かつてママだったボクの今

望月しらす

第1話 班決め


姫宮時雨ひめみやしぐれです。趣味は散歩です。よろしくお願いします』


 無難な自己紹介。まばらな拍手。その後、案の定友達はできなかった。


 心底似合ってない黒縁メガネに、男子にしては長すぎるミディアムショートの髪。前髪も目にかかり気味で陰気な印象を与えるだろう。

 加えて中世的な声は頼りがいゼロで、いろんな要素が全体的に残念な感じだ。

 自分でもそう思っている。


 5月の初頭にある体育祭は友達づくりの場として機能するものであったが、やる気のない人たちが集まりがちな競技を選んだからか、成果はお察しの通り。


 夏休みが明け、プールや文化祭が終わった今現在、たまにちょろっと話す程度の知り合いは流石にできたが、結局のところ知り合い止まりだ。


 そして今、4月に大雨で中止になった一泊二日の課外学習を今更やるらしく、必然と班や部屋のメンバーを決定する時間が訪れている。


 もう今年は大したイベントがないぞーと喜んでいたところにこれだ。世界はもうちょっとボクに優しくしてくれてもいいと思う。


 まぁ、あまり物としてどこかの班にお邪魔させていただきますかねーと考えて、ぼーっと過ごすことに決めた。


 自分から動いて嫌な顔されるよりかは、どっちも仕方ない状況で嫌な顔される方がWin-Winな感じがしていい。……Lose-Loseだろという指摘は受け付けないつもりだ。


 そんなこんなでぼーっとしていると、思いもよらぬ所から声がかかった。


「ね、姫宮くん。ウチの班に来ない?」


 話しかけてきたのは同じクラスの飯田沙耶香いいださやかだった。


 放送部で何曜日か忘れたが、どこかの曜日のお昼の放送を担当していた気がする。


 普段でも放送でも喋りが上手な女の子だ。


 そんな飯田さんとボクに接点は言うまでもなくない。

 そんなところから話しかけられたので、思わず首を傾げてしまうのは仕方ないだろう。


「ほら、姫宮くんって料理得意じゃん? ウチら女子力マジでないから居てくれるとすっごい助かるっていうか」


「ああ、なるほど」


 以前家庭科の調理実習で自分以外の班員が料理がてんでだめ、なんてことがあった。

 ボクがサポートに回ってなんとか無事に終わったが、その時の班員に飯田さんもいた気がする。


 今回は班行動の際にカレーを作るという調理イベントがあるから、料理のできる知り合いとしてボクが呼ばれたのであろう。


 まぁそういうことなら、と返事を返して、班決めが無事に済んだことに安堵した。




 ***




 小学2年生の頃、時雨は母を失った。大切な人を失うことは、大人でも耐え難いことだ。

 まだ幼く、加えてお母さんっ子だった時雨にそれを受け入れろというのは酷な話だろう。


 絶望し、塞ぎ込んで、学校にも行かなくなった時雨。小学2年生にして引きこもりの道を歩み始めた。


 それから1ヶ月ほどたったある日のこと。一人で仕事も家事も子育ても全部やる、ということは時雨の父には不可能で、時雨は隣家の鹿島家でお世話になっていた。


 そんな中で間違いなく、時雨の人生が変わった出来事があった。


 時雨の精神状態も少しだけ落ち着いたのか、周りに目を向けられるようになってきた時分の夜中のことだ。


 泣き声が聞こえた。幼い泣き声だ。


 目が覚めてしまった時雨は、気まぐれにその泣声の在処へと、そろりそろりと向かった。


 扉をゆっくり開けて、中に入る。


 そこには、中年の女性と一歳ぐらいの子供がいた。


 女性は、鹿島美代子かじまみよこさん。

 もう一人は……と考えて時雨は気づく。


 母が亡くなってから塞ぎ込んですっかり忘れてしまっていたが、時雨には弟がいる。


 その子の名前は、姫宮雨音ひめみやあまね

 今、目の前にいる子供がそうで、雨音もまた、母を失った子だった。


 懸命に雨音をあやす美代子に勇気を出して話を聞くと、夜泣きが多いらしい。


 どれだけあやしても『ママ、ママ』ともういない母を呼んでいるそうだ。


 時雨は悟った。まだ幼いこの子には、母が既にいないことすら分からないのだ。


 呆然として時雨が佇んでいると、ふと雨音と目があった。


 その瞬間、いままでの様子が嘘かのように雨音が泣き止む。そしてこう言うのだ。


「ママ!」


 打って変わって満面の笑みを見せる雨音。母親に似た時雨を母と勘違いしているのだろうか。


 しかしその時、時雨の思考は思いもよらぬ方向へ飛躍した。


 ーーボクが、この子のママにならないと


 母の愛情をたっぷりと受けて育った時雨。その母を失って絶望していたが、この子は母の愛を知らずに生きて行くのか。


 美代子さんを母として認めず、夜泣きを続けていた雨音。しかし、時雨を母と認めた。


 なら、いまボクにできることは……そう考えた時、時雨は雨音の母となることを決意したのだ。


 それからの時雨はまるで引きこもっていなかったかのように、快活で頼れる『ママ』となっていった。


 髪を伸ばし、服も女の子のものを着るように。時雨の父や美代子は時雨がそれで元気になるなら、と容認することにした。


 美代子に料理を含めた家事全般を教わり、トライアンドエラーを繰り返しながら少しずつ覚えていく。


 時雨にも笑顔が戻り、誰もが平穏な日常が戻ってきたと思っていた。


 ……時雨が自殺未遂を起こすまでは。




ーーーーーーーーーーーーー




今回U-24杯に参加することにしました。

作者の望月しらすです!


まともな経験がない作者ですが、今回をきっかけに色んなイベントに挑戦していこうと思っています!


せっかくのチャレンジなので現在執筆中のムチムチとは作風などもガラリと変えてみました!


まだ青い作者ですが、応援してやるかと思ったら♡を押してやって下さい!


対戦よろしくお願いします!

















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