第6話 獣霊降臨
男親一人で家事全般をこなしてきたにしては、家の中はきちんと片付けられていた。
居間の中央には木製の円卓があり、ちゃんと来客用の椅子も置かれていた。
「村長はそちらにお座りください。杖はこちらでお預かりします」
父親は低姿勢で対応していた。村長なのだから当たり前ではあるのだが、どこか父親らしくない態度だ。
「いやいや、この杖はわしの半身みたいなものでのう」
村長は優しく断った。それから、「これでよい」と自分の椅子に立てかけた。
その間に、自室で毛織物の上着を急いで着たナファネスクは、早速料理の準備にかかった。
食事は交代で当番を決めていたから、即座に対処できた。すかさず手の空いた父親が台所にやって来て、分担してやることにした。
「さて、こんな朝っぱらから私たちに何の用だろうな?」
父親は少し暗い顔をしていた。この農村には
「さぁ、俺に訊かれても……」
ナファネスクは横目でユリゴーネルの顔を覗いた。とても穏やかな顔で、緊迫感は感じられなかった。
(何を考えてるんだ? あの爺さん)
それから半時ほどが過ぎた頃、二品の料理が完成した。バターを横に添えたパンに野菜と肉の煮込みスープというごく普通の朝ご飯だ。肉食のハクニャには干し肉を皿にのせてやった。
「ユリゴーネルさん、長々とお待たせしました。粗末なものですが、どうぞ召し上がってください」
父親とナファネスクもそれぞれの椅子に座った。
「では、頂くとしよう」
二人が見守る中、ユリゴーネルはスプーンを手に取ってから煮込みスープを口にした。
「ほほう。これはなかなか悪くない味じゃ」
その言葉に安堵したのか、二人も食べ始める。食事中は誰も話さず、ただ黙々と料理を口にした。
作る時間は長いが、食べる時間は早い。年老いたユリゴーネルも含めて、三人ともそれほど時間もかからずに食べ終えた。
「さて、ナファネスクよ。お主、何故この村には
まず口を開いたのは、ユリゴーネルだった。
「はい、言いました」
ナファネスクの眼差しが真剣になる。
「それはな。この村には普通の人間には分からぬ魔力の結界が張られているからじゃ」
「結界!? いったい誰がそんなことを?」
「ユリゴーネルさんだ」
答えたのは父親だった。
「ユリゴーネルさんは若いとき、ここ一帯を統治していたソルメキア王国の国王に優れた知能を買われて
父親の言葉にナファネスクは絶句した。ただの村の長にしてはどことなく品格のある人だと思っていたが、そんなに偉い人だとは露ほども知らなかった。ただ、どうしてその生い立ちを父親が知っているのか、新たな疑問が沸き起こった。
「エゼルベルクよ、昔の話など言わんでも良かろうて」
「でも、真実ですから」
父親のエゼルベルクは真面目な顔をしていた。
「まぁ、尾ひれは付いておらんし、良しとするか」
ユリゴーネルは少し気恥ずかしそうな顔をする。
「ナファネスクよ、これでさっきの疑問は解けたかのう?」
「はい、大体は……」
まだ消化不良だったが、ナファネスクは頷いた。
「では、今度はわしからの質問じゃ」
ユリゴーネルはそこで一度言葉を切った。
「霊峰マハバリ山から竜神様が消えなすってから、三年が過ぎようとしておる」
ナファネスクとエゼルベルクは驚きを隠せず、目を見開いた。やはり、あのときの出来事を知っていたのだ。
「あの竜神様は気高いが、とても凶悪でのう。わしが呪文で眠らせておったのじゃ」
一瞬、静寂が訪れた。
「ナファネスクよ、
「獣霊降臨?」
初めて聞いた言葉だった。
「いえ、まだです」
すかさずエゼルベルクが即答した。
「何故じゃ? あれからもう三年が経とうとしているのに、一回もやっておらぬのか?」
「はい。私の今まで培ってきた経験からあの
「……確かに、難しい判断じゃな」
突然、ナファネスクだけがのけ者にされた気分になった。
(獣霊降臨? 〝器〟? 二人で何の話をしてるんだ?)
それを知っているかどうかは分からなかったが、エゼルベルクは話を続けた。
「ユリゴーネルさん、あなたの
エゼルベルクはそこで一度言葉を切った。一呼吸おいてから重苦しそうに口を開く。
「別に隠し立てするつもりはなかったのですが、結果的にそうなってしまったことについては謝ります。ただ、今頃になってそのことを問い
エゼルベルクの投げかけた疑問に、ユリゴーネルの顔が深刻なものになった。
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