見た目幼女な悪役令嬢は、コワカワ皇太子の腕の中。

卯崎瑛珠

序章 この世界の秘密

1.突然の婚約話と、侍従の秘密

「帝国皇太子の、婚約者になれとおっしゃるのですか? 王女殿下の代わりに?」

「代わりというか……王女殿下のフリをして嫁いで欲しいそうだ」


 自宅にあるロジエ公爵執務室に呼び出された私、ユリアーナ・ロジエ公爵令嬢は、父であるロジエ公爵の言葉を聞いて目を見開いた。

 

 我がシュヴラン王国は、小さいながらも希少な宝石資源があり、それらを他国へ輸出することで豊かに暮らしていた。

 ところが西隣で勢力を増すバルリング帝国が、強大な軍事力をちらつかせて資源を欲し、国境には緊張が走っている。

 

 力づくで奪えるのなら、シュヴランのような小国は一瞬で蹂躙じゅうりんされるだろう。

 

 だがこの王国には、『海の至宝は海神の血を引く王族が守ってこそ』という言い伝えがある。

 他国から攻め入られ滅亡の危機に瀕する度、宝石泉ほうせきせん――原石が底にある深く透明な泉で、限られた者しか場所を知らない――が濁り全く宝石が採れなくなったという記録があるから、絶対不可侵領域として生きながらえていた。

 

 今帝国から打診されているのが――王女殿下を嫁がせろというもの。

 打診といっても、軍事力では雲泥の差。脅しに近いのだろう。


 我が公爵家は王家の血筋を汲む正統派と呼ばれる家柄だが、王の血はかなり薄まっている。

 帝国がシュヴラン王家の血を入れたいのなら、適した人材とは思えない。帝国はあくまで王女殿下を欲しているはずだ。

 

「殿下は、四歳です。わたくしは十八。フリだなんて無理ですわ」

「わかっているよ、ユリアーナ」


 眉間にしわを寄せる父であるロジエ公爵を、私はじっと見つめる。紫色の目の色はこの王国の王族のみに現れるが、我が家も継いでいた。

 王女殿下の髪色は金。私も金髪で、紫の目だ。顔立ちも薄っすら似ているが、あくまで遠戚の範囲であり、何より年齢はごまかせない――などと考えていると、父はまた驚きの言葉を吐き出した。


「時の魔女カステヘルミが、ユリアーナをそうだ。儀式は、次の満月の夜、海王神殿で」

「そっんな!」


 誰の指示かは言われないが、すでに決定事項として動いているということは、国王陛下直々のものだと察せる。

 ならば私に抗議ができるような隙間はない。

 

「すまない。国を守るためだと言われてしまえばもう……私にできることはないよ」

「そう、ですわね」


 頭の中でさっと計算をしてみる。

 帝国に我が王国資源を渡すわけにはいかない。海神の血脈を引き入れようと画策されたのならば、最も薄い血を引き渡すしかない。

 誤魔化して先延ばししたところで、いつまで逃げられるか分からない。はかりごとがバレたら、私など即時首をねられるだろう。だが今はそれしか方法はないように思われた。

 

「四歳に、なる……わたくしが?」

「ユリアーナ。記憶も何もかも変わらない。ただ見た目だけが変わるのだそうだよ」

「いっそ記憶ごと消された方が楽ですわ」

「……聡明なユリに、白羽の矢が立ったんだよ」

「物は言いようですわね」


 同じ色を持つ未婚の令嬢は、確かに私の他にはいない。が、王女殿下と同じ年頃の令嬢の色を変える方が、時を戻すよりよほど簡単だ。


ていのいい、国外追放。そう解釈いたしました」

「そっ……んなことは」


 父の態度が、私の発言を肯定している。

 こう言ってはなんだが、私は小国の生ぬるい空気の中育った王子殿下よりも政治に明るく、王子殿下の婚約者である侯爵令嬢よりも外交・社交等において成果を出してしまった。

『ロジエ公爵令嬢が運営するサロン』には、国内外から有数な家の子息が集まると有名であり、ということは、様々な情報も握っている。

 王国をなんとか内から支えようと動いたことが、気に食わないと思われていた自覚はある。


「まったく。人の足引っ張るよりお勉強なさった方がよろしいと、以前からご忠告申し上げていたのに」

「ユリアーナ」

「ええ。これこそ舌禍ぜっか、というものですわね。わたくしの、自業自得」


 イネスという薄い桃色髪で碧眼の侯爵令嬢を思い浮かべて、私は憂鬱な気分になる。

 なにかにつけて王子殿下の二の腕に豊かな胸を押し付けながら、頬を膨らませてこちらへキャンキャン突っかかってくるのに、イライラしていたところだった。家格はこちらが上だが、あちらは王子の婚約者ということを笠に着て何かと上から――

