エミリーとクロヴィスの食事

「おまたせしました、○○ランチと××ランチです。」

 湯気が出て非常においしそうだ。

「いただきます。」

 パンを一口食べたら、ほのかに甘く、バターが効いてておいしかった。これはクロヴィスさんに感謝しないと。

 あ、そうだ、聞きたいことがあったんだった。食べながら話そう。

「もう一回聞くけど、あの話は半分実話なんだよね?」

「そうだよ。それがどうかした?」

 クロヴィスさんも頼んだランチを頬張っている。

「単刀直入に聞くけど、3巻に出てくる護衛対象のエミリー・アベラールは実在する人物なんだよね?」

 昨日、3巻を読み返していたら、キャラクターに”ベビーピンクの髪にアメジスト色の瞳をした護衛対象、エミリー・アベラール”というキャラが出てきたのだ。

 実際の記憶がないところをさらに読み返してわかったのが、”エミリー・アベラールは最後に記憶喪失になって、主人公一行のことを忘れてしまう”という描写だった。

 エミリーとのほのぼのした思い出が、クロヴィスさん視点で語られているのが3巻の後半だった。小説版のこの展開を覚えていない私も私だが、もしこの話が本当なら、私は幼少期にクロヴィスさんに会ったことがあるということになる。

「・・・・はい。」

「っていうことは、私は忘れていただけでクロヴィスさんに会ったことがあるっていうこと?」

「そうだよ。記憶喪失にしてしまって本当に申し訳ない。」

「・・・・なんで、それを先に言わなかったの?」

「言えなかったんだ。ずっと、どこかで負い目を感じていた。処罰を免れたことでなおさら感じていた。それなのにいざ、エミリーに会ったときに謝罪が出なかった。」

「・・・・そうなの?」

 知らなかった。私が記憶喪失になっていたなんて。確かに私は記憶力がよく、5歳の記憶があり、プログレスについてからの記憶はほとんど覚えていて、”覚えていない”という現象に、記憶がなくなった部分以外、あまり出くわしたことがなかった。それに、なくなった部分も5歳から8歳ぐらいまでの記憶という、幼少期の出来事で、私ぐらいの年になると、覚えている方が稀なぐらいなので、特に気に留めることも留められることもなかった。

「まあ、なくなっちゃったものはしょうがないかもね。それに、私が記憶喪失になって一番傷ついてるのはクロヴィスさんなんじゃないの?」

「え?」

 今話して思ったのは、”クロヴィスさんは傷ついていたのではないか”ということだった。私自身はずっと記憶自体がなかったし、5歳ぐらいまでの記憶は普通に思い出せるから全く傷ついてなんかいなかった。

 でも、クロヴィスさんは記憶喪失にさせて、”誰?”って言われて、それこそ小説に表せないぐらいすごく傷ついたのではないか?小説では”誰?”と言われて言葉もなく絶望して崩れ落ちるという表現があるが、実際はそれどころではなかったのでは?

「エミリーは傷ついてないの?」

「記憶がないものは傷つきようがないでしょ。」

 それは本当にそうだ。

「・・・・エミリーは寛大だね。」

「そうかな?」

 正直、記憶がないときはどんなことが起こっていたのか、とかは気になるけど、それこそクロヴィスさんに聞けば答えてくれると思う。

「それよりさ、20巻の最後のシーンは実在したの?」

「実在するよ。」

「じゃあ、レイラ様は今、どこにいるの?」

「わからない。ただ、この世界にはいないと思う。」

 主人公のレイラ・イザードは本編20巻の最後に別の世界に転生することになる。そもそも大賢者の旅の主人公のレイラ・イザードは小さいころに転生したいわゆる”転生者”と呼ばれる存在だ。というのもこの世界では稀にリアルで転生者がいる。転生者が働けるかどうかは本人の手腕次第というような文化だ。転生者じゃなくても本人の手腕次第というところはあるけど。

 本編は20巻最後のシーンで一応完結している。漫画とアニメは現在進行形で本編を描いてて、原作者のクロヴィスさんが今書いてる物語はエピソード0の物語だ。それと、アフターストーリーが発売されるのではないかというまことしやかな噂がある。本当かどうかは謎。

