七
廃屋は庭木は誰も手入れしてないせいで生い茂り放題だったものの、屋敷自体は真新しく、まだそこまで傷んでいない。
大方立て替えと同時に朝廷での権力闘争に負けて、都落ちしてしまったのだろうと辺りを付ける。
やがて。シャンシャンシャンと鈴が鳴っているのを耳にした。
「これは……」
「ふむ。薄月が戦ってらっしゃるようですね。我々も参りましょう」
「はい」
やがて見えてきたのは、大きな図体で、大きく下を伸ばしたあやかしだった。胴と足、首と尾。どれもこれもちぐはぐで、無理矢理繋ぎ止めたようにしか見えない。おそらくあれは
「勘弁してくれないかなあ……また女の子たちが、泣いちゃうからな……!」
大きな鈴を鳴らして鵺と対峙していたのは、癖毛を無理矢理ひとつにまとめた直衣の男性……おそらく彼が薄月だろう。
私は刀を引き抜いて声を荒げた。
「加勢します……!」
「……あんたたちは」
「いえいえ。一介の陰陽師です、よ! 姫様!」
「はいっ!」
鵺は大きく尾で床を叩く。その地鳴りは凄まじいけれど、式神の体ではそこまで脅威に思わない。私は刀を引き抜き、一閃した。
……いつもだったら、体が重くてもたつくのに、晦の力で補強された式神の体は軽い。鵺の尾目がけて一閃が大きく入った。
鵺が嘶く。
「加勢、感謝する!」
「しかし……ずいぶんと大物ですな? 陰陽寮にも報告は上がっていませんでしたが」
「はあ!? 最近こいつみたいな大物、ずっと夜な夜な狩り続けているが!? それでも報告なかったのかよ!」
薄月の言葉に、晦は少しだけ目を大きく見開く。
その刹那。鵺は尾を切り落としてもなお、遺された前足でこちらを突き刺そうと襲ってくる。それに私はひょいっと薄月を抱えて避ける……男性を抱えて避けるなんて真似、当然人間の体では無理だった。式神の体すごい。
私の動きに、晦はなんとも言えない顔をした。
「姫様、普段からどんな鍛錬なさってますか。男ひとりを抱えて避けるような真似」
「この方にはいろいろ聞きたいことがございますから! というより、あなたでしょうが。私を式神にしたのは! 驚いてどうするんですか!?」
「はいはい。強引な姫様も愛しておりますよ」
「その心のこもってない言葉は結構です!」
ふたりでギャーギャー言いながらも、私は薄月を端に置いてから、刀を構え直した。私の反応に、薄月は若干困った様子だった。
……そういえば。陰陽師たちは晦以外はほぼ私を見えていなかったのに、この人は当たり前のように私が見えている辺り、本当にこの人すごい人だったんだな。女の人を大量に囲っているとはいえど。
「なんなんだ、あんたたち。訳ありかよ……」
「まあ、聞きたいことはいろいろありますから。姫様! 刀を少し強化しますので、出してください」
「はい」
私が構えた刀を一旦晦に向けると、晦はそこにピタンと人形を貼り付けた。途端に人形は刃の中に吸い込まれていった。
「これは……」
「鋼を強くしました。これで鵺の猛攻にも耐えきれるでしょう。姫様は太刀筋がいいですからね」
「……感謝します」
そう言うと、私は刀を再び鵺に向けた。どうも鵺は鈴の音が原因で少しずつ弱っていたため、動きはゆったりとしたものになっている。そのおかげで、今の私は鵺の動きを読み解くことができた。
刀を……今度は胴を狙う。
「いい加減に、なさい……!!」
刃が、鵺の胴にのめり込んだ。途端にブシャリと音がして、鵺の嘶きと共に崩れ落ちた。私は刀を鞘にしまい込むと、倒れた鵺を見た。
「これでよかったんでしょうか」
「かまいませんよ。あやかしは放っておけば消えますが。厄災が広がらぬよう、焼くのが吉でしょう。幸い、ここは廃屋ですし」
そう言うと、さっさと人形を次から次へと取り出して、倒れた鵺に火を放って本当に焼きはじめた。
それを見ながら、薄月は「ふう……」と息を吐いた。
「ありがとう、助かったよ」
「それはそれは。一応我々はお使いに来たんですよ」
「……そういや言ってたなあ」
