4.侍従の事情 ~エンゾside~
ユリアーナ・ロジエ様の直属侍従エンゾ、が今のワイの人生や。
ここに来る前は
何がきっかけで『異世界転移』したのかしらんが、気づいたら異世界ってやつや。
ほんで、自分が夢中でプレイしてたゲームの世界って認識したのは、仕事探しに行った王都の一角で、偶然八歳のユリアーナ様を見かけた時。
(あ。二十歳の男が、乙女ゲームにハマってたんヤバイって思わんといて。気が強い悪役令嬢に一目惚れやってん)
いきなり現れた変な服装の男を、最初の村人たちは警戒して話も聞かんと追っ払ってくれてなあ。仕方なしに着の身着のままで、畑仕事や馬を洗う仕事をしながら馬車に乗せてもらって、王都まで五日かけて着いた。
ほんで見慣れた街並みやユリアーナ様を見て、「あっ、これ王子が嘘の手紙で呼び出したイベントやんか!」って気づいて、必死で追いかけたってわけ。
この王子が、えげつない嘘つきよって。
『
そりゃ負けず嫌いのユリアーナ様、すぐさま行動に移すってこっちゃ。
一人歩きの令嬢を狙った泥棒が、ユリアーナ様のカバンを盗むところやったのを、ワイがとっさに話しかけて防いだ。心臓バックバクやで~!
実はそのカバンには、ユリアーナ様が大切にしていたお祖母様の形見のブローチが入っていた。数代前の国王陛下からもらったっちゅう、由緒正しいもんや。
安易に街へ出歩き、王族由来の品を紛失したってことで、ユリアーナ様の評判は社交界でガタ落ちになって――八歳の公爵令嬢に一人で街を歩けって? 下手したら死ぬで?
「あんのクソ王子、アホか!」
思い出したら、王都の路地裏で思わず叫んでもうてた。
目の前には、紫の目をまん丸に見開くユリアーナ様。八歳でもキリッと美人や。肌もつるんとしてて、目に眩しい。
「うっわ! ワイ、不敬罪!?」
「んっふ! それなら、わたくしもですわ」
「えっ」
「あんの王子! って同じく思っておりますもの。ふふふ」
無邪気に笑う悪役令嬢は、それはそれはもう可憐の一言に尽きる。
「かわえぇ……」
「ふふ。不思議な言葉遣いの、面白いあなた。名前は?」
「えーっと、えん……エンゾ。言いますねん」
日本人の名前を名乗ったところで通じんやろうから、即興で作ったこの名前。結構気に入っとる。
「エンゾ。王都へはなにしに?」
「あーっと、仕事探し。村じゃメシ食えんよって」
「あら。ならわたくしの侍従にならない?」
叶うなら、すぐにでも! と思ったけど、ワイは怪しい異世界転移者や。着の身着のまま、身分も何もない身の上では無理やろう、と冷静になった。
「ワイ、庶民やし。公爵家には入られへんとちゃうかな」
「……なにか特技はあって? 魔法とか、剣術とか。珍しい技術があれば、わたくしの口添えだけでも、なんとかなるかも」
泥棒から助けたといえ、初対面の人間を側に雇おうとするのは、違和感があった。
「なんでワイをわざわざ?」
「助けてくれたから」
ふ、とユリアーナ様の目が暗くなる。
「わたくしの周りは、殿下の手紙の通りにしなさい、しか言わない」
「っ、そんな」
賢すぎるこのお人は、父親さえ存在を脅威に感じて、遠ざけられていたのを思い出す。
「誰も助けてくれないの。だから、あなたならって……困るわよね、ごめんなさい」
庶民に素直に謝る公爵令嬢なんて、普通に考えておるわけないやろ。
それぐらいユリアーナ様は、追い詰められていることが分かった。
「……ほなら、二年。くれませんか」
「え?」
「修行してきますよって。十歳から、王宮でのお茶会参加やろ確か」
「よく知ってるわね!」
「それまでに、必ずお側に
ブローチを無くしたことで、賢いこの人は二年で悪役としての才能を開花させる。全てはお茶会に備えて、だ。誰が望んで悪人になるか。追い詰められて自分の身を護るうちに、この人は堕ちていくだけや。
社交界デビューに備えて少しずつ参加していかざるを得ない、王宮での女の戦いが悪役人生の始まり。そこでユリアーナ様は、ぶりっ子侯爵令嬢と『王子殿下の婚約者の椅子』を争う。ユリアーナ様は当然王子のことなどなんとも思っていない。ただ王妃になって、この王国を正しく治めたいだけやった。
ワイはシナリオをばーっと脳内で
ゲームで見た騎士の誓いを真似て、右手を心臓に当てるようにして顔を伏せる。
息を呑んだユリアーナ様は、そっとワイの左肩に触れた。主従の誓いの了承、だ。
「エンゾ……約束よ?」
「は!」
ユリアーナ様を馬車に乗せてから、ワイは急いで王都から出て、ある目的地へと向かった。
ワイは、あんなぶりっ子侯爵令嬢が主人公とは絶対認めん。騎士やら宰相やらにチヤホヤされる仕様も、さっぱり分からん。胸がデカイだけのアホやろが。ユリアーナ様の方がよほど聡明で、優しく、美しい。
