48.「サンドバックが喋った……?妙だな……」
それは、少し前の出来事だった。
アイリスは中央と右翼のエルフの軍勢を一人で相手取りながら、奮闘していた。
「う、うわあああ!化け物だ!逃げろ!!」
「……」
奮闘、というか勝手にエルフ達が逃げていくので、アイリスはただ戦場を散歩しているようなものだったが。
「イライラ……イライラ……」
そんなアイリスはイライラしていた。
何故ならば、エルフというエルフが自分を見てまるで怪物を見たかのように全速力で逃げていくからだ。
更に不愉快なのは明らかに化け物みたいな見た目をしているトロルですら、自分の姿を見た瞬間に腰を抜かし、全速力で逃げていくのだ。
「くそっ化け物の癖に私を馬鹿にしやがって……」
何故あんな怪物にすら怯えられなければならないのだ。
化け物はお前らだぞ、と言いたいところだがトロル達はもう皆逃げてしまったので、それを言う相手もいない。
なんだかイライラが限界に達したアイリスは、丁度良い相手を探していた。
───あぁ、殴っても壊れないサンドバックのようなものがあればいいのになぁ!
そんな物騒な事を考えていたアイリスだったが、不意に戦場に雷の束が放たれた。
それは戦場を覆うように降り注ぎ、敵も味方もなく薙ぎ払っていく。バリバリと青白い雷が、戦場を蹂躙していく。
「???」
こんな快晴の日に雷?一体全体どうなっているのだ?
キョロキョロと辺りを見渡すアイリスだが、雷がピタっと止まると次に現れたものにアイリスは目を見開いた。
翠の鎧を着た、屈強なエルフの兵士達だ。スプール公爵率いるスプール軍は威風堂々たる佇まいで、戦列を組みアイリスの行く手を遮るように立ちはだかった。
「ふん……騎士やトロル共が怯えて逃げていくので何かと思ったらただの人間か。しかも一人……あんなのに怯えて逃げ出すとは、森林国も堕ちたものだな」
翠の兵士を率いる指揮官らしきエルフが呆れたようにそう言った。そして手を翳し、戦列を成す兵士に合図を送った。
「殺せ。見せしめだ」
指揮官がそう指示すると、兵士達は一斉に弓を番え、アイリスに向けて放った。
矢は一直線に飛び、アイリスの身体を貫いた───と思った瞬間、既にそこには彼女の姿は無かった。
「───え!?」
驚愕する指揮官だが、そのすぐ後ろに気配がして慌てて振り返ると、アイリスが拳を振りかざしているところで───
「ぐえっ!」
そのまま指揮官を殴るとそのエルフはきりもみしながら吹っ飛び、周りの兵士を巻き込んで地面に転がった。
そしてそれを見ていた兵士達からどよめきが上がる。指揮官が一発でやられたのだ、それは動揺もするだろう。
しかし指揮官はすぐに立ち上がると「何をしている!たかが人間だ!数で押しつぶせ!」と叫び鼓舞する。
その鼓舞に再び冷静さを取り戻す翠の兵士達だったが───次の瞬間には恐慌状態に陥っていた。
何故なら、アイリスが拳を地面に打ち付けただけで地震が起きて翠の兵士達は吹き飛んでいったからだ。
「な、なんだあいつは!?」
「化け物か!」
動揺する翠の兵士達だが、アイリスはそんなのお構い無しに兵士たちを蹂躙していく。
何者もアイリスの身体を傷付ける事は叶わず、その拳を食らっては兵士達が空を飛び、地面に叩き付けられてはクレーターができ、アイリスの周囲はまさに地獄絵図と化していた。
「な、なんなんだ……」
そんな光景を目の当たりにし呆然とする指揮官だが、慌てて首を振りながら叫ぶ。
「何をしている!!相手は一人だぞ!弓で射殺せ!!」
指揮官の号令と共に、弓兵が一斉に矢を放つ。
雨のように放たれる矢は、しかし全てアイリスに届く前に消し炭となって地面へと落ちる。
「はぁぁぁぁぁー!!!!」
アイリスの全身から吹き荒れる闘気によって生半可な飛び道具は意味をなさないのだ。
それでもなんとか奇跡的にアイリスの身体に届いた矢も、全てアイリスの手に捕まれ、回収されてしまう。
「……」
指揮官は言葉を失った。目の前で起こっている光景が信じられないからだ。
