4.「じゃあ1000億で」
エリムはどんどんと釣り上がっていく自らの値段に呆然としていた。
彼女達の会話からして、どうやらここがオークション会場らしいというのは理解出来た。
……何故自分がこんな所にいるかは全く分からなかったが。
「……」
エリムはちらりと視界の女性を見る。
仮面とシルクハットを被った長身の女性だ。彼女はエリムに見られている事に気が付くと、彼を見返してにこりと微笑んだ。
女性にあまり免疫のないエリムは顔を赤らめ、慌てて顔を伏せる。
──先程この司会と思われる女性が言った言葉。
エリムがエルフの国の至宝やら、エリムを落札したらエルフの軍勢が攻め込んで来るやら、エリムが超強力な魔法を使えるやら……
彼には何一つ身に覚えが無かった。
しかし、一つだけ正しい事がある。
『ですが皆様!ご安心下さい!このエルフの少年はなんと女性に…延いては人間に敵意を持っておりません!その証拠に…』
『このように、彼はとても従順で可愛らしい子なのです』
司会の女性はそう言い、エリムの頭を撫でたのだ。
エリムは女性に撫でられるという事に慣れてはいないが、別に嫌いな訳ではない。むしろ好きな方だ。
だからこそ先程撫でられた時、驚きと同時に気持ちよさが押し寄せてきた。だからされるがままに彼女に撫でられたのだ。
人間に敵意などないし、女性に恐怖心なども持っていない。それは確かに正しい事であった。
そして自分が大人しく彼女に撫でられただけで、周囲の女性達が驚愕の表情を浮かべたのが分かった。
何故なのか。考えても分かる訳がないのだが、エリムは不思議でならなかった。
「……」
熱気に包まれ自分を競りにかけている女性達。異常極まりない状況。
しかし、エリムは何故だか胸のときめきがとまらなかった。
会場にいる女性達から香るいい匂い。そして自分を見る熱の籠った視線。
もしかして自分はこの状況に興奮しているのだろうか。
今までに無い感覚に戸惑いながらも、エリムは自分がただ値段が上がるのを聞いていた。
「50億!」
誰かがそう叫んだ。その瞬間、今まで騒いでいた女性達が一斉に黙った。そして声の主へ視線を向ける。
そこには紫色の長い髪を靡かせる美しい女性が佇んでいた。年齢は自分よりもかなり上ではあるのだが、その美貌はエルフと比べても遜色ない程に整っている。
そして彼女が着ている服は、他の女性達とは違って黒を基調としたドレスだった。その装いはまるで魔女のようで、そして妖艶さをも兼ね備えていた。
……後、エリムは彼女の大きな胸にも見惚れてしまっていた。この世界の男ではない彼は女性の胸に弱いのだ……。
「(綺麗な人だ……)」
エリムはその女性に目を奪われながらそう思った。
「さぁ!50億!きましたねぇー!何せエルフの美少年!しかも女に好意的!それ程の値が付くのは当然でしょう!!」
ファルツレイン侯爵は妖艶な笑みで周りを見渡し、静寂に包まれた会場を満足気に見渡していた。
不意に、彼女と目があった。
「(あっ…♡)」
彼女は熱を帯びた目でエリムを見ている。まるで一人のオスに発情するメスのような視線。
エリムは胸をときめかせながら、自然と笑みを浮かべていた。そして彼女ににこりと笑い、小さく手を振った。
すると彼女は目を見開き驚愕の表情を浮かべた。そしてそのままピクリとも動かなくなってしまった。
「(あ、あれ?なんか間違えた?)」
何故だか彼女を見ていると手を振りたくなってしまったので、本能に従い手を振ったのだが、彼女は氷のように固まり動かなくなってしまったのだ。
自分は何か間違えただろうか……そう思うエリムだったが、司会の女性は構わずに言葉を続ける。
「50億!他にはいませんか!?うーん、もう一声欲しいところですねぇ……。じゃあ、ここでとっておきの情報を公開しましょぉー!実はですねぇ、彼はなんと…まだ精通もしていないし、童貞なんです!つまり、この子はまだ誰の色に染まってもいない純白の存在という事ですよ!!女を知らない純粋な青年なのです!!」
「ぶっ……!!」
その瞬間、会場の雰囲気が一変した。女達は皆、ゴクリッと喉を鳴らし、生唾を飲み込んだ。
