1. 「ま、負ける♡♡♡負けちゃう〜♡♡」

その少年には前世の記憶が在った。


いや、あるいはそれこそが記憶と呼べるものなのかすら定かではない。

ただ漠然とした知識として、己の前世の姿が思い浮かぶだけなのだ。

かつて自分は人であった。おそらくは人として生まれ、人の中で生きてきた筈だ。

平和な国に生まれ、平凡な日常を過ごして…そして、死んだ。何故死んだのかは覚えていない。恐らく取るに足らない理由だったのだろうと思う。



「おぎゃ…おぎゃ……」



気付くと赤子になっていた。何も見えない闇の中から這い出て、ようやく視界を得た時、目の前にいたのはこの世で最も尊く美しく思える女性だった。

彼女こそが自分の母親だという確信があった。

だから当然のように、彼は母を求めた。まだ上手く動かない手を必死になって伸ばして、母の乳房を求めようとした。


だが、その手は振り払われた。



「おのれ…おのれ!なんと忌まわしき呪われた赤子じゃ!」



母は激昂していた。その瞳に映るのは明らかな憎悪の色であり、その口から吐き出されるのは呪いの言葉だった。



「寄るでないわ汚らわしい子め!この私に貴様のようなモノはいらぬ!疾く死ね!!」



生まれて間もない赤子の身体を蹴り飛ばすことに、躊躇など無かった。何度も、何度も、執拗に蹴られ踏みつけられてもなお、彼は何も出来ずに泣き叫ぶだけだった。



「殺せ!今すぐ此奴を殺してしまえ!!妾にかけられた呪いを払うのじゃ!!!」


「皇よ!どうかお鎮まり下され!御子が死んでしまいますぞ!」


「黙れ!こやつは魔人の皮を被った忌み子じゃ!見よ、この白い耳と尻尾を!予言にあった白狐に違いない!早く殺してしまうのじゃ!!」



赤子には狐の耳と尻尾が生えていた。純白の、雪のように白い毛が輝いている。

対して母と思わしき人物にも狐の耳尻尾が生えていた。ただし色は金色のそれである。

彼女は正真正銘、狐の妖であったのだ。

明らかに人ならざる身体。だが生まれたばかりの身体では、それに気づくことさえ出来なかった。ただ痛みと恐怖だけが彼を支配していた。



「なりませぬ!もし仮にそうだとしても、この子は貴方の御子であることに変わりはないのですぞ!?」


「ええい!黙れ!ならばそちがその手で殺すが良い!!」


「何を仰いますか!そのようなことが出来るはずがありますまい!!」



二人の言い合いは次第に激しくなっていく。

その間も、赤子となった少年は何も出来ないままであった。ただひたすらに泣くことしか出来なかった。

一体何が起こっているのか。ここは何処なのか、どうして自分はここにいるのか。疑問は尽きなかった。

だがその答えを知る術はなく、また知ったところで意味もないことだった。

結局は殺される運命にあるのだと、そう悟ってしまったからだ。



「皇宮で血を流すのは不吉すぎまする。母上、どうかここは私めにお任せを。ここより離れた地にてこの赤子を始末致します」



不意に第三者の声が響いた。若い女だ。凛々しい顔立ちをした、どこか中性的な印象を受ける人物であった。

だがやはり同じように狐の耳と尻尾が生えていた。



「おぉ、翠蘭。ならばお主に任せるとしよう。必ずや此奴を殺すのじゃぞ」


「心得ておりますとも。さぁ、行くよ」



そうして赤子を抱き上げたのは、母ではなく、翠蘭と呼ばれた女性だった。

彼女は赤子を抱え上げようと手を伸ばす。赤子はまた暴力を振るわれるのではないかと思いびくりと身体を震わせたが、その手は優しく赤子を包み込んだ。

赤子の覚束ない視界の向こう側で、彼女は微笑んでいたような気がした。






その後の記憶は曖昧である。どこへ連れていかれたのかは分からない。



ただ、気付いた時には海が見えた。そしてその遥か向こう側には薄っすらと陸地が広がっているのが見えた。

翠蘭は赤子を抱きながら波打ち際で一人呟くように口を開いた。



「哀れな子だ。翠一族として生まれながら白い耳と尻尾のせいで死ななければならないとは」


「……?」



彼女の言葉はよく分からなかった。それでも、彼女が自分を憐れんでくれていることだけは分かった。

なんだか彼女に抱かれていると安心する。あの恐ろしい母と同じく金色の耳と尻尾が生えているというのに、何故か怖くはなかった。

そのまま彼女は赤子を抱いたまま砂浜へと腰を下ろした。



「私の名は翠蘭。お前と同じ、狐の魔人だ。分かるかい?私はお前の姉だよ」



ゆっくりと、彼女は言葉を紡ぐ。それはまるで慈愛に満ち溢れた母の言葉のようだった。

その優しい声音に、赤子は思わず泣き止んだ。この人は大丈夫だと思ったのだ。



「あーう……」


「ふふ、可愛い子だね。本当に…」



翠蘭の手が赤子の顔に触れる。温かくて柔らかい手が気持ちよくて、自然とその手に頬擦りをしていた。

それを見た翠蘭は暖かい眼差しを向けてくる。しかしすぐに悲痛な面持ちになり、口を開く。



「…殺せぬ。私には、この子を殺すことなど出来ん」



風が吹いた。彼女の長い髪が靡き、潮の香りが鼻腔を刺激する。