───彼女が生きてきた中で経験した事のない圧倒的な力の差を感じる。
身体がガクガクと震え、歯の根が噛み合わない程怯えきる指揮官だったが、そんな彼女を横目にアイリスは今しがた掴んだ矢を持っていた弓に番え、引いていく。
「早速使ってみようかな~」
それはアイリスが先程獲得した弓であった。可愛らしい装飾に、魔法が編まれた弓。
しかしそれはエルフではないと使えない弓であった。微弱な魔力を通し、弓矢に魔法の力を注入するエルフの弓は人間には扱えないものなのだ。
しかし……。
「食らいなさい!天使の一撃を!!」
アイリスの放った矢は、空気を裂き、空間を歪め、周りの全てを粉砕しながら一直線に突き進んでいく。
その矢の通った道は、まさに破壊の後であった。轟音が戦場に轟くと同時に、指揮官の後方にいた兵士達が全て消し飛び、辺り一面更地になった。
指揮官はその光景を呆然と見ていたが、漸く頭が状況を理解したのか顔が真っ青になった。
「も、もしかして……あれは……悪魔……?」
そうだ、そうに違いない。あの圧倒的な力は悪魔そのものだ。
いつの間にか一人きりになっていた指揮官は腰を抜かし、地面にへたり込んでいた。恐怖の余り失禁しているが、本人はそれに気が付く余裕すらない。
そして、そんな指揮官をぐるんと首を回し、見下ろすアイリス。
「ひっ!ひぃいい!!」
指揮官は恐怖の余り情けない声を上げ、そのまま這って後ずさっていく。
そんな指揮官にアイリスはツカツカと歩み寄り───襟首を掴み上げ持ち上げると……
「今の一撃、どうだった?」
───そんな事を聞いてきた。
指揮官は意味が分からなかった。アイリスの質問の意味も、意図も、何も分からない。
ただ……彼女が悪魔である以上……逆らってはならないという事だけは本能的に理解した。
指揮官はガクガクと震えながらも答える。恐らく悪魔が好むような、言葉を選んで……。
「ま、まさに悪魔の一撃……です。悪魔の中の悪魔……」
その瞬間、指揮官の全身に凄まじい衝撃が奔った。内臓が、脳が、全身の骨が軋み、激痛が指揮官を襲う。
「ぐぎゃああああああ!!!」
見ると胴体を覆っていた翠の鎧が粉々に砕け散っていた。不滅鋼材で造られた、決して壊れない筈の鎧が跡形もなく消え去った。
そこで指揮官は自らの答えが間違っている事に気付いた。それは悪魔と言った事に対して、アイリスが怒っているのだと気付いた。
故に自分はエルフからサンドバックに格下げされたのだと。
聡明な指揮官エルフは頭を高速で回転させる。自分が生き残るにはどうすればいいかと。
そして、その末に導き出した答えは───
「て、天使のような、可愛らしい一撃でした!」
その瞬間、アイリスはにこりと微笑んだ。そしておもむろに指揮官を掴んでいた手を離すと、上機嫌で言った。
「そう?まぁエルフが言うんなら、そうなんでしょうね」
アイリスは照れた様子で、もじもじとしているが指揮官には見向きもしない。
どうやら自分は許されたらしいと理解した指揮官はホッと胸をなで下ろしたが、先程の衝撃で意識を失ったのか、白目を剥き気絶してしまった。
「うーん、エルフから見ても可愛いなら、エリムも可愛いって思ってくれるでしょうね。うふふふ」
ラインフィルに置いてきた愛しのエリム……。アイリスは帰ったら自分の可愛い姿をエリムに見せる予定だった。
美しくて可愛い天使のようなアイリスちゃんを見ればエリムは更に自分にメロメロになる事だろう。
「よーし!それじゃあもっともっと戦って、エリムポイント稼いでいくわよー!」
そうアイリスが拳を振り上げた時だった。不意に、雷がアイリスの振り上げた拳に降り注ぐ。
油断していたアイリスは雷の直撃を食らい、「んぎゃぁぁあ!」と叫び声を上げ、その場にのたうち回った。
「ぐっ……ぐぐぐっ……なんじゃあ、こりゃあ……!?」
な、なんだ!?何故急に雷が降ってきたんだ!?天罰!?どうして!?私は純粋無垢な天使のはずなのに!!
