神風の子

白原 糸

序章 願わくは、いま一度

序章 願わくは、いま一度

 どこまでも続くような澄み渡る空に、ふたつの〈〉が並んでいる。ひとつは本物の〈日〉で、もうひとつは、にせものの〈日〉だ。ふたつの〈日〉はゆっくりと、溶けあうように重なろうとしている。

 その様子を見ているのは、この国の軍人である屋隈やくま治正はるまさだった。右手には墨色の国旗を持ち、もう片方の手には美しい装飾を施した鏡を持ち、空にかざしていた。目をいためないように特殊な鏡を通して、ふたつ重なる〈日〉を見つめているのだ。やがて、ふたつの〈日〉が重なろうとするとき、屋隈は鏡越しの空から目を離して、三人の友を見つめた。

 三人の友は屋隈と同じように旗を手にしていた。四人はたがいに顔を見あわせると、それぞれの位置に円を描くように並んだ。

「始めよう」

 屋隈が声をかけると、三人はどこか悲しそうな笑顔を浮かべた。そうして彼らはなにも言わずにそれぞれの旗を握りしめた。まるで祈りをこめるような力強さだった。

 今日、彼らは禁忌を破る。禁忌であることを理解しながらも、何度も話し合い、死んだ友を〈常世とこよくに〉から呼び寄せると決めたのだ。

 死んだ人は生き返らない。それならば魂だけでも、会いたい、と彼らは望んだ。しかし、魂を呼び寄せることは大罪である。大罪であることを分かったうえで彼らは禁忌を破ることを決めたのだ。

 今日のこの日が来ることを、四人は待ち望んでいた。定位置についた四人はそれぞれにうなずくと、背を向けて旗を空高く掲げ持った。墨色の国旗が青空にふわ、と浮かんで国の紋様がきらりとひかる。

 屋隈は目の前の塔を見た。

 二重の金環の上に放射状の光の筋を重ねた紋様が塔の壁に刻まれている。墨色の国旗と同じ紋様を前に屋隈は奥歯をかみしめた。

 次の瞬間、空が一瞬にして真っ黒になった。真っ黒になった空に、ひとつになった〈日〉が浮かんでいる。

「〈日〉が重なった」

 屋隈は続けて、〈魂呼たましいよび〉の口上を唱えた。

「〈常世の国〉から〈たましい〉来たりて風よ、吹き渡れ」

 すると、背後から静かな風の音がして、旗が風をはらんで広がった。それは静かに訪れた成就の証だった。願いは叶った。その場にいた誰もがそう思っていた。

 しかし、次の瞬間、足元から突風と共に白い花びらが舞いあがり、旗をもぎ取るようにさらっていった。

 手から離れた旗は真っ黒な空に吸いこまれた。墨色の旗が空に吸いこまれる様子を四人は、ぼうぜんと見あげていた。

「なに、これ」

 背後で死んだ友の声が聞こえる。

 なのに、違う。四人はそれぞれに、ふり返った。

 円のまんなかに立つ人は、同じ顔をしている、別人だった。

 短い髪、この国のものではない〈異世いせくに〉の服を着たその人は、明らかにまだ、幼い顔立ちをしていた。それでも、あまりにも死んだ友に似ているその顔を、四人は無言で見ることしかできなかった。

 その人は、ぼうぜんと立ちつくし、こちらを見ている。

 その目には警戒を色濃く宿し、険しい表情で屋隈を見つめていた。端整で冷たい表情をくずさぬその人は、死んだ友ではないことを告げていた。

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