「この小さき手。無垢な瞳。まだ何も知らぬ赤子ではないか。そんな子に死ねと言うのか。それが翠家の宿命とは言えど、あまりに惨い仕打ちではないのか」



翠蘭は涙を流した。赤子の頭を撫でながら、嗚咽混じりに彼女は語る。



「許してくれ、我が弟よ。私はお前を守ることが出来ない。母上…あの九尾の女狐には誰も敵わぬのだ…」



赤子は泣き出したくなった。自分の姉を名乗る人が泣いている。自分のために、心を痛めているのだと理解出来たから。

だから必死になって泣かなかった。ただ、この人に何かをしてあげたい。そう思ったのだ。


だから笑った。自分のために涙を流す姉の姿を見て、精一杯の笑顔を見せた。



「あー!あう!」


「……」



翠蘭は驚いた表情を見せる。そして赤子を強く抱きしめた。



「いいかい、よくお聞き。お前はこれから遠い異国の地に行かなくてはならない。そこではきっと辛いことが沢山あるだろう。でもね、どんなに辛くても生きるんだよ。生きていれば、いつか幸せになれるからね」



翠蘭はそう言うと小舟に赤子を寝かせた。赤子は不思議そうな顔をしている。

すると彼女はまた優しく微笑んで言った。



「と、言っても赤子に分かるわけがないか…。はは、何をしているんだろうな私は」



赤子は何も言わずに彼女を見つめる。

本当は理解している。前世の記憶がある赤子は、何故か異国の言葉を理解していた。

だが、それを伝える手段が無い。赤子の未発達の口では言葉を喋る事が出来ないでいたからだ。

それがもどかしかった。本当は全部分かっていると…貴方の優しさを理解していると言ってあげたかった。

しかしそれは叶わぬ願いなのだ。



「さぁ、行きなさい。これは私からの餞別だ。決してこの国に戻ってくるんじゃないよ」



そう言って翠蘭は赤子を包めている毛布の上に、小さな勾玉を置いた。



「これはお守りだ。きっとお前を守ってくれる」



そして赤子を乗せた小舟が動き出す。ゆっくりと沖の方へと向かっていく。

赤子は翠蘭に向かって手を伸ばした。しかし届かない。どんどん遠ざかっていく。



「さようなら、私の大切な弟よ」



最後に見た彼女の顔は、やはり優しかった。

赤子はその顔を目に、脳裏に焼き付けるかのように見続けた。そして、遠ざかる陸地を視界の端に入れながら、赤子は決意した。

生きてやる。絶対に生き延びてみせる。姉と名乗った女性の恩に報いる為にも。

そして、いつか必ず、あの人の元に帰ると。


そうだ。自分は絶対に負けない。


何があろうと、決して…





―――――――――






「ま、負ける♡♡♡♡♡♡負けちゃう~♡♡♡♡」


「もう限界なのか?情けないぞ。それでも儂の弟子か?♡♡」


「ひぎぃ!?♡♡や、やめてぇええ!!そこだめぇっ!!♡♡」



その度に、白い狐耳と尻尾を生やした少年は甘い声を上げてしまう。それはまるで、快楽に堕ちた女のようであった。

その様子に、少年を組み伏せている女は不敵に笑う。

栗色の美しい髪を揺らし、その豊満な胸を見せつけるようにしながら、彼女は言う。



「お前の弱点など全て把握済みだ。ほれ、ここが好きなのであろう?んん?どうだ?気持ち良いか?もっとして欲しいのか?んん?♡♡」


「あひっ、あへぇ……ああああっ!♡♡そ、そこは本当にダメです師匠ぉ……!♡♡お願いします!許してくだしゃい……!」


「ほう、許せと言う割には随分と嬉しそうではないか。全く仕方のない奴じゃのう……♡♡」



そう言いながらも、女は少年を弄ぶのを止めようとしない。むしろより激しく責め立ててきた。

それに反応するかのように、彼の身体がビクンッと跳ね上がる。



「うああぁぁぁぁ!!!♡♡♡♡」


「ふふ、可愛いのう。どれ、ちゅー♡♡」



女は少年と濃厚なキスをした。恍惚の表情を浮かべた少年はされるがままになっている。



「んぐ……んく……ぷはぁ……♡♡美味いぞ、流石我が弟子よ」


「はぁ……はぁ……んん……♡♡♡♡」


「ほれ、何をバテているのだ。そんな事では一流の忍になれぬぞ。房中術はまだまだこれからだと言うのに」


「ご、ごめんなさい……」



「謝ることは無い。お前はまだ幼い。故にこれから教えていけばいいだけよ。時間はたっぷりあるからのう」



そう言って彼女は微笑む。その笑みはとても美しく、妖艶だった。

その笑顔を見ただけで、少年は身体が熱くなるのを感じた。そして、我慢出来なくなったように彼女に抱きつく。



「し、師匠…♡♡僕もう…♡♡」



少年は彼女の豊満な身体に腰を擦り付けながら、上目遣いで懇願してくる。その姿に彼女は興奮を覚えた。



「はぁ……まったくこの愚息め……♡♡これは授業なんだぞ?これじゃただのイチャラブじゃないか……♡♡」


「だって……♡♡僕の身体が……疼いて……♡♡」


「ふん、仕方ないのぅ……♡♡」



そう言って彼女は少年を押し倒し、その上に覆い被さる。


夜はまだまだこれからだ。






これは男女逆転世界に産まれて男忍者として戦国時代をエッチなお姉さん達に囲まれながら生き抜く少年のお話である…

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