美少年談話 ~ 春信と源内の妖怪事件簿 (短編)

相川原 洵

(1)


「あーっ、バディを組んで事件とか解決してぇなぁ。」


 畳の床にゴロリと行儀悪く転がり、若者が雑な口調で嘆く。

 安手だが洒落た身なり、整った容姿で街の人気者でありそうな陽の雰囲気をまとっているが、ひと癖ありそうな性格が顔に出ていて近寄りがたさも感じさせる。


「そうは思わないかぇ、ハル兄さん。」

 若者が部屋の隅に重ねて積まれている紙ペラを無遠慮に崩し、手に取りながら語りかけるその先には、机の前に良い姿勢で座る、もう少し歳上らしい青年の姿。


「なんであたしが事件なんかに巻き込まれなきゃあいけないんだ。エログロスキャンダラスが見たかったらカツガワにでも頼みねぇ。」


 ハル兄と呼ばれた青年は振り向きもせずに、紙の上にくるくると筆をすべらせている。

 女性的といってもいい風貌、スラリとした細身、歳は30ほどかと思わせる落ち着いた風貌によく似合った低めの声で続けて言う。

「そんな昼間からダラダラしていて、今月の家賃は払えるんだろうな、ゲンナイ。」



 ゲンナイ、と呼ばれた若者は広げた大量の紙ペラを夢中で眺めている。全て、絵の下書きだ。


「へっ、カネならいつだっていくらでも、その気になりゃあ手に入んだョ。そんなことより、長屋の大家さんが最推しの神絵師だったなんて幸運に浸らせて欲しいもんさ。鈴木のハルノブ兄さんよ。」



 青年、鈴木春信ハルノブは売出し中の絵描き。売れっ子になるのはもうしばらく後のことで、今は特に何者でもない。

 対する源内ゲンナイという若者、姓は平賀と名乗っており、最近讃岐さぬきからはるばる江戸にやってきたばかりだがその割りに妙に顔が広く、しかし何をやって生計を立てているのか良くわからん謎の男だ。


 今日も今日とて、花のお江戸の神田白壁町(千代田区鍛冶町)のハル兄の持ち家で暇を持て余してダラダラしている二人であった。

 江戸城のお膝元、現在のJR東京駅から歩いて5分の職人街。両者ともアラサー年代で、もうじきビッグになることを信じて疑わない時期は少々過ぎているべきお年頃だが、こういう土地柄には不思議なマジックがかかっているのかもしれない。



 ゲンナイは下絵の山を勝手に美女・美少女と美少年にり分けて、美少年ばかり上に並べ直して山に戻していく。

「そんでサ、美少年の話だけどよ。」

「そんな話をしていた覚えはないが、聞こうじゃないか。」


「美!少!年 !! 美!少!年 !! 」

「美!少!年 !! 美!少!年 !! 」


 [やまい膏肓こうこうに入る]という古い言葉がある。こうなったらもう手のほどこしようがない状況を指す。

 ハルは “お耽美” を専門として、美女でも美少女でも、とにかく “美” に執着している絵描きだ。

 一方ゲンナイは、その興味は多岐にわたるが、ただ “美少年” がからむとタガが外れる。とにかく美少年に目がない困った男だ。

 


「聞きなよハル兄さん……出るんだってさ。美少年の、妖怪が!」


「なんだ、妖怪? ゲンナイ、そっち方面にまで手を出し始めたのか。しょうがねぇ奴だ。」


 このゲンナイという男、生きた悪癖の博覧会とも呼べるほど癖の強い人物であるが、ものごとの博覧強記ぶりにも類がない。ハルが絵を描いていて「あの着物の柄……」とか「あの花は…」とか悩んだところをサラリと答える人間資料集、略して人間シリ。あんまり役に立つのでついつい仕事場に入り浸らせているといった寸法だ。

 が、妖怪変化にまで詳しいとは初耳だ。ハルは深いため息をつく。


「あのな、美形の天狗やカッパやぬっぺらぼうなんてありえるか?」

 ハルも江戸っ子なので妖怪話を聞いたことがないわけでもない。そういう絵が喜ばれる、売れることも承知だ。が、

 美しくない。たったそれだけの理由であっさりと自分の世界から締め出してしまっている。この男も、おっとりした細い顔をしながら芯の太い面倒くささでは誰にも負けていない。


