第4話

「腹違いの妹、だったな?」

「そうです」

「あんた、歳は?」

「二十八です。アイシスは七歳ですから、二十一離れた妹です」


 大喜の表情は変わらない。胡散臭そうなまなざしを躊躇いなく向けてくる。


「どこの国のなに王家だって?」

「フェリクス王国のラドスキア王家です」

「そんな国、聞いたことがないがな」

「おっしゃる通りです」

「なぜ、家を追い出された」


 ライナスはふと視線を逸らせ、天井に向けた。脳裏に、夜分遅くに部下が執務室を訪れ、秘術が納められている地下へ導いた日のことが蘇る。


「私の母は父の側妃で、さらに身分もありませんでした。十歳の時にその母が亡くなり、父は正式に妃を迎えました。王妃の信用が得られるよう、アイシスの誕生に合わせて臣籍降下をいたしましたが、王妃は私がどうにも疎ましいのです。それはわかります。男児を産まなければ、王位は私のものとなるからです。ゆえ、生まれてきたアイシスを男児として育てることにし、跡目教育を施しているのです」


 女の子を、男として育てていると聞いて大喜の目がわずかに見開かれたが、なにか言うことはなかった。ライナスは続ける。


「あの子も頑張っていました。自分が王位を継げば万事解決なのだと。ですが、王妃が妊娠し、生まれてくる子が男の子だったら自分は用なし、ただの代理なのだと考え、傷ついたのです。それでも文句は言いません。ただ、自分勝手な母親を嫌い、虐げられていると考えている私を慕ってくれているのです。追い出されたと言いましたが、正しくありません。私の身を案じた部下たちのおかげで、逃げおおせたのです。その時、アイシスもついてきてしまいました」


「……そんな話を信じろというのか」


 ライナスは力なく微笑んだ。それはなにもかもあきらめたような寂しい笑みだった。


「私も疲れていたのだと思います。なにをしでかすかわからないと、幼い妹に思われていたのでしょう。だから夜中、私の部下たちが妙な動きをしているのを目ざとく察して様子を見ていたのだと思います」


 そこまで言うと、ライナスは背筋をただし、座ったまま頭を深く下げた。


「タキさんの温情に甘えました。若い女性の住む家に転がり込むなど、浅慮でした。本当に申し訳ない。私たちはすぐに出て行きます。ですからどうか、タキさんを責めないでいただきたい。悪いのは私であり、責められるべきは私です。なにとぞお願い申し上げます」


 しばらく沈黙が続いた。ライナスは頭を上げず、大喜がなにか言うのを待った。


「あんた、さっき、前川とやりあっていたな」


 突然話が変わってライナスが何度か目を瞬き、それから顔を上げた。大喜と目が合う。


「あいつは多希を気に入っているようだが、正々堂々言い寄るわけでもなく、ねちっこく追いかけて見張っている。施設に入るにあたって、心配事は前川だった。あんた、あの男から多希を守ってくれるか?」


「もちろんです。約束します」

「言っておくが、だからってあんたが多希に迫っていいという意味ではないからな」

「誓ってタキさんに不埒な真似はいたしません。敬意をもってお仕えいたします」

「えらくたいそうな言い方だな」


 大喜は呆れたように言うと、何度か小刻みに頷いた。そして大きな声で多希の名を二度ほど呼んだ。間もなく慌てたように多希が戻ってくる。


「おじいちゃん?」

「あの子はどうした?」

「泣き疲れてたった今眠ったところなの」


「そうか。多希、二人がここに住むことを許す」

「……え? え? 本当に?」


「そう言っとるだろうが。店を続けるのは賛成ではないが、まぁ、ライナスさんが手伝ってくれるというなら、なんとか回せるだろう。俺の大事な客に失礼を働かんようにな」

「もちろんよ!」


 大喜は店中をくまなく見渡すと、よっこいしょ、と立ちあがった。


「おじいちゃん? もう戻るの?」

「ああ。邪魔したな」


 大喜は言うと、多希が止めるのも聞かず帰ってしまった。


 あとに残された二人はなんだか気まずいものの、開店時間が迫っている。いつまでもこうしてはいられない。すぐに開店準備に取りかかった。


 手を動かしながら、多希はそっとライナスを流し見た。


 いつもと変わらない表情、様子。大喜に許してもらえた喜びにちょっと感動中の多希は、自分ばかりが浮かれていることを恥ずかしく思う反面、なんだか面白くない気持ちが湧いているのも認めていた。


(喜んでくれたっていいじゃない? これで堂々と住めるし店もできるし、なのに変化なしってどうなの?)


 なんて思ってしまう。


 準備ができて、ライナスが今日のおすすめメニューを書いたカンバスを店の外に運び出した。そして営業中の札を戸口に引っ掛けて戻ってくる。


 目が合い、多希はなにか言おうとしたものの、言葉は出てこなかった。



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