第8話 聖騎士に並び立つ者


 「メッサー、今日は寮に帰らなくても良かったのか?」

 「外泊許可をもらっていますので問題ありません。それに今日は久しぶりに家族と再会する日です。少しでも一緒に過ごしたいと思っています」



 メッサーは久しぶりに会う家族との再会を楽しみにしていた。



 「リーリエと会うのも夏休み以来だったな。今回の剣聖試験の結果は残念だったがアイツには料理の才能がある。カフェを出すのを楽しみにしているから問題はないだろう」

 「父上……実際のところリーリエの剣技についてどう思われますか?」



 メッサーは思いつめた表情で父に問う。



 「……」



 父は顔をしかめながら考える。しかし、言葉を発せずに沈黙する。



 「私は長期休みの時は帰省して、数回リーリエと剣を交えたことがありますし、今回の剣聖試験を見てわかったことがあります。それはリーリエの動きは完璧で悔しいですが純粋に剣の腕前だけなら私よりも上です」

 「お前も気づいていたのか」



 父は少し驚いた表情で答える。



 「はい。技術が向上すればするほど相手の技術の高さを見極めることができるようになりました」

 「お前の言う通りリーリエの剣技は特級騎士に合格したお前よりも上だ。しかしそれは剣聖試験では無意味なことだ。実際に大事なことは剣技と魔力の融合であり、いかに魔法で己の肉体を強化して剣技と組み合わせることに意味があるのだ。その点リーリエは剣技では100点かもしれないが魔法は0点……いやマイナス100点と言えるだろう。魔法を使わず見習い騎士に合格しただけでも偉業と言っても過言ではない」



 父との2年間の特訓は無駄でなかった。呪いのアイテムで魔法が使えない私は、純粋に剣の技術だけで剣聖試験を受けた。しかし、この世界での騎士とは魔法騎士であり、魔法が使えない私は異端の騎士でこれ以上の成長は望めない。



 「父上、このままリーリエをフォルモーント王立学院へ入学させずに、領内の学院に通わせてカフェの道に進ませるのでしょうか」

 「それは……」


 

 父は困惑した表情で答えを渋る。



 「リーリエが楽しそうに料理を考案しているのは知っています。いずれ、自分の店を持ちたいことも知っています。しかし、それはフォルモーント王立学院に入学してもできることです。それに、父上はあの噂をご存じでしょうか」

 「リーリエが呪いにかかっていると嘘を付いて、剣の訓練もせずに遊び惚けている噂だな」



 3属性を授かった私のことは、領内だけでなく王国中に名が知れ渡り、私の動向は非常に注目されていた。しかし、呪いで魔法が使えなくなったと嘘を付き、剣の特訓をせずに好きなことをして遊び惚けていると噂がたち、そのうち堕落令嬢だと揶揄されるようになった。



 「はい。私たちはリーリエが一生懸命特訓をしていることは知っています。決してサボってなどいません。そこで、私は思ったのです。本当に呪いがかかっていて魔法が使えないのかもしれないと。リーリエは【鑑定の儀】が行われる13歳までは魔法を使って身体強化をしていました。しかし、13歳になってからは魔法が使えなくなりました。魔法を使えない者は多くいます。しかし、いきなり魔法が使えなくなることなどありえません。呪いによって魔法が使えなくなったと考えるのが妥当だと思います」



 兄は私が呪いで魔法が使えないのではと疑念を抱いていた。



 「私もお前と同意見だ。だから、実際に神殿へ赴き本当に呪いにかかっていないのか問い質したが、呪いにかかっている事実はなかった。別の理由で魔法が使えないのかもしれないと思い、本人に確認をしたけれどもわからないと答えていた。これ以上の詮索はリーリエを苦しめるだけだと思い、俺は魔法を使えない理由を探るのは辞めた」



 父も私が魔法を使えない理由を模索していた。しかし、私は自分で呪いのアイテムを付けたことを言うことはできなかった。



 「やはり父上は全てを理解していたのですね。私はこの出来事で一番大事なことは誰がリーリエに魔法を使えなくしたかということです。リーリエが魔法を使えなくて徳をする人物は誰だとお思いでしょうか」

 「……」



 父は明らかにある人物を思い出す。しかし、口にすることはできない。



 「私です。リーリエが立派な騎士になればなるほど私の当主への道は遠のいてしまい、出来損ないの兄としての汚名が轟くことになるでしょう」

 「お前がリーリエに呪いのアイテムを使用したのか」



 父は言いたくない言葉を無理やりに吐き出した。



 「もし、あの時に呪いのアイテムを持っていれば迷わずに使用していたでしょう。それほどリーリエが手にした3属性を妬ましく思っていました」

 「誰にでも嫉妬や妬みはあるものだ。気にすることはない。それにお前が入学前の日にリーリエの部屋に赴き自分の思いを伝えたことを俺は聞いてたのだ。お前がリーリエに呪いのアイテムを使っていないのは明白だ」



 父は私の気持ち、そして兄の気持ちも十分に理解していた。



 「呪いのアイテムを使用したのは、リーリエを聖騎士にしたくない第3者の手によるものか、それとも……」



 兄は思いつめた表情をして、一旦言葉を止めるが勇気を出して次の言葉を述べる。



 「私の忌まわしい気持ちを察知したリーリエ自身が呪いのアイテムを使用した可能性があります。リーリエは嫉妬に狂いそうな私を止めるために聖騎士の道を捨てたのです。私の未熟な心がリーリエを追い詰めていたのです」



 兄は2年前の心の弱さに後悔する。



 「メッサー、そんなに自分を責めるな。人間とは弱い生き物だが、そこから成長するのが一番大事なことだ。現にお前は過去の自分を後悔して強くなったのだ。もっと自分に自信を持て」

 「しかし、リーリエは領民だけでなく各方面の方々に堕落令嬢と揶揄されています。リーリエほど真面目に一生懸命に努力している者はいません。すべて私のせいです」



 兄は拳を握りしめ涙が出るのをグッと我慢する。



 「メッサー、お前が思っているよりもリーリエは強い子だ。くだらない噂など全く気にも留めていないぞ。俺はリーリエのやりたいことを自由にさせてやるつもりだ」

 「父上、リーリエにもう一度チャンスを与えてもらえないでしょうか」


 「フォルモーント王立学院に入学させたいのか」

 「はい。父上は聖女が現れたことをご存じでしょうか」


 「キルッシュブリューテ領のビルネ村に現れた聖女のことだろ」

 「はい、去年の夏、治癒魔法では治療できない悪性の癌を患った母親を治癒したことで、一躍聖女が誕生したと王国中に名を轟かせた少女です。その少女は光魔法を学ぶために今年フォルモーント王立学院へ特待生として入学します」


 「もしかして、その少女にリーリエの呪いを解いてもらうつもりなのか」

 「はい。まだその少女は魔力の制御が不安定で聖女と呼ぶには時期尚早と言われています。しかし、そのうち聖女として力を発揮することになります。そうすればリーリエの呪いを解くことも可能になるでしょう」


 「メッサー、本当にそれで良いのか」



 父は私が魔法を使えるようになると兄が当主になる可能性が低くなると言いたい。



 「もちろんです。私はこの2年間リーリエを守るために剣の技術を磨き上げました。でも、明日からは聖騎士となるリーリエの横に並び立つための努力をするつもりです。もちろん簡単に当主の座を明け渡すつもりなどありませんよ」


 

 父に目標を掲げる兄の表情は、とても生き生きしていて希望に満ちた明るい笑顔であった。

 

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