最強キヨちゃん異世界成り上がり伝説
神楽ゆう
プロローグ
「暇だ……」
暇。何もすることがない。
現代社会においてはあり得ないはずの状態である。情報はあり過ぎるほどにありふれ、得ようと思えば知識を得られる。簡単に娯楽に触れられるはずなのに暇であった。
それも全てはこの部屋が悪い。
鏡花は自身を閉じ込める小さな箱庭を確認する。全てが白で統一された生活感のない部屋だ。
治療室。今もなお自身の寿命を削っている『不治の病』というやつの進行を遅らせるために、両親が大金をはたいて入院させてくれた最先端の治療を受けられる部屋である。
「はぁ……」
命を繋いでくれていることには感謝はしている。だが、いかんせん持ち込み可能なものも限られている上に、面会をするのにも様々な手続きが必要というのにはどうかと思う。
命と娯楽どちらが大切かと問われれば、もちろん命だと即答はするが、十六歳の遊び盛りに娯楽がないのはしんどいものがあるのも事実だった。
『堺乃さん。落ち着いて聞いてください』
そんな言葉で始まった終わりの見えない入院生活。しかも現代医学では治せない未知の病気で、あと十年も生きられないという宣告つきだ。進行が進むと指一本動かせなくなり、いつかは死ぬとかなんとか。
そこから更に外出禁止、面会禁止、挙句に娯楽もほぼ禁止となれば、何のために生きているのかという疑問すら浮かんでくるのは当たり前のことじゃないだろうか。
長々と語ったが、つまり何が言いたいのかと言うと。
「暇すぎて死ねる」
この一言に尽きるのである。
堺乃鏡花は暇であった。いつ死ぬかも分からないのに、暇を持て余しているのである。やりたいことを我慢し、ただ生きる為に息をすることのなんたる苦痛か。
『したいこと 山ほどあるのに できずに死ぬ』ルール無視の句を詠むほどに暇だった。
「……はぁ」
心の底からのため息だった。
虚しい。楽しくない。そんな想いが混ざって吐き出された。
と、そんな堺乃鏡花の娯楽のない日常は突然終わりを告げることとなる。
『……そんなに暇ならワシと契約しないかい?』
瞬きの刹那、寝転がったベットの上。
正しく、ベットの上にそれは現れた。
「……は?」
変わらぬ日常。変わらぬ景色。
そこに見知らぬ老翁がいた。
見るからに人の良さそうなお爺さんではあるが、一点だけ無視できない点がある。
「小さなお爺さんが浮いてる!?」
掌サイズのお爺さんの登場に驚きを隠すことはできなかった。
暇だ、暇だとは言ってはいたが、お化けなどの怪奇現象や幻覚はお呼びじゃないのだ。
『ふぉっふぉっふぉ。そう慌てるでない、何もとって食おうというのではない』
その優しそうな微笑みが怖い。
というか、存在そのものが未知すぎる。
だが推測など無意味。会話が出来るのなら質問をすればいいのだ。
「……すみません、貴方は?」
『察しが悪い子じゃなぁ。ほら今どきのねっと小説ちゅうやつによく出てくるのがおるじゃろうてアレじゃよ』
ネット小説?ああ、一時期流行っていた異世界転生とかってやつか。
娯楽が禁止される前に唯一の友達に勧められて読んでいたことを思い出した。
となると、アレと言われて該当するのは一つだった。
「なるほど、つまり貴方が神様なんですね!すげー!!」
神様がいるのならと願い続けてから六年。
ついに我が身を救う救済者が降臨なされたのか。不治の病に苛まれる幼気な少女を救いもしない神など信じるものかと思っていたが、目の前にいるのなら前言撤回だ。
もう今から信じよう。盲目的なまでに信仰してもいい。我は今から狂信者となろう。
「それで神様は私を救いに来てくださったというわけでしょうか!」
こんな病室に態々神様が降臨したということは、期待してもいいに違いない。
寧ろ、それ以外の理由で神様が姿を見せるわけがないし。
鏡花は物怖じせずに問いかけると、神様は笑顔のまま答える。
『残念ながらお主を救いにきたのではないよ。神はこの世の理に干渉することはない。つまり、残念ながら堺乃鏡花はここで死ぬ』
唐突に神は死んだ。あと自分も死ぬことが確定した。
嘘じゃん。え、死の宣告だけしにきたの。それ死神ってやつじゃない?
