メリーゴーラウンド
kiumi
第1話
星はめぐる
くるくると まるで メリーゴーラウンドのように
一年後僕たちはまたこの星の下に戻る
そしていつも同じように見える星々の並びも
何百年、何千年のうちに目には見えない速度で移りゆく
気が付かないほどの速度で
僕たちはどうして
そんなにもおおざっぱで曖昧な空間の中で
狭く苦しいそれぞれの関係に 日々頭を悩ませて
皆と同じであろうとしてしまうのか
皆と 同じでなければならないと。
**********
「気を付け!!礼!!!」
「よろしくおねがいします!!!!!」
「はい、第二小学校六年生のみなさん、こんにちは。僕はこのミュージアムで学芸員をしている望月といいます。今日は縄文土器の作り方を学ぶワークショップということで、みなさんに粘土で楽しく体験してもらえたら嬉しいです」
秋の遠足シーズン。校外学習のしおりを手に持った小学生の団体のガイドをする。
館内の展示を見てもらったあとに今日は縄文土器についてのワークショップで、粘土で土器風の模様の付いたキーホルダーを作る体験をしてもらう。思い思いに粘土で模様を付け、加工したあとにそれが自分のものになる。
学芸員という名の雑用係の僕は、もうひとりの学芸員である館長と分担して
その材料の手配や指導をしている。
粘土での工作は人気のプログラムで、社会科見学シーズンは幼稚園や小学校で平日の予約がいっぱいになることもある。にこにこで体験したあと、休憩もできる会議室で
お母さんに作ってもらったお弁当を広げる瞬間がいちばん楽しそうだ。
不思議だなあとおもうことがある。
それぞれ学校も違うし、もちろん家だってお弁当の中身だって違うはずなのに、
会議室の外までわかる“お弁当のにおい”って、いつも必ず同じだ。
だいたい同じものが入るからなんだろうか。
大学を出てこの仕事をはじめて6年ほどたっているけれど、28歳になったそこそこベテランの今も、それはいまだに謎のままだ。
午前中の小学校の体験指導を終えて休憩になる。
バッグから出したのは、タッパーに詰めたごはんと、冷凍のからあげ。
それと職場の冷蔵庫にある鮭フレークと、ミネラルウオーター。
野菜が全くないことには気が付いているけれど時間もお金もないので諦めて、
差し入れでもらった野菜ジュースをサラダの代わりと思って自らを納得させる。
子供の頃から憧れていた学芸員の仕事は
内容がというよりも、職自体に世の中の需要が少なすぎて難易度が高い。
どこの科学館や博物館でも募集が入るのは数年に一度だったり、あってもパートの場合がほとんどだ。
就職活動中、もう全国どこでもいいからと探し回った結果
自宅から片道二時間以上もかかる郊外のこの小さなミュージアムの募集を見つけた。
「望月くん」
「はい」
「これ、妻の実家で採れたから良かったら」
館長が紙袋に入った美味しそうな梨を見せてくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
「うん。たくさん送って来てくれて。梨は日持ちしないからどんどん食べて」
時と暦のミュージアムという名前のこの小さな博物館は
そんなに全国的ではないにせよこの土地で古墳や遺跡が見つかったことがきっかけでできた市の施設だ。ここで発掘された土器や県内の貝塚の復元、もうすこし時代が進んで戦国時代の生活品、江戸の天文学に昭和のくらし。
いろんな時代の暮らしや季節、暦について展示があって、それぞれの時代の知識がなくてはならない。
館長なんかは俺は一番の得意分野は昭和だな、このレトロな扇風機なんか俺の実家から持ってきたもんだからと笑っている。展示されている扇風機のことは本当の話ではあるけれど謙遜だ。定年退職まであと数年の館長は大学時代から研究の為にあちこちの遺跡を掘っていたらしく、研究者として大学に勤務していたころの著作もある。今でもテレビのクイズ番組から監修の依頼が来たりと精力的に活動していて、昼食を済ませたあとは近隣の大学まで出張講座の展示品を搬入に行くそうだ。
