晦はお父様の困惑の顔をよそに、淡々と話を続ける。


「陰陽寮としましては、都内に現れるあやかしの不可解な動きの調査をしたいのです。なにぶん、陰陽師の数にも限度があります。民間の術者の力を借りるにしても、四六時中借りることはまず不可能ですから。王族であられる二日月様ならば、多少なりとも助力願えるのではと思った次第です」

「……晦様」


 お父様は熟考した末に、ひと言添える。


「それはいくらなんでも買いかぶり過ぎですよ。たしかに私は王族の末席に居座っていますが、私は妻のことで罰を受けている最中ですから。本来、王族とはいえども男の扱いはそこまでいいものではありません。さっさと貴族の元に養子縁組されて、王族から出されるのが本来の春花国の習わしです。それでも王族のまま居座っているのは、桐女王が私を飼い殺すためですから……妻が亡くなり、娘を出家させられた私では、あなたのお力にはなれないかと存じます」

「お父様……」


 それに私は胸が苦しくなる。

 お父様はなにも悪くない。悪いのは叔母上であって、お父様ではないはずだ。そもそも叔母上が最初はお父様とお母様の恋路を応援していたはずなのに、いきなり趣旨替えした末に、お母様を殺したのだ。それでお父様をこれ以上責める謂われはないはずなのに。

 私が胸元でぎゅっと手を握っている中、晦は口を開いた。


「そこなんですよ。私が不思議に思ったのは」

「……はい?」

「二日月様が桐女王に逆らったのがきっかけで、亡くなられた奥様や出家させられた娘が出た。ここがまずおかしいのです。もしも奥様が二日月様とご結婚なさったのなら、そのときにさっさと王族から除籍した末に、都落ちでもさせれば済む話。どうしてわざわざ手元に置いていたのでしょうか?」


 ……そういえば。

 そんなこと考えてもみなかった。都も紫陽花区はあやかしが夜な夜な出て困っているみたいだけれど、桔梗区ならばそうでもない。でも都の外は、あやかしだけでなく、野盗は出るし、国司への賄賂だって横行しているから、はっきり言って治安が悪いはずだ。どうしてお父様は王族から除籍されることもなく、こうやって飼い殺しにされたんだろう。

 なによりも。私だってまだ子供のうちに、さっさとどこかに養子にでも出せばよかったのに、どうしてわざわざ成人するまで都に置いておいてから、出家させたんだろう。

 考えれば考えるほど、叔母上のやっていることは無駄が多い。お母様をいじめ殺すよりも、都落ちさせたほうが早かったし、叔母上にはそれができるだけの権力を持っているのに。

 晦の指摘に私が頭を悩ませている中、お父様は震える声で尋ねた。


「……申し訳ございません、晦様。私にいったいなにをさせたいのでしょうか?」

「端的に言って、桐女王がこれだけ無駄な手順を取ったのは、神庭に原因があると考えています。いち陰陽師では、王族の管轄である神庭に入ることは叶いません。どうか、神庭に入る許可をくださればと思います」

「……無駄な、手順ですか……」


 お父様は、だんだん穏やかな顔を歪ませて、顔色が白くなっていく。それに慌てて私は、晦の懐の中で、抗議の声を上げる。


【もう! なんでこんな言い方するの! 言い方ってものがあるでしょう!?】

【人は不幸なことが立て続けに起こると、その原因を外に向けるよりも先に、自分は前世になにかやったのではと己を責め続けます。人は物事のいい悪いを半々だと思ってしまうんですよ、どうしても】

【だからって……!?】

【それに、話をしていても思いましたが、二日月様、あれだけ桐女王にいいようにされた割に、本気で彼女を疑い切れなかったのでしょうね。どう考えても朝廷は黒だし、桐女王はなにかしらの企みをしていてもなお、肉親である彼だけは本気で彼女を疑いたくはなかった……肉親の縁とは厄介なものですな】

【だから、物の言い方! 仕方がないでしょう、お父様だって叔母上のこと、本当の本当に嫌いじゃないんですから! なんでこうも変わってしまったのかわからないですけど、昔の叔母上は優しかったと聞き及んでいますから!】

【……ほーう】


 本当に晦は、いいところもあるんじゃないかと思いはじめたところで、わざわざ自分から株を落としにかかるんだから、本当になに考えてるんだろうこの人は……!

