6.「次その二つ名言ったらぶっ殺すわよ」

翌日。

ラインフィルのとあるオークション会場にアイリスとマリアの姿があった。

通常のオークションではなく、限られた伝手のある者しか参加出来ない特別なオークションだ。


「それにしても凄い熱気ですねぇ、お館様」

「そりゃあ当然よ。ここには世界中の富豪が集まってるんだもの」


会場にいるのは、どれもこれも一流の資産家ばかりだ。

その誰もが世界有数の権力者であり、その財力は小国の国家予算に匹敵すると言われている。

各国の王侯貴族も身分を隠して参加しているようだ。その証拠に、護衛を引き連れた者達もちらほらと見受けられる。


「あら、ペリエドール卿。今日も奴隷をお求めに?」

「これはこれはリリアム卿。えぇ、今日は美少年の奴隷が出品されると聞きまして。是非とも手に入れたいと思い足を運んだ次第です」

「相変わらずご趣味が良いようで。おほほ……」


そんな会話をしながら歩いて行く二人の貴族らしき女性達。そんな二人を見てマリアがアイリスにだけ聞こえるようにして囁いた。


「ペリエドール卿と言えばヴィンフェリア王国の伯爵位を持つ大貴族です。隣を歩いている女性、リリアム卿はゴーンウォール皇国の子爵……」

「ふーん……奇妙なもんよね。別の国の貴族同士がここで仲良く並んで歩くなんてさ」

「ラインフィルという地では国の垣根を越えて交流する事が出来るのです。商人は勿論、各国の重鎮も訪れていますからね」


ラインフィルでは、国同士のいざこざなど存在しない。

ここに集まる者は全て対等の存在であり、地位も、名誉も、金も等しく塵芥ちりあくたと化すのだ。


……というのは建前である。

確かにこの地の支配者にとっては金銭や地位など価値のないものだが、ここに集う欲深き者達は地位と金のしがらみに取りつかれている。

そんな彼女達が興したこの地の文化は格差で溢れかえっていた。王侯貴族が豪勢な屋敷に住む一方で、奴隷達は虐げられ搾取されていた。

そしてそれを咎める者はこの地にはいない。ここは力を持つ者にとっては極楽であるが、力を持たぬ弱者にとっては地獄なのだ。


「どうやらあの御二人の目的は男奴隷のようですね」

「……ばっかみたい。金で男を買って何が楽しいんだか」


アイリスの言葉に、マリアは苦笑した。

アイリス・ノーヴァという人物には狡猾で、冷酷な面があるのは確かだ。だが、彼女は決して無慈悲ではない。むしろ、部下想いの良い主人だとマリアは思っている。


しかし、奥手だ。アイリスは自分の容姿が優れている事を自覚している。だが、男を前にすると何故か緊張して上手く喋れなくなってしまうのだ。

そのせいで未だに恋人を作った事がない。公爵という高位の爵位を持ちながら未だ処女というのもおかしな話ではあるが……。


それというのもこの世界は男女の比率が歪な上に、男女の価値観の相違もあるからだ。

この世界の常識として、男は女を恐怖の対象として捉えている。

理由は単純明快。女は力も魔力も強く、数も多く、自分達よりも遥かに強い生き物だからだ。

その為、男にとって女とは恐れるべき存在なのである。それは本能的なもので抗えないものだ。


故に幾らアイリスの外見が美しかろうが男は靡かないし、逆に怖がって近付こうとしない。

アイリスもアイリスで、男に拒絶されるのが怖くて自ら行動する事が出来なくなっている。

要は恋愛経験皆無。だが、無駄なプライドが邪魔をして金や権力を振り翳して男を無理やり自分の物にするというのはしたくない……。


アイリス・ノーヴァは純真であった。純真無垢な乙女であった。

彼女は相思相愛で、ラブラブな恋がしたいだけなのだ。


「奴隷の男なんか飼ってもそこに愛はないじゃない。理解に苦しむわ」

「お館様、未だに愛だの恋だの言っているのですか?そんなもの所詮は幻想ですよ」


男女の価値観が歪んでいるこの世界において、相思相愛なんて奇跡のような出来事なのだ。

それをアイリス・ノーヴァという人物は成人してもなお奇跡が存在していると信じている。


ラブラブイチャイチャは存在する、と……。


「そんなんだから『鉄処女』とかいう二つ名が付くんですよ」


未だに処女を護り通すアイリスに、世間は畏敬の念を込めて『鉄処女』という名誉か不名誉な分からない異名を彼女に付けていた。

帝国軍の最前線に常に身を置き、その身を盾にして仲間を守るその姿はまさに鉄壁。

アイリスは、その圧倒的な武力で帝国最強の戦士と呼ばれるまでになった。

公爵という立場にありながら。帝国最強の武勇を持ちながら。男にうつつを抜かさない女の中の女。

噂では処女を護り通す事で最強の力を得る誓いの魔法を発動させているとかなんとか…。


「次その二つ名言ったらぶっ殺すわよ」


だがアイリス本人はそんな二つ名を嫌がっていた。

アイリスが処女なのは別に誓いのルーンを結んでいるからでもなんでもない。ただ男に拒絶されるのが怖くて積極的に動けていないだけだ。


「はぁ…ノーヴァ公爵家のお世継ぎの御顔を見れるのは一体いつのことになるやら…」

「うっさいわね。姉妹の誰かが産んでくれるでしょ。それで我慢しなさいよ。私は愛のない男なんていらないから」

「そんな事を言っておりますが、お館様はただ単にヘタレなだけで実は男が欲しくて欲しくてたまらないのは私、マリアには分かっております。あぁ、お労しやお館様……。このまま処女のまま閉経を迎えてしまうのではないかと、マリアは心配です」

