タネ

丁原口上

万華鏡

 ぶぉーん、ぶぉーん、ぶぉーん。振動が頭の中に響いている。目の前で人間大のメトロノームが揺れている。ぶぉーん。ここから発せられていることは確かだか、耳がそれをとらえているわけではなさそうだ。ぶぉーん。あたりを見渡すと、空間はあらゆる角度と長さの直線的な面が交じり合って構成されていて、無数の人間大のメトロノームと無数の私が各面の重力に沿って直立していた。ぶぉーん、ぶぉーん、ぶぉーん。無数の私が直立している。ぶぉーん、ぶぉーん。一定のリズムを崩さないで私だけに振動する。無数の針が同時に揺れる。私は先ほど目の前で見たメトロノームがいったいどこに行ったのかがわからなくなっていた。ぶぉーん。この振動はこの空間の無数のメトロノームから発せられているのかもしれない。そもそも私が見たあれはあれ自身なのか。私が無数のメトロノームに次から次へと視線を送っていくと、同じく首をあちこちに動かしている無数の私もまたいるのだった。

 ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん。ぶぉん、ぶぉん、ぶぉん。メトロノームの周期が早くなってきた。メトロノームの針も激しく往復する。ぶぉんぶぉんぶぉん。ぶぉんぶぉんぶぉん。どんどん速度が上がっていく。ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん。振動に私は支配され、どの私が私なのかもわからなくなってきた。ぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉんぶぉん。もはや視界あるものが何も認識できなくなった。振動が視覚となった。ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ―。

 ついに音の隙間は完全になくなって、ぴたりとやんだ。空間は一切の無音だった。針はカートゥーン調のウサギになっていた。ウサギは舌を出しながら静かに往復していた。それをただそれとしてみる私だけがいた。

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