第2話

 喫茶店の調理場で問題なく動けるか試すために、ここで調理を始める。


 白米だけ自宅キッチンの炊飯器で炊いていたのでこれを運び、刻んだタマネギとチキンを炒めてから投入し、塩、コショウ、旨味調味料、そしてトマトピューレで味つけをして皿に取る。次に卵を割ってよくかき混ぜ、これにも軽く味つけをしてからフライパンに流し入れた。


 アイシスがいつの間にか横にいて、多希の手元をじっと見つめている。


 弱めの中火、手早くかき混ぜながら卵を半熟にし、そこにチキンライスを投入。そしてフライパンを動かしながらチキンライスを包み込む。それを皿に盛りつけ、ケチャップをかけたら完成だ。


「チキンオムライスよ」

「オムライス」

「そう」


 多希は言いながらカウンター越しに、皿を置いた。続けて次のオムライスを作り始める。


「タキの手、手品みたいだ。僕もやってみたい!」

「そうね。じゃあ……」


 多希は周囲を確認すると、台をガスコンロのもとに置いた。子どものアイシスでは、まだガスコンロで作業するには背が足りないからだ。台に乗ったアイシスはフライパンを掴んだ。


「まずは油を少し引いて」


 多希の指示通りにアイシスが手を動かす。


「卵液をフライパンに入れて」


 アイシスがボールの中の卵液をフライパンに流し込む。


「そうそう、上手ね。左手でフライパンを動かしながら、右手のお箸でかき混ぜるのよ。できるかな」

「できる。見てたから」


 確かに形は合っているが、動作が正しく至っていないので、卵液の固まり方が均等ではない。だが多希が手を出そうとすると、アイシスはフライパンを横にスライドさせて触らせまいとした。


「じゃあ、そこにチキンライスを半分入れて」

「……これくらい?」

「そうね。で、フライパンを傾けて、ご飯を包むのよ」


 アイシスは言われた通りにフライパンを傾けたが、うまくいかない。焦れたようにフライ返しでツンツンし、皿に盛ろうとしたらチキンライスが端からこぼれ、それに気を取られている間に玉子が崩れて膜が破れてしまった。


「あ! あーー、崩れた!」

「はじめてにしては上出来よ」

「そんなことない! もう一個も作る」


 同じことをするのだが、二回目も似たような結果になってしまった。


 ガックリと肩を落とすアイシスに、多希はぽんぽんと優しく肩を叩いた。


「最初から上手にできる人はいないし、できちゃったら専門家なんていないわよ。きれいな形のオムライスが作りたかったら練習することね。でも、その前に、作ったものはちゃんと食べないといけないわ。食材がもったいないからね」


「もったいない?」

「そうよ。日本では、食べられるもの、使えるものを無駄にしてしまうことを、『もったいない』って言うの。物は大切にしないと。だから食べましょう」


 四人掛けのテーブルには、理想的な形のオムライス一つと、形の崩れたオムライス二つが置かれている。崩れたオムライスの一つを多希が手に取って自分の前に寄せた。


「それ、僕が作った失敗作」

「いいの、私、これが食べたいから」


「えっ」

「アイシスの手作りよ? 是非、食べさせて」

「なら私もアイシスのを所望する。もらってもいいか?」


「兄上……」

「アイシスには、私が作ったオムライスを食べてほしいわ」

「でも……」


「自分の食べるものを自分で作るって張りあいがないのよね。私の場合だけど。アイシスに食べてもらえたらうれしいんだけどな。ね、お願い」

「……ありがとう、タキ」


 アイシスの大きな緑色の目がうるっと潤んだ。


「さぁ、食べましょう。いただきます!」


 多希が手を合わせると、ライナスとアイシスも同じように手を合わせた。そしてスプーンを手に取って食べ始める。


(改めて見ても、この二人、ホントに所作がきれいで優雅)


 なんて思いながら多希もオムライスを口に運ぶ。形は崩れていびつであっても味は変わらないし、アイシスが一生懸命作ったオムライスには愛しさを感じる。それはどんな味つけにも勝るものだ。


「タキ」

「ん? なに?」

「おいしい?」

「おいしいわよ。どうして?」

「だって……僕が作ったへたくそなオムライスだから」

「私とアイシスの共同作品だから、すんごくおいしいわよ? そうじゃない?」


 アイシスの目がランと輝いた。


「そうだね! うん! 僕とタキの共同作品だ!」


 まったく別人にでもなったようにアイシスは元気になり、まるで太陽のように明るく笑った。


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