86 先輩と後輩
それから夜杜は嬉々として昴大のことを語りだした。
「風見先輩は柏木の皆から尊敬される人だったんですよ」
「確かに昴大は優しくて頭も良いもんね!」
千鶴は気がついていないようだが、恐らく昴大は元ヤンキーだ。
雄太郎から聞いてはいた。柏木第九中学には、柏木をまとめる番長がいたことを。
その番長は争いを好まず、喧嘩に一般人を巻き込むことを固く禁じていたそうだ。
今聞いた夜杜の言う、昴大の中学時代の人物像と一致する。
「喧嘩両成敗って言葉が好きで……」
「ねえ夜杜くん」
「はい凪姐さん」
「昴大が番長だったんでしょ?柏木の」
「……はい」
夜杜は小さく頷いた。声も心做しか先ほどより小さくなっているように思える。
「さっき先輩に言われたんですけど……自分が番長だったことは3人には隠してくれって」
「いや分かるよ」
「ウチは全然気がつかなかった……」
「別に私は何とも思わないけどね。凄いなーってくらい。多分昴大が気にしてるのってその辺でしょ?」
「そうだと思います」
「なら大丈夫。私ら、昴大と一年付き合いあるし」
凪がそう言うと、夜杜は笑って言った。
「先輩のこと、これからよろしくお願いします」
笑ったその表情は、どこか寂しそうにも見えた。
しばらくして、凪の教室に昴大が戻ってきた。
凪と昴大は今年も同じクラスでE組で、千鶴はD組、雄太郎はJ組だ。
「夜杜くん、いい子だね」
「うん。僕にも優しく接してくれる……いい後輩だよ」
「たまには構ってあげなよ、あんな子がいるんだから」
「……そうだね」
昴大の言葉の間が気にはなったが、あまり気にしないことにした。
今年も出席番号が前後になった二人は現在席が近いのだが、何故か凪には昴大との距離が遠く感じられた。
「……僕のこと、夜杜から何か聞いた?」
「番長なんでしょ?夜杜が言ってたわけじゃないけど、なんとなーく察した」
「そっか」
昴大は鞄から数学Ⅱの問題集を出すと、机の上に広げた。しかし、筆箱がなかったことから、勉強する気はないのだろう。
「僕は、柏木のルールを背負う人間だったんだ。どうしてそうなったのかははっきり僕にも分かってないけれど、とにかくそうなんだ。そんな僕を支えてくれたのは、夜杜だった」
「へー。やっぱあの子、腹心的な存在だったんだね」
「そう、なんだけど」
昴大は声のトーンを落として言った。
「僕、夜杜が来たとき、嫌な顔しちゃったんだよね」
「そりゃまたどうして?」
「凪たちに僕が番長だったことが知られてしまうって反射的に思ったんだ。3人を信頼してないわけじゃないけど、それで見る目が変わってしまったらどうしようって、頭の中そればっかりだった。夜杜は僕と久しぶりに会えたことを喜んでくれたのに、僕はそうじゃなかった」
昴大は椅子に座ったまま数学のノートを見つめた。そこには凪も解けない問題がズラッと並んでいて、昴大は全て正解していた。凪はそんな昴大を見て、続けた。
「まあ仕方がないと思うけど。私でもそうなるから」
「……夜杜、悲しそうな顔してたな」
「そんなに露骨にやっちゃったんだ……」
凪は考えた。このまま二人が疎遠になるのは良くない気もするが、凪が首を突っ込むような問題でもない。だが一応、声だけは掛けておく。
「とりあえず謝ったら?」
「え?」
「迷うより先に行動しないと駄目でしょ。ほら、後で行ってきな」
「でも……」
「嫌なら私が連れて行くけど?」
凪が冗談半分で言うと、昴大は頷いた。
「……行くよ。僕、昼休み謝りに行ってくる」
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