第38話 すべて計算だと知っているのに、俺の理性は流されてしまう

「ふぇっ、清忠帰んないの!?」


 イクラを口いっぱいに頬張った双葉が言った。朝食ビュッフェ2日目は海鮮を集中的に食すらしい。


「う、うん。友だちに花火に誘われちゃって」

「誰? 士郎の彼女?」

「いや……沙耶さん」

「はぁ!? だって清忠あの子に――」

「海堂って沙耶ちゃんと知り合いだったの!」


 双葉を遮って隣の佐倉が声を上げた。こちらのトレイは緑が多く健康そうだ。

 

「知り合いっていうか、一応高校のクラスメイト」

「まじで? 言ってよー」

「で、函館で再開してデートってことか」

「いやー、清忠にもついに春が来るのかー」

「だな」

「……ただ花火観にに行くだけだって」


 佐倉と風戸が俺を置き去りにして勝手に盛り上がる。佐倉はずっとニヤニヤしてるし。こう煽られると恥ずかしくなるからやめて欲しい。


「……ちょっと清忠。耳貸して」

「は、はい」

「はい……」


 小声ではあるが、双葉は明らかにイラついている。まあ無理もない。公会堂であれほど取り乱したのに、翌日にはデートだもんな……沙耶さんとのことを黙ってくれているだけ感謝しよう。


「あ~あ、つまんないの。心優と大悠は朝一で帰っちゃうし」

「え? 2人とも帰っちゃったの?」

「うん。急な用事が入ったんだって」


 応えた彼方くんは、優雅にコーヒーを飲む。眼鏡のイケメンにコーヒーって絵になるなぁ。執事みたいでかっこいい。


「あーもーーー!!! あたし2人の分も食べちゃうからね!」


 ……それはバイキングなので勝手にしてください。



 そして午後。

 双葉たちとは朝食後に解散し、俺は八幡坂を登った先の喫茶店前に立っていた。なんでも明治時代に建設された歴史ある建物らしく、アニメの舞台にもなっているとか。公会堂も近いので、観光客もそれなりに歩いている。


「お待たせー」

「――お、おつかれ」


 集合3分前に颯爽と現れた沙耶さんは、レースの付いた白いキャミソールを身に纏った、可愛らしくも色っぽい装いだった。しかも髪はツインテールで、イメチェンも完璧。これは……間違いなく男を落としにきている。


「ふふっ、何その挨拶。おじさんみたい」

「そ、そうかな」

「変なのー」


 そう言って無邪気に笑う沙耶さん。だめだ、直視したら確実にやられる。

 かつて彼女に惚れた俺にとって、いまの彼女はあまりに刺激が強すぎた。


「じゃっ。入ろうか、きよくん」

「き、きよくん!?」

「うん。清忠だから、きよくん!」


 清忠だときよくんなんですか……? 16年生きてきて初めて知ったんですけど。


「な、なんで急に……?」

「だってさ~。沙耶たち中学からの付き合いじゃん? 苗字で呼びなんてよそよそしいよ」

「そ、そうかなぁ? でも『きよくん』って初めて呼ばれたし……」

「ふふっ。じゃあ、だね」


 ――この人本気だ。

 俺に突然魅力が備わったわけじゃない。沙耶さんが俺に惚れ直したわけでもない。単に沙耶さんの目的が変わっただけ。俺が彼女の友だちではなく、攻略対象になっただけだ。

 きっと彼女は、俺を惚れさせるために、付き合うために、あらゆる仕草や行動を、計算し尽くしているのだろう。

 でも、わかっていても――


「それじゃ、入ろうよ」

「……!」


 沙耶さんがごく自然に、俺の手を引いた。そのふわっとした感触に、一瞬意識が飛びかける。

 こんなの……こんなの、耐えられるはずがないじゃないか。


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