第20話
「アヤちゃーん、ここの答えなにー?」
「はぁ? 『むいか』でしょ? そんなこともわかんないの? 小学生」
八月の半分が過ぎ去ってもまだまだ暑い午後、類と凛音は、綾子の部屋に遊びにきていた。
綾子は本気で凛音と類とともにコスプレイベントに参加するつもりだったらしく、その準備をするためだ。
頭にかぶせられたウィッグの毛の長さを綾子に調整してもらっている凛音の横で、類はまだ半分以上残っている宿題のドリルを広げている。
「だって、普通に読めば『ろくにち』じゃん」
「そういうのはねぇ、一個一個の漢字の読み方がどうとかじゃなくて、単語ごとの音の響きで覚えるもんなのよ。郵便ポストっていったらあの赤いやつがすぐに思う浮かぶのと一緒よ」
「なにそれ……わかんないよ」
「凛音はとっくに覚えてるわよね?」
白金の毛先を触りながら、綾子が聞いてくる。
「え……うん。一応五年生の途中までの記憶はあるから……」
「そ、そうか! 凛音くん、前世の記憶があるんだもんな! それなら、テスト勉強しなくてもいいってことだよな? 羨ましい……!」
本気で羨ましそうに、類は拳を握りしめている。
「ところどころ記憶があやふやなところもあるから、全部ちゃんと覚えてるかは不安だけど……」
「九九は覚えてる?」
「うん、多分」
「くは?」
「しちじゅーに!」
「ろっく?」
「ごじゅーし!」
「はっぱ?」
「ろくじゅーし!」
「バッチリね」
にっこり笑いながら、綾子がリンネの顔を覗き込んでくる。
「ところで凛音、そのブレスレット、可愛いわね。まさかカレシからの贈り物? ん?」
「かかカレシじゃないけど、シュウちゃんからの誕生日プレゼントだよ」
先日、お祭りのあと、帰宅してからプレゼントの箱を開けたら、小さな天然石が連なったブレスレットが入っていた。
クンツァイトにフロスト水晶にそれから、ホタル玉。
リンネは石が好きな女の子だった。ホタル玉は天然石ではないけど、リンネの一番のお気に入りだった。
愁はそれを覚えてくれていたのだ。
「あいつにしては趣味がいいわね。男の子がつけてても違和感ないけど、ワンピース姿にもとってもよく似合うわ。……この髪型にも」
ちょうどウィッグの調整も終わったところらしい。
鏡を見てくるように言われる。
「す、すごい……! リンネの髪型そっくりだ!」
例の白いワンピースを着せられた凛音の肩で、ふわふわの白金の毛先が揺れている。
リンネは独特のくせっ毛で、下の方にいくにつれ大きく膨らんだ、ウェーブがかった髪をしていた。
「こんなもんでいい? 一年生ぐらいの頃はもっと長かった気がするけど……」
一仕事を終えた綾子は、一流の美容師のような気難しい表情で、自分が切った白金の髪を鏡越しに眺めている。
「ちょうど、夏休みが始まる前ぐらいの時期にばっさり切って、このぐらいの髪の長さになったんだよ」
「そうよね? お人形さんみたいに長くて綺麗な髪だったのに、どうして切ったんだっけ?」
一年生の夏まで、リンネの髪は背中の半分以上を覆うぐらいあった。
綾子とは小学校で出会ったから、その姿を見ていたのはわずか数ヶ月のはずで、しかも一年生の時は別に仲良しでもなかったのに、ちゃんと覚えていてくれていたんだ、と思うと凛音の顔がほころぶ。
「プールの授業の時、髪を結んでいたゴムが切れちゃって……慌てて水の中から上がって水泳帽を脱いだら、『おばけが出た』って騒ぎになったからだよ」
「そうだっけ? 失礼なこと言うやつがいたもんね!」
「それに……このぐらいの長さなら、大きい帽子をかぶっていれば髪の色が目立たないって気づいたから、それからずっと肩ぐらいで切り揃えるようになったんだと思う」
「……あんたも苦労してたのね」
ぽんぽん、と慰めるように軽く頭を叩かれる。
「でも、その髪型も可愛いよ」
ひょいと鏡を覗き込んできた類が言った。
「そうでしょ? ほんっとに可愛かったのよ! 前世では青い瞳してたから、妖精さんみたいで!」
「へぇー」
「あっ、もちろん、今の黒髪美少年姿もさいっこうに可愛いけど!」
飛びつくように抱きついてきた綾子が、ウィッグ越しに凛音の頭に頬ずりしてくる。
「アヤちゃんはどっちかーつーと黒髪美少年の方が好きなんでしょ?」
呆れた口調で類が言う。
「あ、当たり前じゃない! 黒髪美少年が嫌いなオタクなんて存在する!?」
「……やっぱりアヤちゃんの言うこと、よくわかんないよ」
「とにかく! これで凛音のコスプレはバッチリね! さぁ! 次はあんたよ、類!」
「……ほんとにオレも女装しなきゃいけないの?」
「そうよ! 凛音一人じゃ不安だろうから一緒に女装してあげなさい! それが友情ってもんでしょ!?」
「……そう言いながら顔がニヤニヤしてるのはなに?」
「き、気のせい! 気のせいよ! 恥じらいながら女装する、タイプの違う二人の男の子が見られる絶好の機会、そうそうない、なんて興奮したりしてないんだから!」
綾子の挙動はあきらかにおかしかった。
どうやら、半分は趣味らしい。
「ごめんね、類くん。嫌だったら無理に付き合わなくてもいいから……!」
不安になってきた凛音は、あわてて声をあげる。
「え……普通に嫌だけど、凛音くんを一人でアヤちゃんの餌食にするのは可哀想だから、一応付き合うよ」
「や、やだ! やっさしー! 可愛いとこあんのね、あんたも!」
「やめろよ、アヤちゃん!」
あっけらかんと男前なことを言い出した類だが、綾子に頭をぐりぐりと撫でられて、すぐに嫌そうな顔に変わる。
だんだん、類の方が可哀想に思えてきた。
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