「マジで殺すわよアンタ」


そんな会話をする二人。暫くすると会場の照明が薄暗くなり、オークションが始まった。

ステージの上にスポットライトが当たる。そこにはタキシードを着た仮面の女の姿があった。

女は手に持つステッキを大袈裟な動作でくるくる回し、恭しく礼をする。


「淑女の皆々様方!本日はよくぞおいで下さいました!愛と欲望が集うオークションへようこそ!」


司会者らしき女の合図と共に、会場からは歓声が上がる。皆、これから行われるショーを期待しているようだ。

ここにいるのは皆、奴隷を求めにきた客達だ。奴隷を求める理由など様々だろうが、大抵ろくなものではない。

熱狂する会場とは対象的にアイリスは顔を顰める。


「逆らえない奴隷の男に性欲をぶつけるなんて情けない女共ね」

「逆らえない奴隷の男にすらビビって手を出せない何処かの公爵様よりはマシかと」


マリアの言葉にアイリスはキッと睨みつけるが、直ぐに溜め息を吐いた。

この毒舌メイドに何を言っても無駄だ。そう思いアイリスはステージに並べられる女の奴隷達を見る。


先ずは価値の低い女奴隷からのようだ。男と違い腕力に優れる女奴隷は肉体労働用である。

だが女なんて余ってるのだ。わざわざ高い金を払って買うまでもないし、それにアイリスは別に普通の奴隷を買いに来た訳ではない。


「エルフの奴隷は……まだ出てないようね」

「ここのオークションは大抵価値の高いものが最後に回されるようです。恐らくエルフは最後の方に出てくるでしょう」


それから二人はオークションを見続けていた。暫くして女奴隷の競売が終わり、次は男の奴隷が出品される。


「さぁ!宴もたけなわですが、そろそろ本日のメインイベント!この奴隷オークションの目玉達が登場だぁ!」


その瞬間、大歓声が会場に巻き起こった。続いてステージには複数の男奴隷が連れられてくる。

その男奴隷達は、どれも見目麗しい容姿をしており、身なりも整えられていた。

今までの女奴隷達とは扱いの違う彼等の存在こそが、この世界における男と女の価値の差を如実に表していた。


「ほら、お館様。選り取り見取りですよ。お一つ買っていきますか?」

「……買わないわよ」


マリアの言葉にアイリスはピクリと反応するが、それでも彼女は男を買うつもりはなかった。

男奴隷を買ったところでアイリスの望むような関係になれるとは限らない。更に拒絶されたらアイリスのガラスで出来た繊細なハートはズタズタになるに違いない。

『鉄処女』と呼ばれるアイリスはその二つ名とは裏腹に、意外にも打たれ弱い性格をしているのだ……。


「あの少年なんかどうですか?他の男奴隷と比べてかなり若いですが、なかなか整った顔立ちをしてますよ。きっと将来はイケメンになりますよ」

「え?どれどれ?…って買わないって言ってんだろうが殺すぞメスブタ」

「まぁ、オルゼオン帝国の公爵様がそんな口汚いことを仰るなんて……私、悲しゅうございます」


マリアの軽口にアイリスはうんざりとした表情を浮かべるが、再びステージに視線を向けた。