そんな事を考えながら、ゴロゴロと転がっていたアイリスだが、彼女の頭上……空から、戦場には不似合いなおっとりとした口調が聞こえてくる。
「あらぁ~?なんで今ので死んでないのでしょうかぁ~?」
空に浮かぶエルフ……。その女性は鎧ではなく舞踏会にでも行くような煌びやかなドレスを纏っていた。
彼女の周囲にはバリバリと稲妻が迸り、その手には真っ黒な杖が握られている。
「なんだァ……てめェ……」
アイリスはダメージでふらつく頭を抑えながら立ち上がり、空に浮かぶエルフを睨みつけた。
折角エリムの事を考えて幸せな気分になっていたというのに、雷のせいで気分は台無しだ。
「まぁ、これはこれは……。貴女は一体なんなのですかぁ~?」
空中に浮かぶエルフ……スプール公爵メルティアは翠の軍が死屍累々たる有様に成り果てた戦場を見て、興味深そうに眼を細めていた。
エルフ一の戦士、オーランディアが大将を務めるスプール公爵軍……。翠の鎧を纏っている事から通称翠の軍と呼ばれる兵士達は森林国でも選り抜きの精鋭であり、兵士達は皆エルフの名に恥じぬ程の手練れだった。
しかし、そんな翠の兵士達は一人残らず地に転がされ、あるいは気絶してしまっている。
そんな死屍累々とした戦場でただ一人立っているのが黒騎士アイリスである。アイリスは拳を握り締めながら空を見据えていた。
自らに雷を落としたであろう、巨乳のエルフを……。
「よくも雷を落としてくれたわね!!このっ!このっ!」
アイリスは地団駄を踏みながら、空に浮かぶメルティアに向かってシャドーボクシングを披露する。
そんなアイリスの姿を見て、メルティアは心底不思議そうな顔をして言った。
「うーん?これは一体どういう状況なのでしょうかぁ~?それに、私の雷を受けて無傷だなんてぇ~?」
そう言って再び杖を構え直すメルティアを見てアイリスも身構える。
基本的に魔法を使えるのは位の高いエルフだけであり、魔法を放つ時点で相手は王族、もしくはそれに準ずる行為の存在だという事になる。
しかも戦場全体に影響を与える程の強力な魔法を使えるのは古代種の遺伝子を少なからず持っている存在だ。
「ぶっ殺すわ」
しかしそんなのはアイリスには関係なかった。魔法が使えようがどうでもいい。自分の邪魔をする奴は人間だろうとエルフだろうと皆等しく死ぬべきであり、敵は殺す。
それは当然の事だと思っていたし、アイリスはそれを成す力がある。
故に彼女は躊躇しないし、加減もしない。相手が誰だろうと、ただ等しく滅するのみである。
「あらあら……野蛮ですねぇ~?」
アイリスはメルティアに向かって駆け出すと、空高く跳躍し、そのままメルティアの頭上から拳を叩きつける。
しかし、拳が直撃する瞬間、メルティアの周囲に展開されていた稲妻領域がメルティアを包むように球体へと変わり、アイリスの拳を阻んだ。
「うぎゃああああ!!」
バチバチと音を立てながら拳から全身に走る衝撃にアイリスは堪らず叫び声を上げた。
まるで、高圧電流を流されたかのような衝撃がアイリスの身体を駆け抜け、そのまま地面に激突する。
身体中を駆け巡る痛みに呻くアイリス。そんな彼女にメルティアは上から見下ろしながら語りかける。
「あらあら~?私を殺すのではなかったのでしょうかぁ~?残念ですけどぉ~私の方が強いみたいですねぇ~」
そう言ってクスクスと笑うメルティア。アイリスは歯を食いしばりながら立ち上がる。
どうやらこのエルフは雷を操る魔法を使えるらしい。雷を戦場に降らしたのも、恐らくはこいつだろう。
そして雷を遠隔で放つだけではなく、バリアのように雷を周囲に展開する事も可能……と。
アイリスはメルティアの魔法を分析し、対策を練り始めた。
そして同時に、自分が放った渾身の一撃が軽くいなされた事に心底腹を立てていた。
───許せない……ぶっ殺す!! 怒りに燃えるアイリスだったが、しかしそんな彼女の耳にふと声が聞こえてくる。それは他でもない、メルティアの声だった。
「う~ん、人間さんにしては頑丈ですけど……これなら余裕ですねぇ~」
そしてメルティアは杖をアイリスに向け、魔法を詠唱した。
魔法が発動すると同時に、アイリスに向かって巨大な雷が空から降り注ぐ!
