第4話

「王子が生まれ、王太子はその子になる。私もアイシスもお役御免となった。王妃は私に縁談を勧めてきて、どうにも我慢できないと痛感した。アイシスはアイシスで落ち込んでしまって、ろくに食べなくなってしまってね」


「え!」


 アイシスが困ったように顔を逸らせる。そして口を尖らせた。


「だって……食べたくなかったんだもん」


「陛下は私たちをずいぶん案じてくれていて、懇願に行ったらあっさり許してくださった。そればかりか、幸せになれとの言葉もいただいた。タキさんが心配することはなにもないよ」


「私……もう、会えないんだと思って」

「ああ、私もだ」

「僕も!」


 三人で、うんうん、と頷きあう。


「飛ばされた先の世界で、とても親切にしてくれた女性がいて、その人に惹かれ、とても愛している、一人で頑張っているので支えたい、そう言ったら、陛下は喜んでくださった。ぜひ支えてやりなさい、とね。自分も会いたいとおっしゃっていたな。ところで、店はどうだい? うまくいってる?」


 多希は首を振った。


「ずっと閉めていたんです。それでもう本当にやめようって決めて、ここを売って一人暮らしにちょうどいいマンションに移るつもりでした。というのも、前川さんが家の前で張っていて、いよいよ面倒なことになりそうな気がしたから」


「あの気持ち悪いおじさん! 兄上、僕の言った通りだ!」


「そうだな。今度こそ、タキさんは私が守る。安心してほしい。だから、またここに住まわせてほしい。喫茶店の手伝いをしたいし、もう一つ、タキさんにお願いがある」


「お願いですか?」


 多希が首を傾げると、ライナスは微笑みながら、ポケットから小さな箱を取りだした。


「これ?」


 蓋を開けると、中には大粒のダイヤモンドの指輪が入っている。輝きが半端ではなく、多希は驚いた。


「子連れで恐縮だが、婿入りさせてほしい」

「…………」

「あなたの傍にいさせてほしい」


 ライナスは指輪を摘まみあげると、多希の左手の薬指にそっとはめた」


「ぴったりだ!」

「当然だ。測っておいたんだから」

「ええっ、いつの間に?」


「チャンスはたくさんあって、いつとは覚えていない。だけど、私は何事にも用意周到に物事を進める性格なものでね、ぬかりはないさ」


 しらっと言ってのけるが、内容はかなり恥ずかしいものなのだが? 多希の顔は耳まで真っ赤になっている。


「あなたにプロポーズするために、測っておいたんだ。タキさん、お願いだ。あなたの夫にしてほしい。受け入れてもらえないだろうか」


「タキ! お願い!」

「そんなの……いいに決まっているじゃないですか。こんなに好きなのに」

「ありがとう、タキさん」

「私こそ」


 多希の手をアイシスが掴んだ。さらに二人の手の上に、覆いかぶせるようにライナスが手を載せる。


 三人は互いの手を握りあった。


「これからずっと一緒だ。幸せになろう」


 多希とアイシスは、うんうん、と頷いた。


 しばしの間、互いの存在を実感していたが、やがてアイシスが部屋に行って溜まったアニメを見たいと言いだした。うれしそうにダイニングルームで出ていく背中をも送ると、二人はリビングに移り、ソファに腰を下ろした。


 隣に座ると、肩や腕が触れ、多希の心臓がドキドキ高鳴り始める。そんな多希を、ライナスはお見通しのようで、じっと顔を見て微笑んでくる。


(い……イケメンすぎる)


 整ったきれいな顔をしていることは百も承知だ。そのイケメン度だって二か月で見慣れたはずだ。それなのにこの緊張! 半年のブランクは大きかったのだろうか。


「あの、ライナスさん、本当にあの水晶、置いてきたんですか?」

「ああ。持ってきたら王家の秘術が使えないから。ただ、セルクスが軌跡を把握しているから、もしかしたら向こうから誰か来るかもしれないが」

「……そうなんだ」


 ライナスとアイシスは故郷を捨てて多希のもとに来てくれたのだ。二人は多希を選んでくれた、その想いが胸の奥深いところにまで沁みてくる。


「タキさん、本当に、あなたに会いたかった。水晶を削ったのはまったく悪あがきで、ここの残る選択をまったく考慮しなかった自分をどれほど呪ったことか。だが、離れたことによって、あなたへの想い深さを思い知ったんだ」


「私もライナスさんに会いたかったの! 自分の選択に後悔はないはずなのに、苦しくて、苦しくて……」


 ライナスが多希の手を握りしめる。


「私もだ。だから、もう、絶対に離れない」

「私も!」


 ライナスは多希の手を握ったまま、少し引っ張って多希の体を寄せ、そして自ら顔を近づけた。それに合わせて多希も瞼を閉じる。


 そっと唇が重なった。


 少しの間、重ね合わせて体温を感じ、その後、ゆっくりとリップ音を立てて多希の唇を啄む。右から、次に左からとキスをすると、今後は圧を感じる重厚なものに変わった。


「……ん」


 たまらず声が出た。まるでそれが合図になったかのように、キスは深くなる。


 舌がわずかな隙間をぬぐって侵入し、多希の口内を刺激した。


「あ……んん」


 苦しいわけではなかったが、なんだかよくわからないものが体の奥底から湧いてくるような気がして、多希は身をよじった。


 ライナスの顔が離れていく。


「ライナスさん」

「ちょっと性急だった。会えてうれしくて、早くあなたが欲しいと焦ってしまって。ガッツいてしまって、恥ずかしい」


 あなたが欲しい――はっきりと言われてますます多希の心臓が激しく鼓動を打つ。


「堪え性がなかった。すまない」

「そんなことっ。あの

、えっと、私もライナスさんと、その……」


 私もライナスさんと結ばれたい――目が思っていることを訴えている。そのことをライナスは見通し、ふっと優しく微笑んだ。


「求めてもいいのかな?」

「もちろんです!」


 互いの目が合う。じっと見つめあう。


「今すぐでも一つになりたい。だけど、再会してすぐに食い付くのは、やはり紳士的じゃないか。まだアイシスも起きているだろうし。あとであたなの部屋を訪ねていいかな?」

「……はい」


 照れくさそうに伏し目がちになって頷く多希の頬に、ライナスはそっと触れた。


「タキさん。心からあなたを愛している。このことを何度でも何度でも伝えたい」

「私も、ライナスさんを愛しています。あなたが好き」


 互いの手を握りしめ、二人は互いの首元に顔をうずめたのだった。



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