8.「これから、エルフの美少年とのイチャラブ同棲生活が始まる…!毎晩相思相愛ラブラブ子作りに励む日々が幕を開けるのよ!」


マリアは耳を疑った。


今、我が主はなんと言った…?聞き間違いか…?

いや、そんなはずはない。確かに今、とんでもない数字を口にして……。


「ごっっ!?500億ゥー!?!?なんと、今!ここにきて!まさかの500億!!エルフの美少年ですからねぇー!そりゃあ、200億でも安すぎるでしょうよ!!」


どうやら聞き間違えでは無かったらしい。司会の女が大声で叫んだ。

ぐにゃり……とマリアの視界がぼやける。


──嘘やん。


「嘘でしょう!?」

「ありえない!そんな馬鹿げた値段…」

 

──嘘やん。

周囲の女のざわめきが聞こえる。マリアも嘘だと思いたかった。

500億……?一体全体何故そんな金額を提示する必要があるのだ。

というかさっきのアイコンタクトはなんだったのか。あれは何の意味があったんだ。


「お、お館様……?貴女、今何を仕出かしたかお分かりで……?」


マリアが震える声で絞り出すように言った。

500億の大金である。その内200億は経費に出来るからいいものの、残りの300億はノーヴァ公爵家が負担する事となる。


ただでさえアイリスの公爵家での立場は最近宜しくなかったのだ。というかぶっちゃけるとアイリスは母親の……先代の傀儡である。

戦士としては超一流だが脳味噌まで筋肉で出来ているお馬鹿ちゃんがアイリス・ノーヴァという人間なのだ。

それに目を付けた先代がアイリスを当主の座に付けて実権を握っているというのが現状だ。

アイリスが次期当主としてふさわしい行動をすれば問題無いのだが、如何せん彼女にはそういった能力が全く備わっていない。


つまりはノーヴァ公爵家にとって、この出費はかなり痛手なのである。アホが私利私欲で家の財産を使い込んだ…。これでは先代が激怒するに決まっている。


それなのに、当の本人は澄ました顔をして500億と抜かした。故にマリアは怒り心頭であった。

しかしアイリスはそんなマリアの怒気を真っ向に受けても怯まず、逆に決意の籠もった瞳で彼女を見つめ返した。


「えぇ、分かっているわ……マリア。これから何が始まるかという事か……」

「…っ!?」


マリアはアイリスの表情と言葉に、彼女の『覚悟』を見た。

あの顔は全てを覚悟した女の顔だ。アイリスは…ノーヴァ公爵家を敵に回す事も辞さぬ覚悟で入札を試みたのだ

そんな覚悟を見せ付けられてはマリアもこれ以上は何も言えなかった。


そう、彼女は…!我が主は…!


「これから、エルフの美少年とのイチャラブ同棲生活が始まる…!毎晩相思相愛ラブラブ子作りに励む日々が幕を開けるのよ!」


アイリスは堂々と宣言をした。その顔はまるで世界の中心は自分だと言わんばかりの自信に満ち溢れていた。


「(やっぱりなにも分かってなかったぁー!!!!)」


マリアは再び、泣きそうになった。

しかし、そんな事を考えている内に無情にも状況は進んでいく……。


「うおおおっ!!600億じゃ!!600億出すぞ!!これで文句はあるまい!!」


不意にファルツレイン侯爵が声を張り上げた。その声はマリアに取っては救いの声であった。

そうだ、ファルツレインが買えば全てが解決する!いいぞババァ!もっといけ!頑張れババァ!