しかしそれと同時にエリムもまた顔を赤らめ、そして噴き出した
「(な、なんて事を言うんだこの人は!)」
まさか自分が童貞だとバラされるとは思ってもみなかったエリム。
恥ずかしさと少しの怒りで司会の女性を睨み付けるも彼女は涼し気な顔で言葉を紡ぎ続けている。
「まだ精も通っていない純真無垢なエルフ…。もしかしたら初めての精液を味わえるかも…?これはまたとないチャンスで…」
「55億!」
司会の台詞が終わる前に、自分の値段がまたもや釣り上がった事にきょとんとするエリム。
え?何故だ?と困惑するエリムであったが司会の女性はニヤリとほくそ笑む。
「チィ…余計な情報を……!いや嬉しい情報だけど……」
ファルツレイン侯爵は対照的に顔を歪め、舌打ちをした。だがすぐに手を上げ再び入札合戦に参加する。
「60億!」
しかしすぐさま別の女が名乗りを上げる。
「70億!」
「80億!」
次々と金額が上がっていく。
そして遂に100億の額を超えた。エリムは自分の値段に驚くと同時に、童貞にそんな価値があるのかなぁ、と疑問に思っていた。
そうして値段が釣り上がっていく中、ついに一人の女性が勝負に出た。
「ええぃ…!200億!200億じゃ!」
200億!一気に上がった値段に驚愕した人達が声の主を睨み付ける。
そこにいたのは、やはりファルツレイン侯爵。彼女は勝ち誇ったような顔で他の参加者を見渡し、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「さぁ、これで文句はあるまい?ほほほ…」
彼女の言葉に周りの女性達が歯軋りをする。
どうやら勝負は決まったようだ。
──200億……。
はたしてその金額がどのくらいのものなのかエリムには分からなかった。
通貨の単位も知らないし、そもそも何故種族も国も違うのに彼女達の言語が分かるかも理解出来ない。
しかしそれでもその数値がとんでもないという事だけは理解出来た。
「これでお主は妾のものじゃ…♡」
ファルツレイン侯爵は頬を赤く染めながらエリムを見ていた。まるで発情しているかのような獣の目つきだ。
エリムはそんな彼女の姿を見て、自身もまた身体が熱くなっている事に気付いた。
なんだろう、この迸る熱い気持ちは……。今までに感じた事のない興奮と熱気にエリムもまた、影響されているのだ。
「200億!!!もう誰もいませんね!?これが最後のチャンスですよ!?」
会場が一瞬静まり返る。
最早、誰も声を上げようとしない。静寂が辺りを支配し、このまま誰もがファルツレイン侯爵が落札するのだろうと予想していた。
だが、その瞬間である。
「500億」
白く、透き通った声が会場内に響き渡った。
その声の主は、会場の遥か後部に座っていた。美しい白銀の髪に真っ白なドレスを纏った女性。
年齢は恐らく20代前半といったところだろう。その容姿は美しく、見るものを虜にする程の魅力を放っていた。
まるで少女の様であり、それでいて大人の色気を兼ね備えた不思議な雰囲気を持つ美女。
その女性は会場の視線を一身に浴びながらも臆する事なく、ただ悠然と佇んでいた。
「ごっっ!?500億ゥー!?!?なんと、今!ここにきて!まさかの500億!!エルフの美少年ですからねぇー!そりゃあ、200億でも安すぎるでしょうよ!!」
司会の女の人がそう言うと、周りにいた女達が大きくどよめいた。
「嘘でしょう!?」
「ありえない!そんな馬鹿げた値段…」
周囲の女性達が500億を提示した女性を見る。その瞬間に、皆が口をつぐむ。
何故ならば、そこにいたのは絶世の美女だったからだ。
彼女は圧倒的な美貌を持っていた。その美しさは人間離れしており、神々しさすら感じさせる。そして、その瞳には何か特別な力を持っているかのように思わせる程の力が宿っているように見えた。
女ですら見惚れてしまうほどの美貌。それはまさに女神と呼ぶに相応しいものだった。
そしてエリムもまた、その女性に釘付けになっていた。こんな綺麗な人がいるのか、と。
「500億じゃと…?そ、そんな馬鹿な…!」
フィルツレイン侯爵がそう呟くと、会場の至る所から一斉に声が上がった。