「ワイの推しキャラは、ワイがこの手で守るんや!」
目的地である『時の魔女』カステヘルミの居場所は、攻略済だったから当然知っていた。森の中は罠だらけで、なんぼか怪我はしたけど、なんとか家には辿り着けた。
そっから、家の前で「会ってくれぇ!」と三日叫び続けて、ようやく扉を開けてくれた時は、全身虫に刺されるわ腹は減りすぎて頭痛するわで大変やった。葉っぱに溜めた雨水飲んでやりきったで! 無人島サバイバル番組見といてよかった。
「ふむ。害をなす者ではなさそうだな。外の世界からやってきたお前」
さすが時の魔女なだけあって、ワイがこの世界の人間でなかったことはすぐ分かったらしい。
「外の世界からて、見ただけで分かるんかい!?」
ヘロヘロなりに驚いてみせたワイを、カステへルミは呆れ顔で眺めた。
「まあね。名は」
「エンゾ」
「エンゾ。何しに来た」
「ユリアーナ様を、助けたいねん」
「なぜ?」
「理由なんて大したことあれへん。ワイの推しやもん」
「推し?」
ワイは、ユリアーナ様がいかに純粋で可愛く、知能も能力も秀でた才能の持ち主であるかを説いた。
「……庶民が公爵令嬢を手篭めにするなぞ、無理だぞ」
「てごめぇ!? ちゃう、ちゃう!」
触れたいとか、抱きたいとかじゃない。ただただ、幸せになるのを側で見ていたいだけなのを、熱弁した。
それから、この王国に将来訪れるであろうシナリオと、ユリアーナ様の悲劇を。
「なるほど。大体合っている」
「合ってる!? ああそうか『時の魔女』……」
「エンゾよ。何が正しいかは、誰にも分からないものだ。これからお前が動くことによって、王子とイネス侯爵令嬢は不幸になるだろう」
ごくり、とワイは唾を飲み込む。
確かにそうかもしれない。
「ええねん。あいつらはあいつらで、それに
シナリオに甘えて、他人を
「……あっはっはっはっは! そうだな、その通りだ! 運命とは、自身で切り開くものだ」
カステヘルミはそうやって大笑いした後で、ワイの目の前でフードと面布を取った。
現れた顔は、どう見ても日本人男性だ。三十歳くらいか。知的で優しそうな目をしている。
「この世界へようこそ。遠藤
「おまえ……男やったんか」
「ふふ。僕もはるか昔にここへやってきた。君と同じような感じかな」
「まっじか!」
「違うのは、ゲームマスターだったってこと。過労で死んじゃったんだよね~。リリースできて良かった」
呆気に取られすぎて、顎外れるかと思った。
「でもバグが見つかって、世界が壊れそうでさ。カステヘルミとして、なんとか軌道修正しようとしてみたんだけど、僕じゃダメみたい。だから助けて、遠藤君」
「うおう、なんか話がでかすぎる!」
「ふふ。ユリアーナが幸せになれば、大丈夫だから。たぶん」
「たぶんかい!」
またカステヘルミは大笑いした。
「さて、じゃあ早速修行しようか……その前にお風呂と食事ね。君、くっさすぎてやっばい。くっさ」
「臭い言うな。てか三日も放置すな!」
「いやだって~、悪意あったらやだなって~。僕ひきこもりだから、他人怖いしさ」
「ええから家入れろや、寒いねん」
同じ日本人と分かれば、遠慮はいらないはずや。
さっさと屋根の下に入りたい。風呂入りたい。メシ食いたい。寝たい。
「うーわ。いきなりズカズカ入ってくるの、さすが関西人」
「偏見やで」
もしかして、こいつのヘルプ要請にワイが呼応してもうて、転移したんとちゃうかな? と思ったけれど、恨む気持ちはこれっぽっちもなかった。
前の世界に未練はない。ワイはここで、ユリアーナ様を助ける。
――ワイは運命を、見つけたんや。
◆
地獄の二年をくぐり抜けて、魔力を身につけ魔法を一通りこなし、剣術も鍛えられた。
さすがゲームマスター、この世界を熟知しすぎている。ぶっちゃけ百回は死ぬかと思った。
「公爵家当主に首を横に振られそうになったら、これを渡せばいいよ」
カステヘルミは、ワイに小袋を授けてくれた。中身は――『時の水晶玉』というものらしい。
「たった一度だけ、わずかに時間を巻き戻せる。これで『時の魔女の弟子』の証明ができるから」
「わかった」
「んじゃ、出番くるまでまた引きこもるね~」
世界に与える影響を恐れ、彼はここに独りで居続ける。
「おう。解決出来たら、茶~でもしばこうや」
「あっはっは! しばく!」
笑顔で送り出してくれたカステヘルミに手を振り、ワイは王都へ向かった。
そうして、十歳になった孤独なユリアーナ様は、約束通り現れたワイを、笑顔で出迎えてくれたんや。
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