期待させるだけさせて、貴方は死にます宣言とか鬼畜すぎるんだけれど。
『そう答えを焦るんじゃない。じゃからまずは最初の問いに戻ろうか。そんなに暇ならワシと契約しないか?』
そうだった。突然の神降臨に忘れていたが、そんな問いかけをされていたのだった。
死ぬことは確定です。けど契約をしたら救いますよとかいう話の流れだ。
どの道何もしなかったら死ぬのだから、ここで話を聞かない選択肢などない。
「わかりました!契約しましょう!」
『……ワシが言えた義理ではないけどさ、もっと悩んだり、話を聞いてから決断した方がいいんじゃないか?』
「どうせ何もしなかったら死ぬんですよ?ならもう怖いものなんてあるわけないじゃないですか。もし生きられる可能性があるのなら、神様でも悪魔とでも手を組みますよ私は」
『ふぉっふぉっふぉっ!実に豪胆!その気概気に入ったぞ!!』
神様大爆笑である。
ここまで笑ってくれるのは記憶にある限り笑いのツボが浅い母くらいだ。
『……はぁ、久しぶりに笑っちゃったよ。契約してくれるというなら話は早い。ただその前に少し説明をしようじゃないか。ワシら神の役割は世界を継続させること、輪廻を守護することにある。そのことを前提としてじゃが』
唐突に語られた話を要約すると。
神々が創造した無数にある世界の中の一つに『魔神』と呼ばれる存在が生まれたのだそうだ。
元々はただの人間だったが、どういうわけか神の領域に至ろうとしている。
魔神の目的は全ての破壊、つまるところ無数にある世界全ての危機が迫っているとのことだった。
よくあるテンプレの話ではあるが、それと病気で死ぬ少女とどんな関係があるのか。
『お主にその魔神の討伐を任せたいんじゃ』
「何言ってんだこの人」
確かに死にたくないとは思っているし、暇で死にそうとも言った。どうせ死ぬのなら神だろうと悪魔だろうと手を組むとも言った。
だからといって、世界の危機を救済する英雄になりたいとは言っていない。
「そんなもん、病気で死にかけの少女に丸投げする案件じゃないのでは」
入院する以前は『才色兼備のキヨ』という二つ名を持ってはいたが、世界規模でいうと堺乃鏡花は『普通の少女』の域を出ない。
あくまで見た目が他者よりも優れ、様々なことを器用にこなせる程度の人間なのだ。
もちろん世界の危機だとかと言われたら、何かしないといけないくらいには思う。
誰かが困っていたら手を差し伸べるくらいのことは当たり前にするだろう。
だが、矢面に立って世界を救済しろなんてのは無理難題を超えてしまっている。
『ふむ、そうかのぉ。一番お主が【魔神】を殺せる可能性があると思ったんじゃがなぁ』
「……こちら病死一歩手前の普通の少女なんですが。そのソースはどこから?」
『ワシの勘?』
これだからアナログ世代は困るのだ。
勘で戦地へ赴かされるなんて絶対にノーだ。
だが、一つだけ確認しておこうじゃないか。
「その勘を信じるかは後で決めるとして。もし私が断ったらどうなるの?」
『お主は今までと同じようにこの部屋で暮らして、いずれ病死することになるだけじゃ。そして、その魂は再び輪廻に還ることになる』
「じゃあ、もし引き受けたら?」
『お主にはワシの力を与え、そのまま別世界に行ってもらい【魔神】と闘うこととなる。もちろんワシの力を使えば、お主の病魔など容易く屠れるじゃろうな』
つまり断れば病死。引き受けたら、ワンチャン魔神に勝てる上に生き残るチャンスがあると。
「……実質一択じゃんか」
『暇じゃって言ってたし、やるだけやってみればいいのじゃないか?何も成さずに死ぬより、何か成そうとして死んだ方が有意義じゃと思うが』
神様の言葉とは思えない発言である。
「そんな軽いノリでいいんですか?一応世界の危機とかって話じゃ」
