第45話 胸の引っ掛かり

 今朝からあの感触を何度も思い返しては、そのたびに心臓が爆発しそうになる。

 沙耶からおやすみのチュー……夢じゃないよな? おやすみどころか、むしろ眼がギンッギンに冴えて一睡もできなかったし。


「おにーちゃーん。もーすぐはじまる?」


 隣に座る妹の清蘭が、足をパタパタさせながら、期待に満ちた瞳で尋ねた。

 そうだ、いまはマジカルフロッピーのライブに集中しないと。いったん昨日のことは脇に置こう。


「あと10分くらいかな」

「やった! はやくおうたききたいなー」


 にっこにこな清蘭の顔が見られてお兄ちゃんは嬉しいよ。最近はたっくんの話ばかりだったし……ありがとう双葉。


 座席は真ん中より少し前。大人がやや多いので、清蘭がちゃんと見られるか心配だけれど、そこはマジフロを愛する紳士淑女の皆さんを信じたい。


「そーいえばおにーちゃん。きのうのおとまりデートたのしかった?」

「え? あぁ、うん。それなりに。……なんで清蘭、デートだって知ってるの?」

「だっておにいちゃん、しらないおんなのひとのにおいしたもん」

「ま、まじか」


 相変わらず清蘭の鼻が良すぎて怖い。そのうち「あれ、おにいちゃん。きょうはちがうおんなのひとのにおいだね」とか言われて修羅場になりそう。お、俺は浮気なんてしないけどね? 絶対に……。


「おとまりってたのしいよねー。せーらもこのまえたっくんとおとまりしたんだよ」

「待ってそれお兄ちゃん聞いてない」

「おにーちゃんがはこだていってたときね、おかーさんといっしょにたっくんのおうちいったんだ」

「それなら……まあいいか」


 親の目があれば、さすがに双葉拓斗も変なことはしないだろうし。

 ……けど見方を変えればこれ、親公認の関係ということにならないか? ヤダ! 世界中のみんなが認めても、俺だけは清蘭に彼氏なんて絶対認めないもん。


「おにいちゃん、はじまるよ!」

「おお……!」


 徐々に暗転する会場。鎮まる客席。

 やがて、ステージにスポットが当たり──ライブが始まった。

 


「――たのしかったね、おにいちゃん」

「楽しかったね。すっごく」


 キャラソン含む全20曲。最高のライブだった……アンコールでed曲の「Magical☆Chorus」が流れた時なんか、感極まって俺ちょっと泣いちゃったもん。

 周りに立ち上がるような人もおらず、清蘭もちゃんとライブが観れたのもよかった。やっぱりマジカルフロッピーはファンも含めて最高のコンテンツ。


「またいこうね!」

「うん! いこうね」


 清蘭に次のデートにも誘われちゃった! えへへ、嬉しいなぁ。

 何より宇宙一可愛い清蘭の笑顔が見られたのが幸せで……最高の1日だわ。


「――きよくん!」


 ……えっ?

 振り返ると、そこにいたのは。


「さ、沙耶!? なんでここに」

「ごめんねきよくん。寂しくて来ちゃった」

「いや、来ちゃったって……」


 夕陽により朱色に染まった沙耶の表情には、不安と焦りが垣間見えた。 

 どうして沙耶が……? 清蘭とライブに行くって、昨日ちゃんと伝えたのに。たまたま近くを通った、というような場所でもないし。。


「おにーちゃんのかのじょさん?」

「う、うん」

「きれいなひと……あの、いもうとのせーらです。おにーちゃんがおせわになってます」


 テテっと前に出て、ぺこりと頭を下げる清蘭。どんだけ礼儀正しいんですか俺の妹は。お兄ちゃん鼻が高いです。


「この子が清蘭ちゃん! かわいすぎる……あっ。えっと、清忠くんの彼女の沙耶だよ。よろしくね」


 沙耶が頭を下げた拍子に、丁寧に編み込まれた髪が目に入った。

 ……あれ。なんだろう、このなんとも言えない違和感は。

 胸の奥に何かが引っかかっているような。

 

「ねえ、おにーちゃん」

「どうした清蘭」

「さやさん、いいにおいするよ」


 うん、俺もそう思う。

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