流石にこれは躱せないと判断したアイリスは両腕を頭上でクロスさせ、防御態勢をとった。
瞬間───轟音と共に凄まじい衝撃と眩い閃光が辺りを埋め尽くし、まるで天変地異が如き光景がそこに生まれた。
「うふふふ~。これで私の勝ちですねぇ~」
メルティアは自信に満ち溢れた表情でアイリスがいた場所を見つめながらそう言った。
あの雷撃を受けて人間が生きていられる筈がない。仮に生きていたとしても無事では済まないだろう。
そしてそんな人間がいるならば、それは神か悪魔だ。そう結論付けたメルティアだったが……
しかし───!
「おのれ~……!!このクソエルフ……!一度ならず二度までも、いや、三度もこの私を痺れさせたわね……!」
そこには元気に拳を振り上げているアイリスの姿があった。無傷かどうかは分からないが、少なくとも死んでいないようだ。
メルティアはその光景を目の当たりにして「ん……?」と首を傾げる。
今の電撃は人間が……いや、生き物がまともに受けて耐えられるレベルではない。
肉は勿論骨すらも炭と化している筈なのだ。なのに、何故目の前の人間は生きているのだろうか?
「あ、貴女……何故生きているんですかぁ~?」
メルティアが困惑気味にそう尋ねるとアイリスは「フッ」と息を吐き出すように笑った。そして言った。
「あんなへなちょこ雷が私に効くわけないでしょう?この私を誰だと思ってんの?」
アイリスは「まったく」と首を横に振りながら答える。メルティアはそんなアイリスをただ茫然と見つめるしかなかった。
いや、誰だよ……とは思ったものの、それを口にしないのはメルティアのゆるふわの中に残った一筋の常識故か……。
しかし……雷を受けて無事な人間なんて聞いた事がない。しかも無傷ならまだしも、ピンピンしている所を見るとやはり何かしらの魔法を使ったのだろうが……。
メルティアが「ん~???」と顎に手を当てて考えているとアイリスが言った。
「次はこっちの番ね」
そんなアイリスの言葉と同時に彼女の身体から今までとは比べ物にならない程の闘気が放出される。
大気が震え、地面もビリビリと振動を始めた。まるで空中にいるメルティアだが、その揺れは彼女のいる場所まで届いている。
メルティアはその闘気の凄まじさに冷や汗を垂らした。
「えっ……これ……これって……」
───これはマズい……早く何とかしないと……! そう考え、メルティアは杖を構え、魔法を唱えようと口を開くが……アイリスの方が一歩速かったようだ。
アイリスは次の瞬間にはメルティアの目の前まで接近しており、鋭い一撃を繰り出していた。
空気を裂き、音速を超え、物理法則すら捻じ曲げる程の速度で放たれたアイリスの拳。
あまりの速度にメルティアは目が追い付かなかったが、本能的に雷の防壁で自身を包み込んだ。
その防壁にアイリスの拳が直撃し、耳を劈くような轟音がメルティアの鼓膜を震わせる。
「きゃあああ!?」
耳がキーンと鳴り響き、一瞬視界が白く染まる程の威力にメルティアは悲鳴を上げた。
雷の防壁は砕け散り、そのままメルティアの身体は後方に吹き飛ぶ。
アイリスはメルティアの吹っ飛ぶ方向へ先回りし、その勢いのまま拳を振りかぶる。
そして───
「はぁああああ!!」
メルティアが吹っ飛ぶ先に待ち構えるように拳を構えていたアイリスが、思い切り拳を突き出すと衝撃波が発生し、辺り一帯に砂塵が巻き起こる。
そして───バチン!!という衝撃音と共にメルティアの腹部にアイリスの拳がめり込み、「うげぇ!?」とメルティアは声を上げ、身体をくの字に曲げる。
しかしアイリスの攻撃はまだ終わらない。そのまま拳をめり込ませた状態でアイリスが叫ぶ!
