遠吠え
よしこう
第1話
ペンを取る。
私の中で踊るように言葉が紡がれ、ペンはリズムを刻んで紙の上を滑る。
遠くで雷鳴が轟くのが聞こえる。
結露のついた少しばかり苔むして汚れてしまった窓からは雨が白糸のように落ちていくのが朧気ながら見える。
灯燭の少ない灯りを頼りに、外の景色を眺める。
どこかそれはくすんでいるようで、どことなく深緑の靄がかったような景色である。
私は小説家などという高尚な理屈を紙の上に吐露しようというような輩は好かんのだ。適当に思ったことを紙の上に書いていく。
それに後づけでもっともらしい解釈をして、それを書いた理由だなどというのである。
私も、そして他の書き物をする者たちも、みな等しく書くべくして書いている。
はじめは皆、思想を論じてみようなどとは思わず、ただどうしようもないほどの衝動に襲われて書くのだ。
窓の外の小さな屋根付きのベランダに、小鳥が止まって雨を凌いでいる。
びちゃびちゃと雨の雫が屋根を避けてベランダに落ちて跳ねる度に小鳥は雨水を受けてブルブルと身を震わせていた。
雨は良い。
私は雨音にあわせてペンを走らせた。
遠くで狼が哀しげに吠えている。
その狼の遠吠えは雨を貫いて私の耳にまで届いた。洞窟の中に隠れて仲間を呼んでいる年老いた狼。
そんなものを想像した。
山は未だ梅雨である。
雨雲をすべてその山がせき止めてしまっているようで、少し離れた隣町などはもうひと月も前に梅雨明けしたのに、ここでは未だに降りしきる。
隣町の若者を中心とした山犬狩りの連中によって最近狼は少しずつ狩られていっているらしい。
巡回も心なしか増えたようだ。
あの狼は死にゆく仲間を悼んでいるのだろうか。
そんなことを考えていると家のベルが鳴った。
外套に身を包んだ若い男が二人、狩られたばかりと見える老いた狼を背負って立っている。
私は彼らを暖炉の前に連れていってあり合わせを振る舞う。
ありがたいと言って飯をほうばる彼らを尻目に私は死んでしまった狼を見つめていた。
目はまだ潤んで見えた。目の奥に宿る輝きは、心配することは無いと言っているようであった。
その日を境に村でも山荘でも、めっきり狼の遠吠えは聞かれなくなった。
記憶の中の遠吠えは「行け、可愛い息子たち」とでも言っているようで、誠に優しい音色に思えた。
遠吠え よしこう @yakatu
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