第17話 最悪の出会い

「おっと、そう簡単には逃がさねぇぜ!」

 初撃をレナディスが避けるのは余裕で推測できた。今度はこちらの番とばかりに逃げる隙を与えることなく、続けざまに獣気波を飛ばしまくる。


「何だと!?」

 八本腕の冥邪めいじゃ王にしてみれば、これも想定の範囲内だったかもしれない。ところが、ゼラムファザードの怒涛どとうの勢いで獣気波を放つ動きがあまりにも素早すぎた。もはや逃げ切れないと悟った瞬間、レナディスは全身をズタズタに切り裂かれ、切断部から薄紫色の血しぶきを噴き上げながら絶命した。


「やったぜ!」

 思わず勝利の雄叫びを上げると、今度は四体のダーダムを視界に捉えた。

 先ほどまで威勢の良かったダーダムどもも、頼みの綱の冥邪王がたおされたことで怖気づいたようだ。

「おい、まさか冥邪のくせにビビってるのか? お前らなんか、速攻で始末してやらぁ!」

 地面に降り立つと、ゼラムファザードは驚異的な速さでダーダムどもに襲いかかる。


 もはや戦意を喪失した時点で勝敗は決していた。逃げ出す四体のダーダムを双刃鎗そうじんそうで次々と斬り殺していった。

「これで全て片付いたな!」

 獣霊降臨を解いたナファネスクは鉄格子の檻に閉じ込められた少女を助け出すのに成功した満足感で満たされていた。


 ナファネスクはとらわれの少女を助ける前に腰に差した名も知らぬ名剣を抜くと、腐臭を放つ冥邪きと化した馬たちを始末した。

「おい、大丈夫か? 今すぐ檻から出してやるからな!」


 嬉々として話しかけるが、依然として少女は無言だ。おそらく、怯えていて口が聞けないのだろうと勝手に思い込んだ。

(そりゃそうだ! あんな怪物どもに囲まれて連れ去られたんじゃ、恐ろしくてたまらなかったに違いねぇ!)


 鉄格子でできた檻には錠前がかかっていたが、切れ味の極めて高い王家伝来の宝剣の前では無用の長物だった。すぐに檻の錠前を破壊し、扉を開け放った。

「さぁ、早く出て来な! あんたはもう自由の身だ!」

 ナファネスクが手招きする。それでも、少女がずっと座ったまま微動だにしない。

(よっぽど怖かったんだな。こういうときは優しく連れ出してやるのが男ってもんよ!)


 農村で暮らしていたときは、父親代わりのエゼルベルク以外の村人とはこれと言ってあまり話さなかった。いや、毎日朝夕の厳しい鍛錬でほとんど会話をする機会がなかったと言ってもいい。


 それに加えて、農村に住む同い年ぐらいの子供たちからはよそ者扱いされ、どことなく敬遠されていた。特に女の子とは全くと言っていいほど話したことがない。


 ナファネスクは鉄格子の檻の中へ入り、ずっと座り込んだままの同年代の少女に歩み寄っていく。改めてよく見ると、少女の服装は今まで目にしたことがないものだった。


 農民が着るような粗末なものではなく、上品で清純さが感じられる。ただ、スカートの丈は膝までしかなく、ほっそりとした美しい素足を覗かせていた。首からはふくよかな胸の谷間に挟まれるように太陽を彷彿とさせる大きな首飾りタリスマンをかけていた。


 うつむいていたので今まで見えなかったが、金髪を肩まで伸ばした少女の見目麗しい可憐な顔を見た途端、ナファネスクは急に鼓動が高鳴り始めた。今まで生きてきた中で抱いたことのない特別な感情が心に芽生えるのを感じ取った。


(なんて可愛さなんだ!)

 おそらく、一目惚れとはこういうことを言うのだろうと思った。

「もう大丈夫だ。安心して俺の手に掴まりな!」

 差し出した手を完全に無視して、囚われの少女は勢いよく立ち上がった。


 背丈は頭一つ小さいぐらい。睨むように見上げるつぶらな瞳は激しい憎悪を剥き出しにしていた。すると、避ける間もなくパチンとナファネスクの頬を思い切り平手打ちする。

「何をしてくれたのよ! あんたが邪魔しなかったら、ベネティクス帝国の皇帝のところまですんなりと行けたのに!」


 囚われの少女が何を口走っているのか、咄嗟には理解できなかった。しかも、せっかく救い出してやったにも拘わらず、それに対するお返しが強烈な平手打ちという割に合わない行為に激怒した。一目惚れした自分に反吐が出た。


「何しやがる! せっかく助けてやったのによ!」

「それが余計なお世話だって言ってるの! あたしはね、周りにいた冥邪たちに感づかれないようにわざと捕まってる振りをしてたのよ!」

「捕まってるふりだと!?」


 またもやこのムカつく女の言っている言葉の意味が分からない。

「そうよ! あたしはね、こう見えて滅骸めつがい師なの!」

 滅骸師とは神聖魔術を使って、冥邪を含めた邪悪なる存在を退治する者たちのことだ。


 元々は太陽神ロムサハルを崇拝するムーリア教の神官の出で、修行の過程で司祭になる者と滅骸師になる者に別れる。ただ、ナファネスクはそのことを知らなかった。

「あのよ、滅骸師って何だ?」

「あんた、そんなことも知らないの! たいそうな服を着てるわりに頭はバカなのね!」

「うるせぇ! 誰にでも知らねぇことの一つや二つぐらいあるだろ!」

 呆れた顔で嘆息する少女に対し、ナファネスクは食ってかかる。

「それによ、どう見ても、お前一人でさっきの冥邪をたおせたとは思えねぇしな!」

 小馬鹿にした笑みを浮かべて反転攻勢に出た。


「なんですって!」

「滅骸師っていうのは知らねぇけど、要は魔導師みたいなもんだろ? あの冥邪には俺だって苦労させられたんだ。お前一人だけで斃せるわけがねぇ!」

「あたしの力も知らないくせに、言ってくれるじゃないの!」

「ああ、言ってやるよ! 何の振りをしてるのかは知らねぇが、本性がばれた途端、さっきの冥邪どもに喰い殺されるのが落ちだぜ!」


 激しく火花を散らす二人。ところが、少女のほうはすぐに冷静さを取り戻し、この無意味なやり取りに深いため息をついた。


「はいはい、バカと話してもらちが明かないわ!」

 気を取り直すように少女は足元に置かれたままの天晶玉てんしょうだまを手に取ると、ナファネスクの横をすり抜けていく。


 ちなみに、天晶とは極めて希少価値の高い鉱物の一種である幻輝石げんきせきが結晶化したものだ。

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