「おんどりゃああああああ!」
すると拳を受けたメルティアの身体は凄まじい速度で吹っ飛び、何十メートルも先に着地する。
そして、そのまま地面を転がりながら───地面に倒れ伏す。
アイリスはそんなメルティアを見てふんと鼻を鳴らすと、徐に両手を上げ、「はぁ~あ!」と伸びをする。
そしてそのままやり切った感を醸し出しながら呟いた。
「ふっ……戦いの後に訪れるこの開放感……堪んないわね……!」
そんなアイリスの背後でメルティアがよろよろと立ち上がる。彼女は地面に膝をつきながら、血反吐を吐きつつもアイリスを睨み付けると言った。
「……こ、この野郎……絶対に許さないですよぉ……!ただじゃおかねぇですからねぇ……!」
「あ?」
メルティアのその言葉にアイリスはピクリと眉を動かすと、ゆっくりと振り返る。
そしてメルティアを見るとニコリと笑った。そんなアイリスの表情(兜を被っているので分からないがなんとなく……)を見て、メルティアは彼女が何を考えているのか即座に理解した。
───こいつ……私の事を嬲り殺すつもりだ!
彼女の笑み(想像)が、瞳の奥に宿る殺意(予感)が自分に向けられる視線の強さがそれを確信させたのだ。
「ひ……ひぃ!」
最早エルフだとか人間だとかそういう問題ではない。公爵としての恥も外聞もなく、メルティアは情けなく這いずって逃げ出した。
お気に入りのドレスも、女王から賜った古代兵器である杖も、全てがボロボロだ。
しかしそんな事は最早どうでもいい。メルティアはひたすらに逃げる事だけを考える。
しかし───!
「!!」
「アンタ結構頑丈ねぇ。さっきのは殺す気で殴ったのに、まだ生きてるなんて。褒めてあげるわ」
いつの間にか先回りしていたアイリスが腕を組んでスプール公爵を見下ろしていた。
メルティアはそんな彼女を見上げて、ふるふると首を横に振りながら後ずさる。
「こ、来ないで……来ないでくださいぃ……」
先程まで余裕やらなんやら大言壮語していたのが恥ずかしい程弱々しい声音である。
アイリスはそんなメルティアを見下ろしながらニヤリと笑い、口を開いた。
「安心しなさい。アンタは殺さないでいてあげる」
そんな言葉にメルティアがビクリと震えた次の瞬間───アイリスはメルティアの頭部を片手で掴み、持ち上げる。
メルティアは抵抗するが、アイリスの力に敵う筈もなく、されるがままだった。
そしてアイリスは空いているもう片方の手で拳を握りしめるとそのままメルティアの腹部を殴りつけた。
「ごふぅ!?」
巨大なハンマーを振り下ろされたかのような衝撃と痛みを受け、メルティアは目を見開きながら声にならない悲鳴をあげた。
胃の中にあったものが逆流し、口から吐き出すが、そんな事を気にする余裕はない。
「こ、このクソ人間がぁ……!!下等生物の癖に、このスプール公爵に、メルティア様に向かって!!許さん、絶対に許さないからな……!!」
「へぇ、それがアンタの本性?やけに芝居がかった気持ち悪い喋り方だとは思ったけど、そっちの方が似合ってるわよ」
アイリスがそう言ってメルティアの腹部に拳を叩き込む。
「ごふぅ!!」と口から吐瀉物が噴き出すメルティア。
「アンタは殺さない……殺さないけど、自分から死にたいと思う程の痛みは与えてあげるわ」
兜の下のアイリスの瞳が碧く光った。
♢ ♢ ♢
「だ、だずげで゛……」
数分後。メルティアはボロボロになった顔と身体で
その顔は涙と鼻水と吐瀉物でぐちゃぐちゃになっており、衣服も所々が破れている。
最早見る影もない公爵様の御姿だが、そんな彼女の哀れな言葉を聞いてアイリスが言った。
「サンドバックが喋った……?妙だな……喋れなくなるまで叩かないと」
「───」
メルティアにとっての地獄はまだ、始まったばかりである……。
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