薄月は屈託がない。どうもこの人、本当に夜な夜なあやかし退治をしては、貴族女性を助けてきたらしい。
ただの女ったらしかと思いきや、そこそこ仕事はしているみたいだった。私は少しだけ見直している中、晦は尋ねる。
「あざみ姫が、いつまで経っても連絡がつかないとうちまで相談に来たのですが?」
「ああ、姫様なあ……」
途端に薄月は困ったような顔をした。
「姫様は、俺がいなくっても生きてけるだろう? それにこれ以上貢がせるのも後ろめたいしさ」
「意外ですね。釣った魚に餌をやらない類いかと思いましたが?」
「というよりなあ、紫陽花区のあやかしが夜な夜な増えてるの、本気でおたくは知らない訳?」
「……一応、自分も紫陽花区に家を構えていますし、非番のときは探索してあやかしは狩っていますが。あれだけの大物はそう見ませんでしたが?」
「そうかよ。なんだろうなあ、あいつらずいぶん調子に乗ってるようなんだよ。おまけに女ばかり狙うしさ。それで、その式神……姫様? なんなんだよ。この式神、なんか変だろ」
そう言いながら、薄月はジト目で私を睨んできた。それに晦は「はっはっは」と笑う。
「そりゃそうでしょう。姫様は本来、神嫁になる方でしたから」
「……はあ?」
「神庭に参られる方だったのを、私が魂抜いてさらいました。愛しい伴侶ですよ」
「はあ…………!?」
私は思わず晦を刀の柄で思いっきり殴った。今のは私は怒ってもいいところだった。
そして薄月も、そこまで言えば私の正体がわかったらしい。
「王族の姫様の魂抜く馬鹿がいてたまるか!?」
「はっはっはっはっは」
もう、ぐだぐだだった。
****
私たちが薄月の館に正体されると、薄月が夜の間に帰ってこられたことで、女性たちは盛大に歓迎してくれた。
さすがに私は見えなかったものの、薄月だけでなく、晦にまで食事と一緒にお酒を振る舞われる。粟ご飯を山盛りに、乾物の果物がたんまりだ。どうも都のお姫様たち助けた褒賞で、本当にあれこれもらっていたらしい。
薄月は「ちょっと陰陽師さんと話があるから、席を外してくれ」と女性たちにひと言伝えたら、彼女たちは本当に信頼しているらしく、さっさと出て行ってくれた。どこまでもできた人たちだ。
彼女たちが出て行ったのを見計らって、薄月は鈴を鳴らした。途端に、辺りが区切られたように思えた。これはどうも晦がお札でやっていた防音の結界と同じものらしい。
「さて、王族の姫なんかを自分の式神にして、俺にわざわざ接触だなんて、なに考えてるんだ、陰陽師様は?」
晦は出された酒を舐めてから、口を開いた。
「朝廷の情報が欲しいんですよ。なにぶん、姫様が神庭に入れられる前から、朝廷で起こっていることが不可解でしたからね。陰陽寮は祭事の時にしか朝廷に入ることができません。我々は仕事上どうしても穢れを取り扱いますからね。朝廷内に穢れを持ち込める日は限られていますから」
「ああ……なるほどな。だから祭事頭と交流していた俺に接触してきたのか。つまりは、姫様に取り次ぎをして欲しいと?」
「話が早くて助かります」
「しかし、そうは言っても姫様だって仕事で詰めて朝廷から出られない日だってある。なかなか取り次ぎだって難しいが?」
「普段はどのようにして会われていたのですか?」
「姫様だって月に一度は実家に帰るさ。そのときに会いに行っていた……別れる気だったんだがなあ」
この人、実はいい人とクズを交互に出してくれるのやめてくれないかな。
私は思わずじっとりとした目で薄月を睨んでいる中、晦は「ははは」と笑う。
「お願いします。さすがにあなたとあざみ姫の別れ話は邪魔しませんが……話を聞き出さなければなりませんから」
「そりゃかまわんが。でもあんた陰陽寮でもそこそこお偉いさんならば、普通に権限使えば言い訳して朝廷にくらい入れてもらえるだろうが」
それもそうなんだけど。私もそう思って晦を見たものの、晦は「ははは」と笑うばかりで、これ以上はなにも教えてくれなかった。
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