第4話

 座標の水晶はどんどん輝きを増していく。そして楕円形の輪状の光を放出し始めた。


 輪の中は七色の輝きがオーロラのように波を打っている。やがてその光の幕に影が映ると、三人の男が出てきた。


「殿下!」

「殿下、迎えに参りました!」


 白い制服を着た老若の男と、甲冑を着た男だ。前者はライナスの近習で、後者は護衛だろう。


「セルクス!」


 三人はライナスの目の前で跪いた。ライナスも片膝をついてセルクスの肩に手を置いた。


「ご無事で」

「アイシス殿下も! よかった」

「想像以上に早かったな」

「そうなのです。我々もなぜだかわからず。ですが、短期間で力を蓄積することができ、こうやって……」


 セルクスの目が涙で滲んだ。


「まことによかった。ですが、殿下、王宮は今、大変なことになっております。早くお戻りを」

「大変なこととは?」

「陛下が寝込まれてしまいまして」

「なんと」


 セルクスは眉間にしわを寄せ、王妃が、と続けた。


「お二人が秘術を使って国を捨てたとおっしゃり、相当の衝撃を受けたご様子。ライナス殿下が諸々を支えているから安心であって、殿下がいなくなったら、この先が心もとないと」


「…………」


「王妃は国に対する裏切りだと大層ご立腹でございます。しかしながら、陛下が受けられたショックを目の当たりにし、殿下を追い詰めたことを反省して紳士協定を順守することを考えられたのでしょう。こたび、無事に王子殿下を出産なさいました。大変めでたきことゆえ、今回のことは不問にすると。もう安全です」


 ライナスはそこまで聞いて、小さく吐息をついた。


「王子が生まれたか。それはよかった」


 ライナスがアイシスに顔を向ける。ライナスの顔も晴れてはいないが、アイシスのほうは完全に曇っていた。


「アイシス、聞いたか? お母上は世継ぎを産んだとのことだ。よってお前はもう男の振る舞いをせずともいい。これからはここでの暮らしと同じように、女として暮らせる」

「イヤだ。帰りたくない」

「アイシス」

「タキの傍にいる。帰りたかったら、兄上だけ帰ればいい。僕は残る」

「それは許されない」

「イヤだ!」


 アイシスは叫ぶと身を翻して駆けだそうとした。それを甲冑の兵士がすかさず止めた。


「なりません、アイシス殿下」

「放せ! 僕はここに残るんだ! 絶対、帰りたくない! 母上の顔なんか見たくない! 父上も母上も、大嫌いだ!」

「アイシス、なんてことを」


「それに、せっかくタキがお店を再開したんだよ。僕たちがいなくなったら、また閉じないといけないし、あの気持ち悪いおじさんが戻ってきて、タキに迫ったらどうするんだ。兄上だけ帰ればいいんだ。みんなが求めているのは兄上なんだから。僕は残ってタキを守りながら、喫茶店をするんだ!」


 アイシスの言葉を聞いて、三人は初めて多希に顔をやった。そして今更ながらに、多希の存在に気づいたように驚いている。


「殿下、あの、こちらのお方は」

「タキ・ヨシムラ嬢だ。私とアイシスに安全と衣食住を保障して、ここでの生活の知識を与えてくれた。感謝してもしきれない大恩人だ。厚く敬え」

「なんと!」


 三人は体ごと多希に向けて片膝をつき、頭を深く下げた。それからセルクスの父であるローゼンが口を開いた。


「ご無礼仕りました。わたくしどもはライナス殿下の従者で、わたくしはローゼン・クルーと申します。この度の件を主導した者でございます。両殿下に親切にしていただき、まことにありがとうございました。なぜだか異なる世界に飛ばしてしまったようで、大変焦りました。世界が異なると、常識がまったく異なり、生きるに苦労いたします。それを案じておりましたが、ヨシムラ殿が心を砕いてくださったこと、心より感謝申し上げます。礼は見える形でいたしたいが、この通り、みな、身一つでございまして、まことに申し訳ない」


 ローゼンの丁寧は感謝と謝罪の言葉に、多希は小さくゆっくりと首を左右に振った。


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