「ふ、ふん…。500億程度では妾に敵わぬと知れ、ノーヴァ公よ」


明らかに虚勢を張っている様子のファルツレイン侯。だがその姿がマリアには頼もしく見えた。

流石は帝国の宿敵……敵ながら天晴である。


600億という金額は奴隷に付けられる金額ではない。如何なファルツレイン侯とはいえ、その出費は大痛手である筈だ。

しかし彼女はそれをやってのけた。アイリスアホとは違って常識と見識が備わるイライザである。

それを覚悟し、600億という金額を提示したのだ。


ここまでくればアイリスとて引かざるを得ないだろう…。

マリアはチラリとアイリスを横目で見た。すると彼女は、先程までの凛々しい顔付きをより一層引き締めていた。

その顔を見てマリアは嫌な予感をひしひしと感じた。これまでにない、途轍もない悪寒が背筋を走る感覚を覚えた。

そうして彼女は歩き出す。何も知らない者が見れば気品溢れた所作であろうがその脳内はエロい事で埋まっておりパンツは愛液で濡れまくっていた。


マリアは彼女を行かせてはならないと本能的に悟った。


「(お館様…!ご覚悟を!)」


ノーヴァ侯爵家に仕えるメイド、マリア。外見は天使の如き可憐な乙女なのだが、その本性は闇に潜む研ぎ澄まされた刃である。

オルゼオン帝国が誇る諜報機関に属している彼女は天性の暗殺者であり、国内外で恐れられているエージェントなのだ。

諜報機関から『孤高の処刑人』というコードネームを与えられる程の手練れであり、その実力は帝国最強の集団『天剣衆』にも匹敵する猛者だ。

しかし、それと同時にマリアはアイリスの従者であり、そしてアイリスはマリアの大事なオモチャ……ではなく友人でもある。

マリアは口は悪いが、アイリス・ノーヴァの為に生きていると言っても過言ではない。


そんな彼女は今、愛する主がとんでもない事を仕出かそうとしている事実に気付いていた。

アイリスが何をしようとしているのかなんて分からない。だが一つだけ確かな事があるのだ。

それは我が主の蛮行を止めなければならないという事だ!! そしてマリアは動き出す。背後から音もなく歩いていき、そしてーーー。


マリアは、誰にも視認出来ぬ程の神速でアイリスの腹部に掌底をぶちかます。

これくらいなら古代文明の守護者もやってこないだろう。彼女らが監視してるのはあくまで殺し合いであるからだ。

マリアの掌底がアイリスの鳩尾にめり込んだ。常人なら悶絶し、一瞬で意識を失う一撃。


しかし……。


「……」


アイリスはそれを全く意に介さずに歩み続ける。帝国最強の戦士の強靭な肉体には毛ほどのダメージも与えられていなかった。

むしろあまりの硬さに攻撃をしたマリアの手がズタボロになる有様であった。


「うぎゃあーっ!?手の骨が砕けたーっ!?お館様!お館様ァーッ!?」


その場に倒れ伏すマリアを横目にアイリスは堂々と歩を進める。

アイリス・ノーヴァは帝国最強の戦士である。

確かにマリアは帝国最強集団である『天剣衆』と同等の実力を持っているが、アイリスはそれを遥かに上回る力の持ち主……。

というかぶっちゃけアイリスと比べたら天剣衆(笑)である。なにせアイリスの戦闘力は単独で一軍を蹴散らせるレベルなのだ。

こいつ人間じゃねぇだろ……とマリアは内心で思っていたのだが、今はそんな場合ではない。


「ひっ……ひぎぃ……おえーっっ!!!」


手が砕け、激痛で吐き気を催すマリア。諜報機関一と謡われた自分が何たる様か……と思うものの、仕方のない事なのだ。

帝国最強……いや、彼女は世界最強の戦士なのだ。一介のメイドに何が出来るというのだ。


「(もう駄目だ。ああなったアイリス様は誰にも止められない……)」


戦神であろうとも、女神であろうとも……。彼女を止める事は不可能なのだ。

次はなんと言うつもりだろう?650億?700億?

どちらにせよ200億を超えた時点でアイリスはもう破滅だ。当主の座も追われるだろう。

せめて傷を小さくするため少しでもいいから少ない金額を提示してくれとマリアは願った。


そしてアイリスは口をゆっくりと開いた。


「じゃあ1000億で」


マリアは気を失った。

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