 私がなおもギャースギャースと声を荒げている中、お父様は震えた声を上げた。


「……私たち家族は、姉上のせいで、壊されたのですか……?」


 その声は、出家させられることが決まっていた私ですら初めて聞くような、切実過ぎて弱々しくなったか細い声だった。

 お父様の問いに、晦が答える。


「私はそう思います。どうして二日月様のご家族がしてやられたのかは、今の段階ではわかりません。だからこそ、一連のあやかしに関する騒動を調べる必要があり、神庭についても調査をしたいのです。どうか、ご協力願えませんか?」

「……神庭には、娘がおります。出家しました娘が。もしも……もしも、神庭に問題がある場合、私の娘は大丈夫なんでしょうか?」


 お父様の震える声に、私はまじまじと晦を見上げた。彼の懐の中では、上手く見上げることができない。


【ねえ、晦。あなたが私の魂を引っこ抜いて、あなたの式神にしたのは】


 晦が答えてくれるかはわからなくても、聞かずにはいられなかった。


【神庭が危険だから、私のことを助けてくれようとしていたんですか?】


 当然というべきか、晦は私に一度も答えてはくれなかった。


****


 お父様からいただいたのは、神庭の通行許可証。

 神庭は基本的に王族以外立入禁止で、それ以外の侍女や使用人を連れて行くときだって、許可証がなければ入ることすらできない。

 神庭は都から出て、東へ十日と少し。牛車もときには庄屋邸に停めてもらわなかったら時間がかかる、比較的に長い旅路となっている。

 許可証をもらった晦は、陰陽寮に戻ると、ひと月近い休みの申請を行い、自宅に住んでいる子供たちのための仕事をひと月分斡旋してから、牛車の旅用の荷物の準備をしていた。


「なんだか大事になってしまいましたね……ただ神庭に行くだけですのに」

「ええ。結界の謎を解かなければいけませんしね」

「朝廷であやかしを飼っている理由ですよね」

「ええ……それに」

「はい?」


 ふいに晦は私の頬に触れてきた。もう私は人形ごと懐に入れられておらず、そのまま彼の式神として、隣に立っている。

 いきなり触ってきたり、いきなり口付けてきたり。最初のほうはドギマギしていたのに、今はすっかりと白けた目で睨み付けるようになったのだから、私も大人になったもんだ。


「……なんですか」

「いえ。あなたのお父様の前では、あまり言えなかったのですが。姫様は、桐女王のことがあまり好きではなかったようですから、伝えますが」

「……叔母上がなにかありましたか?」

「あなたは私の式神のはずですが、私の力を幾許はお貸ししていても、気付かないものですねえ」

「だから、なにがですか」


 なにをそこまでもったいぶってるんだろう。そう思ってイラリとしていたところで、やっと晦は口を開いた。


「……桐女王より前の代から、この国はおかしくなっていた可能性があります」

「……はい?」


 唐突な晦の憶測に、私はどう返したらいいのかわからなかった。


「待ってください。それ、どういう意味ですか?」

「まだなにもわからないんですよ。それに、今日はやっと桐女王に会うことができた……あの方は、やはり……」

「なんですか。いったいなにをおっしゃりたいんですか」


 その途端、晦は一瞬唇をきゅっと噛んだあと、初めて見る顔をしてみせたのだ。

 まるでなにかを我慢するような、妙にちぐはぐとした笑みだった。


「まだ、本当に憶測ですので、なにも言えないのですよ、姫様。申し訳ありません」


 そんな風に笑われてしまったら、私もこれ以上追及ができなかった。

 この人、なんなんだろう。いきなり暴言を吐いたと思ったら、いきなり黙り込んで。私はずっとそんな彼の言動に振り回されている。

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