『魔神といっても神の領域に足を踏み入れそうというだけの存在よ。ワシら本物の神からすればどうとでもなるほど脆弱な者じゃ。簡単に言うと、デコピンで消し飛ばせる。じゃけど、念には念を入れておかねばと思ってな』
「なるほど。神様が本気を出せば解決はできるけど、もし万が一があったらいけないから保険として先に手を打っておくと」
万が一を消す為に行動することは正しい判断だ。だが一点だけ判断ミスがあるとすれば、人選だけだろう。
「うーん、そうだ。もし魔神を討伐できたら報酬が出たり?」
正直、病気が治って生きられるだけでも十分かなとは思うが。貰えるものがあるのなら、やる気も出るかもしれないので聞くだけ聞いてみることにした。
今の時代女の子にはしたたかさは必要らしいし。
『ふぉふぉっふぉ。お主のような欲望に素直な子は好きじゃよ。そうじゃな、魔神を討伐した暁には【なんでも一つ願いを叶えよう】』
なんでも一つ願いを叶える。
神様が言うのだ。本当に何でもいいのか。
『もちろん、お主が魔神を討伐し終えたら、元の世界に戻るのは願いには含まない。他に願いがあるのなら叶えよう』
少し考える。
何も生身で魔神と闘えという話ではない。
神様の力を与えてもらってから、魔神と闘うことになるという話だった。
なら、今回の話は堺乃鏡花にとって悪い話ではない。そもそも死ぬだけだった人生に、少しでも生き残れる可能性があるのだ。
それに飛びつかないのは自殺するのと同義なのだ。
だから、正直な話をすると考える必要はなかった。答えはすでに決まっているから。これはただの確認作業に過ぎない。
「……分かりました。魔神討伐、この堺乃鏡花が引き受けましょう」
どうせ何もしなかったら死ぬのだ。
神様の言うとおり、やれることやって死んだ方が有意義だし、何よりも。
(この地獄にいるより楽しそうだ)
何もない部屋で何も成さずにくたばるのなら、やれることをやってくたばりたい。
『ふむ、覚悟は決まったようじゃな。ならば、異世界への扉を開こう』
そう言うと、部屋の真ん中に魔法陣が現れ、純白の扉が出現した。
「すごっ」
『この扉を渡るとお主の身体は作り替えられる。そして、ワシのチカラを宿すことになる』
「ふぇー、なんか凄そう。あ、その神様のチカラってのは何を貰えるんですか?」
『それはお主の適性によるよ。前に与えた者は二つ宿っておったな。なんじゃったか、確か【全魔法の適正】と【魔法の威力10倍】じゃったかな。その者は魔法を極めて大賢者と言わておったよ』
魔法という言葉に鏡花はワクワクする。
異世界だから魔法とかも存在するし、他にもファンタジーなものがあってもおかしくない。それに貰える力も聞いた感じでは、色々な種類があるようだ。
「なんかガチャみたいですね!じゃあ、もしかしたら大量にチカラを貰えることもあり得るんですか?」
『そうじゃな。ワシの見立てではお主には最低でも三つはチカラが宿るじゃろうな。その内容まではわからぬが』
「ほうほう!それは楽しみが増えました!」
運には自信はないがドキドキする。
少しのサプライズも旅には必要だし、能力は楽しみにとっておこう。
鏡花は扉を開き、一歩踏み出す前に。
「そういえば、行く世界のこととか聞いてなかったんですけど」
『よくある王道ふぁんたじー世界じゃと考えてくれればよいよ。そうじゃな、世界の知識も身体を再構築した際に付与しておこう』
「おー!それは助かります!」
確認したいことの答えも貰えたので、鏡花はワクワクしながら一歩前に進んだ。
すると全身を淡い光が包み始めた。
「それじゃあ、神様行ってきますね!」
緊張か、楽しいからか心臓がドクドクと脈を打つ。久しぶりに『生きている』と感じる。 『楽しい』と感じる。
『うむ、検討を祈っておるぞ』
その言葉を聞いた直後、鏡花の姿は光となって消えてしまったのだった。
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