「もしかして、あの人……!」
「えぇ……間違いないわ……!」
皆が口々に彼女を見て騒めく。すると、司会の女の人も感嘆の声を上げる。
「お、おぉーっと!!あの御方はァー!『鉄処女』ことアイリス・ノーヴァ様!!ここにきてオルゼオン帝国の公爵様が参戦だァー!!」
「ノーヴァ公…じゃと!?」
司会の言葉を聞いて、ファルツレイン侯爵が叫んだ。彼女は額に汗を浮かべ、アイリス・ノーヴァと呼ばれた女性を睨み付ける。
「ノーヴァ公…何故貴様がここに…!」
ファルツレイン侯爵が苦虫を噛み潰したような顔をする。対してノーヴァ公爵は涼しげな顔をするだけだ
エリムはというと、そんな二人のやり取りなど耳に入らず、急に現れた美しい女性の事しか考えられなくなっていた。
アイリス・ノーヴァ。それがあの女性の名前らしい。
なんて綺麗な人なんだろう。夜空に浮かぶ星のように煌めく白銀の髪。宝石のような輝きを放つ碧眼。肌は雪のように白く、触れれば溶けてしまいそうな程に繊細だ。
しかし、何よりも目を引くのはその肢体だ。胸は大きすぎず小さすぎず、ちょうどいい大きさで形も良い。腰はくびれており、尻は丸みを帯びている。太腿は肉付きが良く、そこから伸びる足はとても長く、スラリとしている。
彼女はまさしく完璧と言えるプロポーションをしていた。
ファルツレイン侯爵が妖艶な美魔女だとすればノーヴァ公爵は可憐な美の妖精だ。
「はぁ……♡」
エリムが彼女の事を見ていると、彼女と目が合った。その瞬間、自身の心臓がドクンッと跳ね上がるような感覚にエリムは襲われた。
「くそっ…!くそっ…!まさか帝国の奴に、しかも彼奴に邪魔をされるとは…!おのれぃ!」
ファルツレイン侯爵はそう言って立ち上がる。その顔は憤怒に染まっており、今にも爆発してしまいそうであった。
しかし彼女は立ち上がったままピタリと動きを止めてしまった。
「(……しかし500億は妾も簡単には出せぬ……。これ以上は一族の財に手を付けるしか……いや、しかしそれは流石に不味いような……?)」
エリムはそんな彼女を見て首を傾げる。
急に動きが止まったファルツレイン侯爵。一体どうしたというのか。
「……」
不意にファルツレイン侯爵とエリムの視線が交差する。
エリムは反射的にニコッと微笑んでしまった。
「(ま、まずいっ……!こ、これは……あの笑顔はまずいぞ……!なんと可愛らしいんじゃ!ああっ!愛しいのぅ!欲しいのぅ!今すぐ抱き締めたいのぅ!)」
頬を赤く染めて身体をプルプルと震わせるファルツレイン侯爵。その様子は明らかに普通ではない。
すると突然、ファルツレイン侯爵はキリッとした表情になり大声で叫んだ。
「うおおおっ!!600億じゃ!!600億出すぞ!!これで文句はあるまい!!」
彼女の言葉に会場が沸いた。
600億……。それは最早小さな国を買える程の金額であり、決して奴隷一人に付けられる値段ではない。
周囲の女性達は驚愕と畏怖の表情を浮かべ、華麗なる侯爵を見つめる。
「ファルツレイン侯イライザ様!ここで一気に値段を吊り上げましたァー!流石は美侯爵!美しいモノには金に糸目を付けぬ美の支配者だァー!!」
司会の女性が興奮気味に叫ぶ。歓声に沸く会場の中、ファルツレイン侯爵は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ふ、ふん…。500億程度では妾に敵わぬと知れ、ノーヴァ公よ」
「(わぁ……なんかよく分からないけどカッコいい……」
エリムは凛々しくも男前な雰囲気を出すファルツレイン侯爵を見てときめいていた。
しかしそれもつかの間。会場の後方にいたノーヴァ公が涼しい顔のまま前へと歩み出てくる。
その姿はまるで、氷の女王のように冷たく、そして気品に満ち溢れているように見えた。
会場が彼女の一挙手一投足に注目する中、彼女はゆっくりと歩みを進め、ファルツレイン侯爵の横に並ぶ。
そして、呟くように言った。
「じゃあ1000億で」
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