三
周りが騒然とする中でも、桐女王と晦は睨み合っていた。
その中、一番動きの速かったのは陰陽師たちだった。一斉に人形を飛ばしはじめたのである。
「あやかしのせいで、周りに被害が出るのだけは避けろ!」
「あやかしのほうはどうするんだ!?」
「自分たちだと手に負えないのだから、晦様に任せるしかないだろう!?」
彼らは式神や魂も見えないものの、自分たちがしないといけないことは弁えている。彼らは結界を張り、そこから外へ桐女王の中にいるあやかしが逃走するのを防ごうとしているようだった。
薄月はさっさと移動をはじめた。
「武官たちが動いたら、弓矢の的になる。終わらせたいんだったらさっさと動け」
「……わかっています!」
晦から受け取った刃を引き抜き、私は薄月と共に人を掻き分けて前線へと走りはじめた。
その中で、喧噪を割るように、哄笑が起こった。
「はははははははははははははははは……!!」
……桐女王のものだった。
「……忘れていたよ。私の器にもならぬ子のことなど」
「やはりそうでしたか」
「男で生まれたのを恨むがいい」
「……前々から一度お聞きしたかったのですが。この国が女以外玉座に就けなくなったのは、あなたのせいですか?」
「私の体は女が一番ふさわしい。男の体は面白みがなくて、子を成す以外用がない。つまらぬ。だから私の体には必要ない」
「……あなたの美醜の問題でしたか」
親子の会話にしては、あまりにも寒々しいものだった。
このひとは。どこまで言っても晦を傷付けるものらしい。私はそのまま大きく刃を振りかぶった。
「晦、しゃがんで」
私は晦にそう告げ、一閃浴びせた。しかし、それは桐女王が袖の中に仕込んでいた扇で受け止められた。それはギリギリと音を立てる。
……紙が貼られ、一見竹の扇と大差なく見えるけれど。この一枚一枚重ねられているそれは、竹にしては頑丈過ぎる。これは鉄扇だった。
そんなものをずっと袖に仕込んでいたのか、この人は。
桐女王は、私のほうを見て、目を細めた。
「二日月の子か」
「……私のこと、覚えてらっしゃったんですか」
「もう叔母上とは呼ばぬか」
「……あなたは、私の叔母上ではないじゃないですか!」
「つまらぬ子よの」
そう言って、鉄扇ごと私の刀を受け止め、手首だけの力を使って私を投げ飛ばそうとする。それに私は足に力を込めて持ち堪える。
ギギギ……と段上で鍔迫り合いの音が響いた。
私が怒号を上げる。
「あなたを楽しませるために、戦っているのではありません!」
「それで男装して戦うか。憐れよのう。番の呪いを受けてなお、己を腐らせぬか」
ガンッガンッガンッガンッ。
胴を狙おうとすれば鉄扇で太刀筋を跳ね返される。首を狙えば鉄扇で手首を狙われる。
何度も何度もやり合うが、全て鉄扇で捌かれてしまう。なんなんだこの人。あやかしの本性すら出さずにこれなのか。
でも私も、式神として戦っていた経験が、本来の体の私にも残っているのだろう。ずっと武官たちに稽古を付けてもらっていたものの、かつての私だったら桐女王の鉄扇の動きを読むことはできなかった。
実践は見稽古に勝る。私は何度もあやかしと対峙したことで、なんとか拮抗に持ち込めていることにほっとした。
桐女王は言う。
「しかし、なぜ出てきた? 神庭から解放されたのならば、いずれかに去っていればよかろうて。どのみち貴様の番が見つけてさらうだろうがな」
「……私の番は、私を見つけ次第やってくるでしょうから、この手で殺します。私は、晦と番になったのですから、他のはごめんこうむります」
「あれとか。ははははははははははは…………!」
桐女王は再び哄笑する。
「なんなんですか、あなたは本当に……!」
「貴様の退魔の血で、人間でもあやかしでもない紛い物と番ごっこか……憐れよのう」
「……私のことはどうでもいいですが、晦のことを馬鹿にしないでください! あなたは、本当に……!」
「親と子など関係あるまいよ。あやかしに上下もなにもない。力で付けられた順序以外なにもない。人間で言うところの絆など、首輪くらいの役割のものだろう」
……本当に駄目だ、このひとは。私は何度目かの胴を狙いながら思った。
あやかしの言い分は、あまりにも人間とかけ離れ過ぎている。親子の説得をすればなんとかなるなんておめでたいことは思ってなかったけれど、晦だって自分の器にならなかった程度のことしか思っていない。
多分、桐女王は……お父様のことすら、勝手に知らん女と結婚した裏切り者くらいにしか思っていない。
「いい加減に、なさい……!」
「……姫様、ありがとうございます」
不意に、ふわりとした声をかけられた。晦は、手印を切っていた。
「姫様のおかげで、術式が完成しました」
「……術式って、なにを」
「母上を、桐女王の体から出さなければなりませんから、ね……!」
私と桐女王が斬り結んでいる間、晦はさっさと手印を切って呪文を唱え終えていたのだ。私がさんざん吼え立てていたのを無視していたのも、あれは私が勝手に吶喊していくのに桐女王が余裕綽々で答えるのを見越して、晦のほうを無視するのを計算に入れていたのだ。
本当になんて人だ。
それに桐女王は少しだけ口元を歪める。
「……貴様、いったいなにを」
「……あなたの正体は、あなたに再会した時点でわかっていましたよ……!」
途端に床にばらまかれていたものに気付く。
札。それも何枚も術式が墨で書かれたそれが、私たちが斬り結んでいる間にばらまかれていたのだ。晦が手印を切った瞬間、それは大きく光って術式が発動した。
桐女王を取り囲むそれは、ぐらり……と桐女王の体からなにかを引き剥がしはじめた。途端にこちらに薄月がやってきた。私は刀を構えたまま思わず怒鳴る。
「どうして今までなにもしなかったんですか!」
「人間の器に入っていたまんまだと、あやかしを退治できないだろ。どうやって引き剥がそうか考えていたら、晦がやっているから任せたんだよ」
「……なるほど」
引き剥がされたなにかは、桐女王の中にどうやって治まっていたのかわからないほど膨張していく。
それを見ていた人々は悲鳴を上げた。
「あれは……! 狐!」
「なんであんなものが女王陛下の中に!」
「誰も気付かなかったのか!?」
「いや気付けるのか、人間の中にあれだけ大きなものが入ってるって!」
尾の数が狐の中の強さを現すのだという。
九尾の狐は、春花国ではこう呼ばれている。
……千年狐。
かつて神庭に住み着いた大神がうっかりと招いてしまった、最悪のあやかしは、神庭に住んでいた王族の女の体を奪って、春花国を乱しに乱し、自分が住みよい国に勝手につくり替え、都の人々をあやかしの餌食にしながら、貪り続けていた諸悪の根源であった。
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