスの協力は必要不可欠であった。


 イーリスに声をかけてもらえずに素通りしたことで、聖女ルートが遠のいたかもしれないが、まだチャンスは残っている。フラムから制服を受け取るルートでは、イーリスと出会うのは明日の部活発表会の時である。私はイーリスとの出会いは、次のチャンスに期待して、ローゼが手に入れることが出来なかった制服問題を解決することにした。

 制服問題に関しては、私は先手をうっていた。もしものことを想定してローゼにぴったりのサイズの制服を2着作っていたのである。ローゼの体のサイズは公式が発表していたので寸分のくるいもなく完璧に仕上げていた。私はローゼの手を引いてそのまま自分の部屋に案内する。


 寮の部屋は学年ごとに分けられていて基本は2人部屋になる。しかし、お金に裕福な貴族は追加料金を支払って特別室を借りることも可能である。ゲームではローゼは2人部屋に入居して、私は特別室に入居する。もちろんリアルの世界でも父の配慮により特別室を借りている。特別室は3LDK の間取りになっていて、お風呂もありメイドを連れて入居することも可能だ。そのためメローネと一緒に私は生活することになる。ゲームでのメローネの立ち位置は、セーブなどのサポートキャラで、リアルの世界では私の雑用をしてくれる頼もしい味方であった。



 「ローゼ、私の部屋に案内するわね」

 「いえ、滅相もありません。土まみれの私が行けば部屋が汚れてしまいます」


 「いいの、いいの。私にはメローネが付いているわ」



 炊事洗濯掃除はすべてメローネに任せてある。これは私の名誉の為に言っておくが、5大貴族の令嬢なら当然の環境であり、メローネも仕事として責務を全うしているだけである。けっして、私が堕落しているわけではない。



 「しかし、寮も汚れてしまいます」

 「問題ないわ。すべてメローネに任せるのよ」



 堕落令嬢に恥じない私の言動には説得力があり、ローゼは強引な私に推し任される形で私の部屋まで辿り着く。



 「ただいま、メローネ。お友達を連れてきたわ」

 「リーリエ様、どうなされたのですか?制服が汚れているではありませんか?それにお友達も土まみれではありませんか」



 私とローゼの姿を見たメローネは目を丸くして驚いた。



 「お2人とも、すぐに服を脱いでお風呂に入ってください。後は私が片付けておきます」

 「メローネ、制服をローゼにあげるから用意しておいてね」


 「制服のことですね。すぐに準備を致します」

 「ローゼ、遠慮などしないで一緒にお風呂へ入るわよ」



 ローゼは、テンポよく展開する現状に困惑して思考がついていかない。



 「え……」

 「こっちよ」



 私は強引にローゼをお風呂に入らせるのであった。

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