ラジオ
よしこう
第1話
ラジオは今日も天気予報を流している。昨日の暮れ方から降り始めた雨は上がり、朝方の空には二三の雲がある他は澄みきった青空が広がっている。雨上がりのアスファルトの黒い水滴は陽光に照らされてきらきらと輝いていた。私は水路のほとりの並木道を毎日歩くことにしている。水路は今日もいつもの如く満々と水をたたえ、水滴は葉を伝い、水面にはらはらと落ちた。同心円状に広がる水の波形は、私をいつも静かな気持ちにしてくれる。今日は風がない。水滴の落ちる音は木管の楽器のようで、大小様々な水滴が葉をしならせて水面に落ちていた。携帯ラジオからは朝のニュースがいつもの如く流れていた。私は水面の振動を感じるのが好きだった。ラジオから流れ出る音にはところどころ雑音が入り、その度に不快な気持ちになった。それでも私は聞くのをやめられなかった。この道は人通りが少ない。他の人はバスや電車のよく通る、表の大通りを通っている。朝この小道で私の小さな鞄の中から顔をだし、雑音混じりに流れるこのラジオは言うなれば私を形容するための最後の一パーツである。毎日のように流れるラジオは私そのもので、毎日の食事と同じように元からそれを聞くという行為は自分にとって当たり前となっていた。近所のうるさい婆さんも、キザな会社員も、隣の偏屈な爺さんも、みんなこの道は通らない。静かな道にはところどころ住宅街の空隙があってその隙間にはちらちらと車が行き交っているのが見える。私の前の景色はいつも色褪せている。近所の子供が騒ぐ声も大通りを通る車の音もどこか遠くで聞こえる。茶色のニット帽に黒い杖を付き、身体には黒のジャケットを羽織り、丸眼鏡をかけた私はいつものように道をゆっくりと歩いていく。遠くの景色はぼんやりとして霞がかかり、水面は綺麗な青ではなく色褪せてくすんだ灰色である。木漏れ日の陰影が、水墨画のように水面に濃淡を表した。緑の美しい木々も、青い空も私には灰色の濃淡である。そうして私はラジオを聞く。ラジオは私の目の前の色彩なき世界を忘れさせてくれるたった一つの聖域だからである。
ラジオ よしこう @yakatu
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