「アフターストーリーが発売されるって本当?」

「そうだね、物語から何年後の話を描写するか、担当編集者さんと話し合ってるところだよ。エミリーと会えたから、エミリー関係の話を沢山書きたいって次のミーティングで言おうかな。」

「でも、昨日再会したばっかりじゃん。語るようなエピソードあるかな?」

「え、載せてもいいの?」

「全然いいよ!むしろ載せてってお願いしたいぐらいだから!」

 別に3巻に載った時点で小説にも漫画にもアニメにも載ってるのに、今さら恥ずかしくもない。

「思い出はこれから作っていけばいいと思うよ。エミリーにも、俺にも、読者さんにもいい思い出になるようにね。」

 確かに、そうかもしれないな。

「それに、俺とエミリーとの関係を描いておけば、百合小説を書いてる二次創作の人たちも黙るかなって。」

 ああ、あるよね、クロヴィス×ジェルマンのBLコンビ。私はそっち関係の趣味はないけど。

「うんまあ、私も吐き気がしてるから、あれに関しては。」

「GLコンビに関しては、脚色するか黙ってるかかなって。」

 ちなみにここで言ってるGLコンビはレイラ×ヘレナのコンビだと思う。両方初めて聞いたときにはドン引きした記憶がある。

「まあ、NLに関してもジェルマンとジェルマンのお嫁さん以外は、実際には脈なしなんだけどね。」

 ああ、レイラ×クロヴィスとか、ヘレナ×クロヴィスとか、レイラ×ジェルマンとか、ヘレナ×ジェルマンとかね。中にはクロヴィス×ジェルマンの婚約者のカップルもあってそれはさすがにドン引きした。とはいえレイラ×ジェルマンなら物語の途中までは書いてたけど、ジェルマン様の脈ありエピソードが出てきた時点でその二人に変えたな。

 そんなことを考えていたら、クロヴィスさんが独り言のようにつぶやいた。

「俺には、エミリーしか考えられないから。」

「へ?」

 さすがにこの発言には耳を疑った。だって、私が5歳から8歳のときに出会ったとしたら、(少し思い出した情報によると)クロヴィスさんは10歳から13歳だったはずだ。今クロヴィスさんは30歳だから、結婚意識(どころか適齢期ちょっとすぎてる)ぐらいだから、おかしくないのかもしれないが、それだったらなぜ私という話になる。

「それは、異性としてってこと?」

 人として(それでもおかしいが)ということなのか聞いてみた。

「え、聞こえてた?」

「うん。」

 ボソッと言った感あったけど、聞こえる程度には大きかったよ?

「で、異性としてで合ってるよ。」

 私の顔はボンっという音を立てそうな勢いで真っ赤になった。異性?異性としてってどういうこと?なんで私なの?

「エミリー、俺は今でもエミリーのことが好きだ。今はいいけど、今後少しでも俺を異性として思う瞬間があるなら返事をしてくれ。」

 こんなイケメンにそんなことを言われたら、逆に非現実的かもしれない。でも、夢でも妄想でもなさそうだ。と、なると・・・・

「クロヴィスさん、色情霊にでもとりつかれたの?ごめん、私には浄化能力はないんだ。他を当たって?」

 なんかぐさりと刺さったみたいだ。私、間違ったこと言ってる?色情霊って結構怖いんだよ?

「うぅ・・・・」

「大丈夫?今度福利厚生でやってる神殿に一緒に行こう?そうしたら楽になるから!」

 クロヴィスさん、大丈夫かな?表情からしてだいぶ末期みたいだけど・・・・。神殿に行けば回復すると信じたい。

「ごちそうさまでした。」

「ごごごごちそうさまでした・・・・。今度は飲みに行こう?」

「いいよ、神殿に行ってからなら問題ないだろうし。」

「し、神殿はいいから・・・・」

「色情霊って結構怖いんだよ?進み具合からもだいぶ末期だと思うよ。一刻も早く行った方がいいと思うな。」

「・・・・」

「あ、神殿で浄化したらでのみに行こう?」

「わ、わかった・・・・」

 この後、ショックが抜けない顔でお会計をして、善良で何も知らない店員さんが心配した表情を浮かべるのだった・・・・。

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