 だがそれは、美しささえ示せれば説得できるということで、偉い侍を説き伏せる難しさに比べれば何ほどのことでもない。ゲンナイの得意分野だ。



「兄さん、そりゃ了見が狭いや。昔から天狗は美少年をさらって術を教え込むもんだし、雪女やら玉藻御前やら、美女の妖怪は珍しかぁねえんだ。美少年の妖怪だっていねぇはずがねえ。いや、いる・・と念じりゃあ、きっと出てくるこったろうさぁ。」


「よく口が回るもんだ。言っておくが、化け狸なんてのは無しだぜ。本体が美しくなけりゃな。

 …で。ナンぞ話を聞いてきたんだろ。言ってみろよ。」


 ハルの方でもなにか行き詰まっていたのだろう、渋っていたわりには気楽に乗っかってきた。


「そう来なくちゃ。聞いた話じゃあ、こうだ。

 月もない夜の谷中やなか、笠森稲荷いなりの辺りだ。真っ暗ななか、ポッとひとつ灯籠の明かりが灯っていてな。カラーン、コローンと下駄の音が近づいてきやがる…!」


「バカヤロウ、それじゃ牡丹燈籠ぼたんどうろうだ。美女の幽霊に美青年がり殺される話じゃないか。」


「?…違うさ、幽霊だったら下駄の音なんかしないだろ、足がねぇんだからさ。それより、続きさ。

 近づいてきたから、こっちからも近づいてよく見てみると、真っ暗ななかに、灯籠の光に照らされた真っ白な、ものすごい美少年の顔がにっこり笑ってポッカリ浮かんでやがる。

 思わず目をそらして、でもこれは、と思ってチラリと二度見したらさ、もういねぇんだよ、どこにも。

 周りは相変わらず真っ暗で静まり返って、虫の音ひとつ聞こえねえ。下駄の音どころか明かりひとつ見当たらねえ。

 ひぇ、出やがった! と思って這々ほうほうテイで引っ返して、お稲荷さんが見えた所でやれありがたい助かった、そう思ってへたり込んだその耳元に後ろから、」


「「何か、用かい?」」



 馬鹿どもが二人してゲラゲラ笑い転げている。


「兄さん、知ってたんかい!」

「知るものかバカヤロウ。相場が決まってらぁな。話は終わりか?」

「まぁ待て、続きがあるんだ。」


 とっておきのネタを披露した満足感に、先回りされた悔しさを忍ばせてゲンナイが話をつなぐ。


「そんなこんなで話が広まって、まぁゾッとするような美少年が拝めるときちゃあ、とある界隈じゃあ見過ごせやしねえ。ってんで、みんなして見物に行くわけさ。「拝めた!」って奴もいりゃあ「出なかった」って奴もいる。

 そのうち評判が広まって、なんせ美少年だ。女どもだって是が非でも拝みてぇ、ってもんだ。

 ババアだけなら放っときゃいいが、谷中っつったらあっちもこっちも墓だらけだ、若い女が夜中うろついていいトコじゃねえ。物騒だ。

 ってなコトで「風来フーライ先生(こりゃ、俺のことさ)なんとか・・・・お願いします」「どぉれっ」なんて運びでお鉢が回ってきたってわけさ。どうだい兄さん、今夜ご一緒しねぇかい。」



「行かねぇよ詰まらない。ただのナンパ男だろうさ。」

「ちょ、そんなコト言わずにさ。俺が見たいんだよ、神絵師・鈴木春信の神域の美少年妖怪画を、さ。」


 必死にとりすがるゲンナイにも、ハルの態度は変わらない。


「谷中っつったらお前さん。ここからだと、神田川渡って秋葉原越えて、神田明神通って湯島天神も過ぎて、上野の不忍池、寛永寺のもっと向こうだろう? 地下鉄もないのに歩いていけるものか。」


「いやいや、それくらい歩こうよ。出不精にも程がある。」



「讃岐からテクテクうどーんうどん歩いてきて一端イッパシの江戸っ子ヅラしてるお前さんが特殊なんだよ。一緒にされちゃ困る。

 ……いや待て。笠森稲荷界隈の女衆が騒いでるって言ってたな。」


「おぅ。どうした、何かあるのかい?」


「ゲンナイ、お前さん、腐っても おサムライの端くれだよな。」


「いろいろ余計だが、オウよ。山賊なんざヒト睨み、平賀の源内三郎 国倫くにともこれにあり! ってヤツさ。…いやいや、妖怪退治はしねぇよ?」


「いや、ナンパ男退治さ。それくらいしたって、バチは当たるまいよ。

 さあ行こう、今夜行こう。」




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