(あー、めんどくさ)

 ならば良い機会か、と気持ちを切り替える。


「お父様。今まで育ててくださり、ありがたく存じます。王国資源のため、我が身を捧げましょう」

「ユリ……すまないが、頼んだよ」

 

 申し訳なさそうに眉尻を下げる公爵のことも、残念ながら私は信用していない。

 この父の腹の底には損得計算が渦巻いている。国王陛下へ未来永劫に渡る貸しを作るため、娘を犠牲にするだなんて簡単にやってのける男である。


 そして私は、その血を色濃く引き継いだのを自認している。


「では、失礼をいたします」


 丁寧にカーテシーをしてから退室し、自室へ戻る。

 メイドが扉を開けると、侍従のエンゾが届いた手紙の整理をしてくれていた。パッと顔を上げた彼が、からかうような声音で出迎える。


「お~? そのお顔、だいぶやばいお話やったようですやん?」

「エンゾ」

 

 長い黒髪を顔の横に垂らし、後ろは一つくくりにし、目は常に閉じているかのような細目の侍従は、三十歳。

 この家で私が信頼している存在だ。


「ふむ。お茶淹れましょか?」

 

 不思議な話し方は、十年以上前に彼と王都の片隅で出会った時から変わらない。変なイントネーションに独特な語尾は、この国のものではない――エンゾいわく、彼は別世界にある日本という国からこの国にやってきた『異世界転移者』。ここは『げえむ』の世界なのだそうだ。しかも私は『悪役令嬢』という役割で、何をしようと罪に問われ死ぬという、ナニソレ? な結末を迎える人物だ。


 実際エンゾは、強盗に命を奪われそうになっていた私を救ってくれた。その後も『しなりお』というらしく、彼の予告通りに事が起こった。


「お願い」


 侍従の密談の合図に、私はメイドへ下がるよう指示を出す。


「ほな、濃い~めのダージリンにしときましょ~」


 執務机の前に置いてあるソファに身を投げ出すように座った私を見て、エンゾはニヤリと口角を上げた。

 

「お疲れのお顔しとるねえ」

「……ねえ。『げえむのしなりお』というものに、わたくしが四歳になって帝国に嫁ぐお話はあった?」

「はあ!?」


 ティーポットを持ち上げた姿勢で、エンゾはびたりと動きを止めた。


「それ、企画で入賞した『読者の考えたアナザーストーリー』てやっちゃ。たしかグダグダな展開やったなあ。てことは、師匠。出張ってくるやんな?」

「グダグダ……ええ。時の魔女カステヘルミの儀式を行うんですって」

「ぐげ。どんぴしゃや~。まさかそっちのシナリオに進むとはなぁ。あらゆる可能性ぶっ潰したんが良かったんか悪かったんか」


 エンゾは確信をもって言い、カップに中身を注いでから、ソーサーを手渡す。

 香ばしい茶葉と、深みのある琥珀色の液体が、美味しそうだ。

 エンゾは、時の魔女カステヘルミから魔法と剣術を教わった、私の護衛でもある。


「悪かった、てことは?」

「気合い入れて対応せな、また危ないことになるんよ」

「そうなのね」

「お嬢、ワイを信じてくれますやろか?」

「もちろんよ」


 悪役である私には、今まで何度も命の危機があり、その度にエンゾの機転で救われた。

 これこそが、私が彼を信じる最大の理由だ。


「あなたこそ、また危険になるんじゃ? 無理はしないで」


 自身を危険にさらしてまで、私を助け続けた彼は、何でもないかのように笑う。

 

「何度も言うてますやんか。ワイ、かしこうて強いユリアーナ様激推しなんよ。ヒヒ」


 エンゾは、ユリアーナという物語の人物が大好きなのに不幸になってしまうのが、ずっと納得いかなかったらしい。私に幸せになって欲しいと願っていたのだとか。

 

「ありがとう、エンゾ」

「なんもない。ええと確か帝国の皇太子は……冷酷無慈悲で極悪非道の氷魔法使いやったな……どう転んでも死亡フラグやわ~さすがや」

「ちょっと。嬉しくないんだけど?」

「けっけっけ」


 またしても迎えた命の危機も、エンゾとならまた乗り越えられるだろう。

 私は、紅茶を飲んでから気合を入れた。


「その、極悪非道な皇太子の情報、教えて」

 


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 溺愛コンテスト参加作品です。

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