どうやら競りは白熱しているようだ。先程の女奴隷の時と違い、皆が必死になって値段を上げている。

そして、一人の女が一際大きな声を上げた。


「5000万!」


急に上がったその額に会場の視線が集まる。アイリスとマリアもその例に漏れず声の主の方へと首を向けた。


「げっ」


アイリスは思わずそんな言葉を漏らした。何故ならそこに立っていたのは、彼女がよく知る人物だったからだ。


「あの毒々しい紫の髪に…くっっそセンスのわりぃ喪服みたいなドレスに小じわを隠す厚化粧…イライザのババァじゃないのよ……」

「イライザ……あぁ、ファルツレイン侯ですか。彼女もここにいたのですね」


ファルツレイン侯爵イライザ。

ヴィンフェリア王国の大貴族であり、ノーヴァ公爵家…引いては帝国にとって因縁のある相手である。

美の侯爵と呼ばれる彼女であるがその実、軍人としての顔を持っており、多くの兵や騎士を抱える武闘派の急先鋒でもある。


この大陸の覇を競いあうヴィンフェリア王国とオルゼオン帝国は幾度となく大規模な衝突を繰り返してきた。

その度に稀代の策略家ファルツレイン侯爵率いる王国軍が帝国軍の前に立ちはだかり、何度も煮え湯を飲ませてくれたものだ。

彼女の手腕は見事の一言に尽きる。アイリスも何度、彼女に出し抜かれた事か…。

まぁ、この前の戦ではボコボコにしてやったけれども(主に精神面で)


「相変わらずのクソダサファッションだけど、まさかこんな所で会うなんてね。まぁ美少年侍らせてるって噂は聞いてるけど」

「お館様、お分かりだとは思いますがラインフィルで争いの類は……」

「分かってるわよ」


王国の貴族と帝国の貴族……。見事なまでに犬猿の仲である両国であるがそれでもラインフィルという地で争うことは決してない。

何故ならば一度流血沙汰の争いでも起きようものなら古代文明の守護者がたちまち現れて両者を殲滅してしまうからだ。

故にこの場では戦争など起きようがない。いや、起こしてはならないのだ。


「あぁもう最悪よ。よりによって一番会いたくない奴がいるだなんて……ん?」


いつの間にか男の奴隷の競りが終わってしまったようだ。しかし未だにアイリスの目的であるエルフの奴隷が出ていない。

もしかしてガセネタだったのだろうか?そう思い、アイリスが非難の目をマリアに向けようとした瞬間……。


「さぁっ!!次はいよいよ最後の奴隷です!男は男でも先程の奴隷達とは違い、本当に希少な存在!!」


きたっ!とアイリスは身を乗り出す。

遂に現れたのだ。彼女が探し求めていたエルフが。

だが、気になる言葉も聞こえてきたような?男は男でも……?聞き間違いだろうか。男のエルフなんて出品される訳が……。


「なんとなんとぉー!!なななんと!!その奴隷はなんと、あの美しい種族と名高いエルフの男子なのであります!」


その瞬間、アイリスの動きがピタリと止まった。

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