白髪交じりの髪に日焼けした肌、白いポロシャツ姿で大盛りのお弁当を食べる。
20代後半の僕よりも遥かに男らしく若々しい。
一人暮らしで、家まで片道2時間半からバスの時間によっては3時間。
5つもいただいた梨は思いのほかずしりと重たいけれど
節約の身には貴重な果物なのでありがたく紙袋で持ち帰る。
今年の夏も暑かった。
内陸のこの地域は海風もなく38℃、39℃という最高気温にうんざりするだけで耐える以外に特段手立てはなく、海や山やバーベキューというタイプでもないから
ただただ消耗するだけの日々だった。
まだまだ暑い9月、すこしは夕方に秋の気配を感じるようになって安心している。
残業もない夕方の5時半、私鉄の下り線ホーム。
会社員、高校生、それぞれがそれぞれの制服から開放されるために家に向かう。
少しの遅延があったらしく、数分遅れて到着した電車はすでに満員だった。
車両のドアが開いてどっと人間があふれ、大声で誘導する駅員の声が響く中
暑さと混雑と遅延で機嫌の悪い顔をしたひとたちがあわただしく移動する。
ひとよりもどんくさい自分は避けていたつもりでも降りてきたひとのバッグや肩がどんどんとぶつかる。僕の持つ紙袋がぶつかってがさりと音を立てる。せっかくいただいた梨を傷つけたくなくて抱えるようにして姿勢を変えた。
この電車に乗れなければ次に来たやつに乗ろうか、そう思って周囲を見渡すと
隣の車両のドアの前も同じように人であふれていて、転んでしまったのだろうか、一人の女性がしゃがんで足をおさえているのが見えた。
「2番線発車します、無理な駆け込み乗車はおやめください」
「遅延によりご迷惑をおかけしております、次の電車をお待ちください」
アナウンスの声、心細そうな小学生、杖をついたまま諦めるおばあさん。
ぎゅうぎゅうの電車はなんとか人間を詰め込んで生ぬるい風と共に行ってしまい、ホームには諦めて乗れなかった人だけが残された。
なんとなく、なんだかいつもこんな人生だ、と、空を見てぼんやりと思う。
杖のおばあさんはゆったりとベンチに座り、
習い事だろうか、ジャージを着てリュックを背負った小学生はポケットから子供用スマホでどこかに電話をかけた。
僕は転んでしゃがんだままの女性の近くに行って
「大丈夫ですか」と声をかけた。
長い髪は明るめの茶色で、淡いベージュ色のニットのカーディガンに白のスカート。
貧血?足をくじいた?駅員さんを呼ぼうかと思っていると、その女性がふわりと顔を上げた。
「ありがとうございます、ちょっとバランスを崩して…大丈夫です」
「あ、でも、靴、壊れてますよ……」
見るとハイヒールの靴が折れてしまって、歩ける状態ではなさそうだった。
「あ、ほんとだ…」
「怪我はないですか?このままじゃ歩けないですよね、駅員さん…」
こういうのって、ボンドとかで直るのだろうか、駅になら置いてある?
一瞬のうちに考えを巡らせていると
「…望月くん?」
しゃがんだままの女性に、そう、間違いなく自分の名前を呼ばれた。
「……え、」
女性のほうを振り向く。
申し訳ないけれど記憶にないひとだった。
「…あ、やっぱり望月くんだ」
ふわりと微笑まれても、まったく思い出せなくて。
そしてなんというか、中性的なひとだなと、ぼんやりと感じて。
思い出せない、こまったなあ、と思っていると
「ああ、困らせてごめんね、わたし、橘幸也」
「たちばなゆきや……え、たちばなゆきやって、ゆきやくん?」
「うん。中学生ぶり?かな、そっちは変わってないね」
よいしょ、とささやきながら立ち上がった
中学校のときの同級生の男の子は
ひらりとした綺麗なスカートで、夕焼けを背にしてきらきら光って
長い髪を風でゆらして、
神話の女神みたいにオーラを放ちながら微笑んで。
2番線、列車が到着します、
黄色い線の内側に………
うるさいはずのホームのアナウンスが、ずいぶんと、遠くに感じて。
つづく
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